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空中ブランコ
【文藝春秋】
奥田英朗
定価 1,300円(税込)
2004/4
ISBN-4163228705 |
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評価:A
日本を代表する「ユーモア小説」の書き手が満を持して送る「イン・ザ・プール」の続編。前作でも名医(?)伊良部の元を訪れた患者たちは現代人が陥りやすい症状を抱えていたが、今回も同じ。人間不信、尖端恐怖症、ノーコン病など。笑いの連続の中に他人事ではない恐怖のスパイスもチラリときかせる。症状に違いがあっても根っこにあるストレスの元を吐き出すこと…それを伊良部は天然の“アホ治療”でやってのける。勿論、意図的にではなく。
精神科医としての治療を伊良部は何もしない。唯一の治療は注射のみ。なのに彼らはこの無邪気で、マイペースで、すべてイイ方へ考えてしまうおめでたい伊良部と行動を共にするうちに症状が緩和される。呆れているうちに治ってしまうのだ。これほど自分中心にものを考えれば怖いものは何もなし、とばかりに。何でもやりたがる伊良部は、「女流作家」では遂に2日で小説を書いてズーズーしくも出版化を依頼する。いいなあ〜この伊良部のキャラ! ストレス一杯の私も伊良部と出会う度に癒されているのに気づく。 |
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ためらいもイエス
【文藝春秋】
山崎マキコ
定価 1,785円(税込)
2004/4
ISBN-416322890X |
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評価:B
優等生がそのまま大人になったような28歳のOL奈津美は仕事はデキるが、母との関係性が人生に影響を与え、感情を殺してしまうのできちんと異性とつきあったことがなく、仕事に夢中になることで面倒な問題を避けてきた仕事依存症だ。しかもバージン。それはさておき、異性と向き合った経験がないとは悲しい。
そんな奈津美に巡ってきた一生に何度もないであろうモテモテ期。見合いした神保君とイイ線までいき決めるかなと思いきや、会社の同僚の中野さんや桑田さんとイロイロあって、女心は秋の空とばかり揺れ動く。「早く僕のところへ飛び込んできなさい」なんてサラリと言う○○さんの寛容さ、誠実さがわからないとは。不器用な恋愛に一喜一憂する奈津美はじれったいが、その素直さは好感がもてイヤな女には思えない。彼女を“姐さん”と慕う会社の後輩、青ちゃんとの関係もほのぼのしてイイ。
精神的に寄り添える彼(彼女)がいるということは、哀しみを乗り越える力を与え、人生を豊かにしてくれるものだ。ツッパリ奈津美の選択にホッ! |
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村田エフェンディ滞土録
【角川書店】
梨木香歩
定価 1,470円(税込)
2004/4
ISBN-4048735136 |
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評価:A
今から百年ほど昔、初めて土耳古(トルコ)に歴史文化研究のために留学した村田の滞在録。1899年の記録から始まる。屋敷の住民は、ドイツ人のオットー、ギリシア人のディミトリス、下宿人の世話をするトルコ人のムハンマド、屋敷の女主人で家政婦の英国人のディクソン夫人、そして鸚鵡。国も民族も文化も年齢も違う友とすごした村田の青春。ほどなく始まる戦争によって、熱く語り合った下宿の仲間たちの国と国とが対立する。滞在していた時から既にその予兆を孕んでいたせいか、村田がそこで育んだ青春はことさら凝縮された夢のように儚く、それでいてしっかりとしたひと時として脳裏に刻まれる。貴重な友情の想い出として。
帰国後の村田はなんと、前作「家守綺譚」の主人公、綿貫がいる家に身を寄せる。前作では時代がわからなかったが、本作でそれを明かしてみせる。そしてあの「高堂」に会うという設定も梨木ファンには嬉しい限りだ。漢字を多用しているのがレトロ感を与え、カタカナや英字が活字文化にしっかり入り込んでいる現在、妙に懐かしい感じがする。 |
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硝子のハンマー
【角川書店】
貴志祐介
定価 1,680円(税込)
2004/4
ISBN-4048735292 |
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評価:B
「青い炎」以来、ご無沙汰していた著者の新作。1章では、事件が起こる日のプロセスが時間単位で進められ、発生後、密室殺人のトリックを解明できない関係者たちの狼狽ぶりが描かれる。トリックモノの「推理小説」は、時間や場所がハッキリ描かれないと読者にはわかりづらいが、図解を盛り込んであるので不明瞭さはない。犯人が特定できないだけに不気味さが増す。
2章は、〈犯人〉の視点で語られ謎解きがなされる。そう、罪を犯す者の側に視点をおき、〈人を殺してはいけない〉という常識的な考え方をもっていた犯人が、〈何故、人を殺してはいけないのか?〉という決定をするに至った〈社会的弱者〉の心理に軸をおいた「サスペンス」へと変容するのだ。「青い炎」の悲しき殺人者のように。完璧な殺人トリックは見事という他ないが、私はその見事さ云々よりも、追い詰められた犯人が罪を犯すまでの心の葛藤を興味深く読んだ。
だが、やはり、殺していい人間などこの世には存在しない。本質的に残酷で“心のない”「黒い家」の殺人者とは違う、“心ある”人間の弱さゆえの犯罪。それだけに悲しい。 |
