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犯人に告ぐ
【双葉社】
雫井脩介
定価 1,680円(税込)
2004/7
ISBN-4575234990 |
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評価:AA
〈川崎男児連続殺害事件〉のホシ〈バットマン〉を捕まえるために神奈川県警は、利便性と危険性を併せ持つメディア(テレビ)と結託して公開捜査に乗り出すという賭けにでた。メディアの影響力を利用して情報を操作する「劇場型捜査」は成功するのか?指揮をとるのは、かつてメディアによって叩かれた孤高の中年デカ巻島だ。ハードボイルドの世界から飛び出してきたような巻島の造型がカッコいい! 巻島は過去の借りを清算すべくデカ人生をかけて事件にあたる。
巧妙な手口で世間を翻弄する殺人鬼より厄介な〈組織〉の存在は、物事を停滞させる。警察機構とメディアそれぞれの思惑、身内の裏切り、個人的事情があったりと…。その駆け引きがまたスリリングで面白い。しかし、巻島は様々な局面で敵の姿を察知し果敢に闘いを挑んでいく。たった一つの目的のために…。巻島の揺ぎない目的を軸に、彼に関わる人々のドラマが幾つもの横軸となり、それがしっかりと描かれているので重厚な作品に仕上がっている。犯人にテレビを利用して宣戦布告するシーンは震えがとまらなかった!
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雨にもまけず粗茶一服
【マガジンハウス】
松村栄子
定価 1,995円(税込)
2004/7
ISBN-4838714491 |
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評価:B
東京に住む武家茶道家元後継ぎの主人公の名前は、友衛遊馬(あすま)。18歳。家業になじめず出奔したどり着いたのは、京都。ここには宗家がある。東が坂東巴流、西は宗家巴流。18歳は迷える年頃だ。人生を勝手に決められてたまるもんか。自分らしく生きるために飛び出してきた遊馬が出会う、京都の茶人たちはクセのある人々ばかり。茶道のたしなみがない人には珍しい用語の羅列が退屈に思えるだろうが、そこで繰り広げられる人々の騒動は笑える。ネーミングもイイ。遊馬の家族は、祖父が風馬、父が秀馬(ほつま)、弟が行馬。京都の人々は、不穏に鶴了に氷心斎に…。
京都の宗家巴流が舞台の中心となるが、東も西も家族の事情は同じようなもん。でも家族が互いを思いやりめでたい結末に導いていくほのぼの感がイイ。しかも幼い2人が簡単に解決するのだからたまらない。
若者遊馬は世間にもまれながら悟り、嫌だった茶道を見直していく。遊馬の成長を描いたエンターテインメント青春小説は、長すぎる気がするが、爽やかな読後感を残す。 |
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追憶のかけら
【実業之日本社】
貫井徳郎
定価 1,890円(税込)
2004/7
ISBN-4408534609 |
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評価:A
国文学者の主人公・大学講師の松嶋は、自分の軽率な行動から妻に出て行かれ、不運にもその間に妻は交通事故で死んでしまう。義父は自分の上司。妻の死に責任を感じる松嶋は娘を義父宅にとられたままだが抵抗できない。そんな時、終戦直後に一部で評価されたが自殺した〈佐脇依彦〉という作家の未発表原稿を自分に託したいという男が現れる…。
研究論文を世に出すため不幸な作家の死の謎を調べるうちに、さながら〈佐脇依彦〉の人生とシンクロするように見えない他者の悪意に巻き込まれていく構成は見事。二転三転するサスペンスフルな展開もグー。随分ダマされた。ちょっとマヌケな主人公のように。前作「さよならの代わりに」の主人公もそうだったように、著者はお人よしで世の中の悪意に鈍感な男をよく描く。しかも自信がもてない男。対照的に女達は魅力的で自信に溢れた存在として颯爽と登場する。
絶体絶命の松嶋。人間の底知れぬ悪意の深さに背筋の凍る思いはするが、主人公を助けてくれる善意の人々もいる。死んだ妻の深い愛を再確認する。世の中すてたもんじゃーないと思わせてくれる。愛は必ず、勝つ! |
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夢見る猫は、宇宙に眠る
