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松井 ゆかりの<<書評>>


犯人に告ぐ
犯人に告ぐ
【双葉社】
雫井脩介
定価 1,680円(税込)
2004/7
ISBN-4575234990
評価:B
 冷静に考えてみるとけっこう「ありえない」感が濃厚に漂う(劇場型捜査って!)作品だが、読んでいる間はぐいぐいと引き込まれる一冊。同じ著者の「火の粉」も、じわじわじわじわいやーな感じが全編を支配する作品だったが、“見えない相手からの悪意”はこの小説でも大きなポイントになっている。  しかし、大きな謎のひとつが解決されないまま終わってしまうというのはやっぱりなー。うーん、ちょっと消化不良(余韻を味わう読者であれ、とお叱りを受けるでしょうか。すみません)。あと、本誌9月号で藤田香織さんが植草を「むかつきキャラ」と称されていたが、私は「バカキャラ」ではないかという気が。「ありえない」感の一端は植草が担っていた!  この小説を映像化するとしたら主人公巻島は、生きていれば松田優作にオファーされたんではないだろうか。個人的好みで言ったら寺尾聰。

雨にもまけず粗茶一服
【マガジンハウス】
松村栄子
定価 1,995円(税込)
2004/7
ISBN-4838714491
評価:A
 初めて読んだ松村さんの作品は海燕新人文学賞を受賞した「僕はかぐや姫」。この一冊にすっかり魅了された私はその後、芥川賞受賞作「至高聖所」、がらりと趣の異なる「紫の砂漠」…と松村さんの著作を次々に読破していった。  同じ頃やはり初めて小川洋子さんの作品にも出会った。一見おふたりの作風は似ているように思えるが、小川さんの描く主人公が(たとえそれが若い男性であっても)母性を感じさせるのに対し、松村さんの主人公は永遠の少年(あるいは少女)性を身にまとっているように思われる。自分が年齢を重ねたことが、以前は松村作品を近しく感じていたのに、近年は小川作品により共感することになった要因かもしれない。  しかし、久しぶりに読む松村さんのこの小説は実に楽しい作品だった。以前の作品群と比較して、肩の力が抜けて軽妙な味わいが出ていると思われる。うれしい再会であった。

追憶のかけら
追憶のかけら
【実業之日本社】
貫井徳郎
定価 1,890円(税込)
2004/7
ISBN-4408534609
評価:A
 他者に対する善意と悪意について深く考えさせられた一冊であった。周囲の人間からの善意と悪意に翻弄される主人公。読み終えてしかし人間を信じる気持ちになれるのは著者の筆力(と、おそらくは貫井さんご本人の人間に対する温かい視線)によるものであろう。  主人公松嶋は大学講師。最愛の妻を交通事故で亡くし、妻の実家に預けている一人娘を手元に引き取るべく、国文学における業績を上げることで周囲の評価を得たいと望んでいた。その松嶋の元にある作家の未発表手記が持ち込まれる…。ミステリーであるという心構えで読んでいるため、どの登場人物にも一通り疑いのまなざしを向けながら読み進んだのだが、真に美しい心の持ち主が多くて驚く。でも最終的に嫌な奴はほんとーーに感じ悪かったけど。  松嶋の詰めの甘さに時折はらはらしつつも、感情移入度高し。作中作である未発表手記も、抜群のリーダビリティー。

夢見る猫は、宇宙に眠る
夢見る猫は、宇宙に眠る
【徳間書店】
八杉将司
定価 1,995円(税込)
2004/7
ISBN-4198618801
評価:B
 コバルト文庫的SF(最近はライトノベルと称されているのだろうか)をたたえた作品だ。貶めて言っているわけでは決してない。10代の少年少女にとって(必要に応じてもちろんその上の世代にとっても)、通過儀礼としてのライトノベルは不可欠なものではないかと私は思っている。  しかし実は、この小説では未来が明るいものだとは肯定しきれていないようにも思われる(私の読解力が足りないせいだったらすみません)。能天気なだけが美徳ではないことは重々承知しているつもりだがことSFに関しては、最終的に描かれるものが“どんな状況においても強く生きていこうとする力”であってほしいのだ。でも主人公キョウイチの心には、確実に諦念が存在すると思う。著者八杉さんはこの小説がデビュー作。次回作以降また違った未来世界を描いていかれるのか、とても気になるところだ。

好き好き大好き超愛してる。
好き好き大好き超愛してる。
【講談社】
舞城王太郎
定価 1,575円(税込)
2004/7
ISBN-4062125684
評価:B
 モブ・ノリオ氏の芥川賞会見時の第一声、「舞城王太郎です」というギャグはなかなかよかった。氏の外見や文体は、大森望さん命名の「ヒップホップ新本格」と舞城王太郎的なものとマッチしている気もするし。いっそほんとに同一人物だったらおもしろいのだが。同時受賞したら一人二役できないから覆面作家でよかった、とかね。
 ラップな文体(特に会話部分)に目くらましされるが、表題作は実はストレートな愛情物語。今まで私は舞城作品のよき読者ではなかったので、よもや泣かされるとは思っていなかった。反省しきりです。「セカチュー」ブームの次は「好き好き」ブームか。それは無理か。あ、でも併録の「ドリルホール・イン・マイ・ブレイン」はちょっとストライクゾーン外れました。まだまだ頭が固いかなあ。でも柔らか過ぎて穴が開いても困るってか。