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ブルースノウ・ワルツ
【講談社】
豊島ミホ
定価 1,260円(税込)
2004/5
ISBN-4062123509 |
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評価:B
童話のような物語だ。主人公・楓は大人になりたくない少女。母親よりもメイドに世話してもらっている屋敷にすむお嬢様。13歳にして11歳の親が決めたフィアンセがいる。相手の少年は至極自然にそれをうけとめていて、大きくなったら2人でオペラ座やダンスホールに行くんだよ、と平然と言っている。父と母、楓の3人家族の中に野生児(後にユキと名づけられる)の少年が楓の弟として引き取られる。父の研究用として。まるで「ターザン」のような少年だ。
楓の、大人になりたくない、という思いを母親がみすかし凄まじい形相で娘を諭すシーンは圧巻だ。そう、本作の母娘の関係性はグリム童話の世界観を踏襲している。その前時代的な雰囲気を何くわぬ顔で書き何となく読ませてしまう著者の技量にちょっと感心。
屋敷の中で現状を受け入れられないのは2人だけ。少女から女になることを仕方なく受け入れる楓の決意。「野蛮」な生活を諦めなければならないユキの悲哀。それまで慣れ親しんできた生活への決別と、やがてくる生活への不安。共通の想いを抱えた楓とユキが踊るクライマックスはしみじみとする。 |
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アッシュベイビー
【集英社】
金原ひとみ
定価 1,020円(税込)
2004/4
ISBN-4087747018 |
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評価:C
全体的に前作同様、性描写が多く、かなりエロっぽいので「情痴小説」の趣が強い。きわどい表現が多く、読者は受容と拒絶の両方に二分されるだろう。キャバクラ勤めのレナ(本名:アヤ)は男のルームメイトがいる。男遍歴が激しく誰とでも寝る。一日中セックスのことばかり考えているような女だ。ヤル気もなく仕事をし、情欲がうずくとてっとり早く相手を探す。その上、自傷行為に及ぶ。刹那的な、あまりにも破滅的な生き方だ。
心は常に飢えている。何かを探している。所々、主人公の心の声が独白体で語られる。人間関係なんてなすがまま、垂れ流しでいいと思っていたレナは“心地よい人生”を送るという課題を持っているが「村野さん」という男を愛し、切ない気持ちを味わう。結ばれて簡単に紙の上での結婚を成就させるが、愛する男との距離を縮めることができない。自分を〈殺し〉てくれない限り幸福に浸ることができないのだ。
死ぬなら愛する男の手によって…という願望はわからなくもないが、その前にレナはもっとしっかり生きるべきではないのか? そればかりが気にかかった。 |
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禁じられた楽園
【徳間書店】
恩田陸
定価 1,890円(税込)
2004/4
ISBN-4198618461 |
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評価:B
SF作家による新作。視覚的に読者を驚かせるのではなく、じわじわと真綿で首をしめるような心理的恐怖を与えていくホラー小説だ。〈烏山響一〉というなんとも魅力的で魔性の匂いがプンプンする世界的に成功したアーティストを触媒にし、〈選ばれた人々〉を恐怖の舞台、熊野へと誘う。神々しい聖地、そこに現出する壮大で不気味な伝説的な旧家。物語の舞台は神話的かつ土着的なキナ臭さを漂わせ効果抜群! その上、幻想的だ。
選ばれた登場人物たちは無関係に見えるが、奇妙に交錯しながら〈烏山響一〉という男によって、巡りあう。謎をあちこちに点在させ、ついにその謎が線になっていく過程に辿りつく興奮はミステリーの醍醐味だ。しかも彼らの心の奥底に眠る過去の〈傷〉…それはなにかの拍子にふと覚醒し不安を与えるもの…を触発し恐怖に陥れていく。人の心を読み弱点をつく悪魔的な〈烏山響一〉を倒すことはできるのか? 迷路の出口は愛か死か? 結末がどうなるか気になりながらワクワクしながら読まされた。 |
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愛の饗宴
【早川書房】
チャールズ ・バクスター
定価 2,625円(税込)
2004/4
ISBN-4152085592 |
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評価:B
「愛の饗宴」…「愛の○○」なんてタイトルは多数ある。これだけ〈愛〉を多用されると、またか、としらじらしさを感じてしまうが、それを差し引くといいタイトルだと思う。
登場人物たちが奇妙に交錯しながら遭遇する男女の愛、親子の愛、性差を越えた愛…。構造的には不眠症の作家チャーリー・バクスターが、友人ブラッドリーから周辺人物の恋愛模様を小説化するように薦められ、様々な愛に悩み、傷つき、喜び、楽しんでいる人々に語ってもらうというもの。〈語り手〉となるのは当事者。
それはまさに愛の〈饗宴〉だ。〈饗宴〉であって、〈競演〉ではない。中には愛をゲットするために競った話もあるが、それは人が人を愛すると必然的についてくるもの。起承転結のある話ではないが、それぞれの〈愛の物語〉が率直に語られている。嫌味がなく、たとえそれが理解しがたい〈愛〉の形であろうとシンパシーを感じることができる。 |
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