【徳間書店】
八杉将司
定価 1,995円(税込)
2004/7
ISBN-4198618801 |
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評価:C
宇宙を舞台にしたSF小説を書く著者の教養には感心するが、理数系ダメ人間の私にはチンプンカンプン。この手の物語は映画のほうが理解しやすいのでは? 難しい用語や説明が続くと食傷気味。将来、生殖医療技術の進化によって人工子宮による出産や、クローン人間の誕生だって時代の価値観とともに可能になるだろう。キョウイチが意中の人ユンをおって火星へいき、いつしか反乱軍と対決するべく平和維持軍に入るという筋は男のロマンを感じさせてイイ。しかし何か足りないような気がする…。
宇宙を舞台にした他の作品(小説や映画)と違い、本作はおどろおどろしいモノが出てこない。物事がスムーズにいかないのは登場人物たちの思惑があるからだが、彼らは一般的にいう悪ではない。エイリアンが出てこずとも絶対悪の存在が加われば引き締まったのではないだろうか。物語はサラリと進行し結末を迎える。いとも簡単に宇宙へいける未来社会を設定しているが、まだまだ遠い世界にいるこちら側の人間としては、夢物語を聞かされているのかなーとしか思えない。 |
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好き好き大好き超愛してる。
【講談社】
舞城王太郎
定価 1,575円(税込)
2004/7
ISBN-4062125684 |
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評価:C
舞城王太郎にはいつも驚かされる。タイトル見てビックリ、表紙みてビックリ!「好き」では足らず「大好き」でもダメ、「超愛してる」ときた。純愛ブームだから「セカチュウ」にあやかって愛を声高に叫ぼうというのか?「好き」や「愛」を象徴する色ピンクを帯に、気持ちが強いだけに表紙は濃いピンクを使用している。さぞかし本作には愛が溢れていることだろう。
智依子、柿緒、妙子、ニオモという名前による章分け。病弱で死にゆく女達とそれを見守る男達の物語が描かれる。男はかいがいしく好きな女のケアをし祈るが、女のほうは病人特有のワガママをいい男を困らせたりする。それでも男は尽くす。それだけでなく自分の女への愛をもっと突き詰めようとする。〈男の純愛〉という古風なテーマに、幻想的で暴力的なエピソードを絡ませる奇妙なアンバランスが独特の世界を作り上げている。内省的に言葉を重なる作品に、著者の思想やパッションを垣間見ることはできるが、同時に破壊的な作風は好き嫌い分かれるところ。
目つきの鋭い男の子と女の子のイラスト付き。なんだが怖い。 |
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パラレル
【文藝春秋】
長嶋有
定価 1,500円(税込)
2004/6
ISBN-4163230602 |
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評価:C
「パラレル」…平行の、同一方向の、類似した、など。帯には「なべてこの世はラブとジョブ」。人が豊かに生きていくためには愛が必要だ。愛される事も愛する事も含めて「愛」を知る人間とそうでない人とでは必然的に生き方に差がついてしまう。ジョブ。どんなにカネに恵まれた人でも労働する事によって人は社会と関わりをもち、自分を育てることができる。主婦業などの「アンペイド・ワーク」も含めて。
本作の主人公・七郎は妻と離婚して数ヶ月。優秀なゲームデザイナーだったが今はプー。女にモテなくもないが、離婚後もメールを送ってくる元妻の存在が気になり、やめた後も仕事の誘いをかけてくる編集者がいるが気がのらず、ラブもジョブも未来へと向かない。しかし飄々としている。こう生きるべきだ、という信念がないのだろうが、そのスタンスは現代人を体現しているようだ。
現在と過去が交錯しながら淡々と物語は進んでいく。語り口の滑らかさが冴えている。もどかしくて見ていられない七郎はダメ人間だがいとおしい。それは強烈なインパクトを与える津田やその他の登場人物も同じだ。 |
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晴れた日は巨大仏を見に