パラレル
パラレル
【文藝春秋】
長嶋有
定価 1,500円(税込)
2004/6
ISBN-4163230602
評価:B
 長嶋有さんという作家は以前から気になる存在で、でもきっかけがなくてずっと作品を読むことなくきてしまった。
 さて、初めて読んだ長嶋作品は「あ、思ったほどには枯れてないんだ」という印象。何故か勝手にそう思い込んでいたのだが、考えてみれば1972年生まれの作者がそんな枯淡の境地に達しているわけもないか。特に主人公向井の友人津田の人物造形は、枯れているどころではない。「なべてこの世はラブとジョブ」が座右の銘である男だ。向井自身も妻と別れた後、気を引かれる相手がいるのに自分になびいてきた女の子と簡単に関係を持ってしまう。果ては妊娠させたのではないかと気を揉んだり、けっこう生々しい。でも無責任だと思われる部分もあれば、はっとするほど誠実な部分もあり、ひとりの人間の中には弱さと優しさがこんな風に共存しているものかもしれないと思わされる。ときにすれ違い、ときに相手を思いやる、登場人物たちの姿にほっとさせられる一冊だった。

晴れた日は巨大仏を見に
晴れた日は巨大仏を見に
【白水社】
宮田珠己
定価 1,680円(税込)
2004/6
ISBN-4560049920
評価:B
 私の母は大仏が苦手である。あの髪型(というのか?)も好ましくないし、しかし何より大きさがいやなのだそうだ。私の苦手はクジラだが(大きいものを恐れる遺伝子が受け継がれているのか?)大仏は平気なので、本書は楽しく読ませていただいた。
 日本全国の40メートル以上の大仏(著者曰く“巨大仏”)を見物し、それについて著者の思いの丈を綴った文章である。これほどの数の巨大物が各地に存在することに驚く。大仏見物そのもののおかしさもさることながら、同行の(一人旅の場合もあるが)編集者の方々との会話も笑える。ところどころすごくマジな考察を披露されるところも味わい深い。もうちょっと突き抜けてもいいかなという気もするが、きっと宮田さんの真面目なお人柄の表れだろう。
 惜しむらくはもう少し写真が鮮明だとよかった。文章ももちろんそうだが、この本における肝ですから。

ファイナル・カントリー
ファイナル・カントリー
【早川書房】
ジェイムズ・クラムリー
定価 2,415円(税込)
2004/7
ISBN-4152085754
評価:C
 私の理想のタイプは山本学さんなので、この小説の主人公ミロのように煩悩の数が年間1200個くらいありそうな御仁は、まったく守備範囲外である。
 10代後半の頃はチャンドラーとかロス・マクドナルドよく読んでいたのだが…最近どうもハードボイルド特有の持って回った会話や思わせぶりな台詞というものに対して、敷居が高いと感じるようになってしまった。わかりやすいものに流れがち、というか…。
 でもミロ翁って同年代にとってはスーパースター的存在だよなあ。「定年が60歳?笑わせんじゃねえよ」ってなもんだ。仕事も恋愛も現役、若い者に負けはせん。よいではないか。でもまあ私の好みとは違いますけどね、重ねて言うけど。

イデアの洞窟
イデアの洞窟
【文藝春秋】
ホセ・カルロス・ソモサ
定価 2,200円(税込)
2004/7
ISBN-4163231900
評価:C
 なんじゃこりゃ。頭が悪くてよくわからない。
 哲学あるいは史学について通じていればもっと楽しく読めただろうか。それにしても、簡単に「こういう話だ」と説明するのが難しい物語である。本格ミステリ?歴史もの?哲学書?はたまたあとがきにあるようにSF?死体の描写とか気持ちが悪く、ホラーの要素もあるし…。いちばんおもしろかったのは風間賢二さんによるあとがきであった。
 小説の構造としてはすごくよくできてると思う。メインのストーリー(作中話)があり、それに対応して脚注でも別の話(作中における現実の話)が同時進行している。その2つの物語が干渉し合い融合して、どっちが本筋だかわからなくなってくる…もうちょっと読みやすいとありがたいんだけどなあ。似たような仕掛けの小説もいくつかあとがきで紹介されているのだが、寡聞にして未読のものばかりだ。歌野晶午さんあたりに書いてもらえないでしょうか。

その名にちなんで
その名にちなんで
【新潮社】
ジュンパ・ラヒリ
定価 2,310円(税込)
2004/7
ISBN-4105900404
評価:A
 自分の名前を気に入っている人はどのくらいいるのだろう?この小説の主人公ゴーゴリもまた自分の名を嫌う人間のひとりだ。父アショケがかつて生死の境をさまよったとき手にしていた一冊の本。その作者の名にちなんで付けられたという由来を、ゴーゴリが知るのは改名した後だ。
 私の名もまた亡くなった父親が付けたものだ。「“ゆかり”ってかわいい名前でしょー」と語る父に、「好きじゃない」と食ってかかったこともしばしばあった。その度苦笑していた父の姿を思い出す。結局「いい名前だ」とは一度も言えなかった。
 ゴーゴリもやはり父の思いを肯定することがないまま、永遠に別れるときがやってくる。本書では、アメリカでインド系というマイノリティーが生きていく厳しさも丁寧に書き込まれており、単に感傷的なだけの物語になってはいない。一概にゴーゴリと自分の境遇を重ね合わせることはできないとわかっていてなお、それでも彼と私は同じ後悔を背負って生きていくもの同士なのだ、と思う。