【白水社】
宮田珠己
定価 1,680円(税込)
2004/6
ISBN-4560049920 |
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評価:C
珍しい趣味だ。巨大な仏像を見るだけでなくマヌケな感じのする風景全般を愛しそれを見るために旅をする、何故? そう思いながら本書を読んでいたら面白い! 著者の趣味の記録ともいうべき「巨大仏観賞紀行エッセイ」。時折マジメな風景論まで展開している。何故こんなに夥しい数の巨大仏が日本各地に存在しているのか? 何故こんな所に仏像が建っているのか? 素朴な疑問が湧いてくる。ほとんど風景をジャマしているようなその異様な聳え方は、マヌケな風景としか言いようがない。著者はそれを「マヌ景」とよぶ。
だが、実際にそれを至近距離でみると新鮮な感動を覚えるのではないか? 想像してみて欲しい。見知らぬ町に行き、何の情報もなくふと見ると巨大な仏像があなたを見下ろすシーンを。仏像そのものは「美しい」かもしれないが「巨大」なために“デカかった”という感想しかもてないだろう。グロテスクなぐらいに。人をひきつけるものには、不気味さ気持ち悪さが混じっているものだ、という著者の意見はあたっているようだ。 |
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ファイナル・カントリー
【早川書房】
ジェイムズ・クラムリー
定価 2,415円(税込)
2004/7
ISBN-4152085754 |
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評価:B
ハードボイルドの主役は若くてはいけない。辛酸を舐めつくし、人生の機微を知り、危険と隣り合わせに生きながら年を重ねてきた、正義感の強いパワフルな中年男でなければならない。シリーズ第1作「酔いどれの誇り」から第4作の本作まで26年の歳月を経て、主人公ミロは〈老いぼれ〉呼ばわりされる初老の域に達してしまった。60歳だ。しかし、ミロはエネルギッシュで、依然気が若く、セックスもコカインもド派手なケンカも昔のまま。違うのは、ケガの治りが長引くようになったことだけ。
ミロに退屈は似合わない。テキサスで酒場を経営しノホホンとしていたのに好奇心がうずく。危険な匂いをプンプン発散させるもんだから、集まってくるメンメンも同種ばかり。今回も魅惑的な女の甘い蜜に誘われ複雑な事件に巻き込まれ広いアメリカ大陸を車で横断する…。真相をつきとめるまでにミロが直面する錯綜する人間関係、因果が人に及ぼす哀しい結末は衝撃的だが読み応えタップリ。
〈最期の愛〉になるはずだった(?)のに、タフな探偵ミロでも愛の裏切りは、ハートに痛い。次回作はどこが舞台かな? |
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その名にちなんで 【新潮社】
ジュンパ・ラヒリ
定価 2,310円(税込)
2004/7
ISBN-4105900404 |
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評価:AA
外国に暮す移民にとってアイデンティティーを刺激する「移民」の問題は切実なテーマだ。「名前」も同様。親につけられた名前のせいで人生を狂わされた人は多い。本作の主人公(の一人)ゴーゴリは、インド人なのに何故ロシアの作家と同じ名前がついたのか? 長ずるにつれ主人公はその作家が好きになれず名前にコンプレックスを覚え改名する。父がその名前をどういう思いで息子につけたかを知る由もない。両親とは違いアメリカで生まれ育った主人公はインドの習慣や文化にも馴染めず、まるで反抗するように両親の価値観とは違うものばかりを選択していく。つきあう女性もみな西洋人ばかり。
ラヒリは、住居空間、料理、登場人物達の容姿などディテールを精緻に描写する。だからこそふとした瞬間に訪れる人生の機微や誰にでも訪れる転機の大きさに胸をつかれるのだ。主人公を特定しない構成も効果的だ。原点に戻るかのように同郷の女と結婚するが不幸な結果に終わるのも、ゴーゴリの視点だけで描かないことで、移民の物語の深刻さを表わしている。人生には割り切れないことが多々ある。「ゴーゴリ」の本を読む気になった主人公はそれをよく知っている。 |
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