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犯人に告ぐ
【双葉社】
雫井脩介
定価 1,680円(税込)
2004/7
ISBN-4575234990 |
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評価:A
もし仮に、私が、マスコミを前に醜態をさらしてしまったとして、「人の噂は七十五日」と思い切ることができるだろうか。まして、身をもって知ったマスコミの脅威を逆手にとることなんてできるだろうか?
連続幼児誘拐事件の捜査の手詰まりを打開すべく、テレビ番組を利用した「劇場型捜査」に引っ張り出された主人公・巻島警視は、身内であるはずの警察内部にさえ敵に回る者が出てくるような、圧倒的に不利な状況に立ち向かわなければなりません。
かつて、同様の誘拐殺害事件において、会見で記者の傍若無人な質問にぶち切れ、「プッツン警視」と仇名されて閑職に追いやられた彼は、メディアをただ恐れるのではなく、その強大な力をしたたかなまでに利用します。
一度は奈落の底に叩き落された男の凄みに惹きつけられ、ラストまで目が離せず一気読み。決着もすっきりしていて好ましいです。 |
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雨にもまけず粗茶一服
【マガジンハウス】
松村栄子
定価 1,995円(税込)
2004/7
ISBN-4838714491 |
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評価:B
敷かれたレールの上をただ進む人生でいいのか?
よっぽど運命に従順な人間でもない限り、自分の置かれた状況に疑問を持つことは、人生において幾度もあることでしょう。私も、大学にうっかり入ってしまって、数年後に「あれ? これでほんとにいいのか?」と悩み、そのままずるずる2年ほど留年してしまいましたが、それはともかく。
ごく平凡な一般家庭に生まれ育ってすら「このままでいいのか?」という疑問が浮かぶのですから、ましてや、茶道の家元の長男なんかに生まれた日には、その悩みもいかばかりかと。「お茶から離れて自分を見つめなおしたい」と思い立つのが、気概ある男の子の魂の在り方です。
主人公・遊馬も、そうした気概はある子なんですが、いかんせん、本人の「お茶から離れたい」という意志とは裏腹に、避けても逃げても、お茶の方がどんどん追いかけてきてしまうのが、とてもおかしくて。人はそれを「運命」と呼ぶのでしょう。あるいは「腐れ縁」か。 |
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追憶のかけら
【実業之日本社】
貫井徳郎
定価 1,890円(税込)
2004/7
ISBN-4408534609 |
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評価:A
去年の10月から1年間、新刊単行本の書評を担当し、今月で任期が終わります。120冊読んで書いた、その最後の1冊を、私はこの本にしました。この作者なら絶対にはずすことはないだろう、そう信じていたからです。そして、その期待通り、素晴らしい作品でした。
仲違いしたまま事故で妻を失った大学講師・松嶋のもとに、戦後間もなく自殺した作家の未発表手記が手に入るが、その記載内容の謎と、松嶋自身に仕掛けられた罠とが、互いに絡み合って、一つの大きな真実へと着地した時に現れる「思い」。その思いの、何と真摯な響きに満ち溢れていることか。
五十年前と現代の謎が、同時進行的に解かれてゆく中で、真相が二転三転してゆくという、ミステリとしての構成の確かさと、愛する者への赦しを得られないまま喪ってしまった男の、揺れ動く心の繊細な描写とが、絶妙に融和しています。
最後にこの作品を読めて良かったです。ありがとうございました。 |
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夢見る猫は、宇宙に眠る
【徳間書店】
八杉将司
定価 1,995円(税込)
2004/7
ISBN-4198618801 |
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評価:C
ピノキオや『銀河鉄道999』のクレアさん……私は昔から、人間になりたがる「人にあらざるもの」という存在に、非常に心惹かれるところがありまして。
この作品では、恋する人工知能・ホアが、主人公・キョウイチを好きになってしまって、ただ彼と触れ合いたいがために、人間の体が欲しい、と望むようになります。その健気な心を前に「人間であるかどうかなんて、人間性には何の関係もないんじゃないか?」と思ってしまいました。
実際、この作品の中で、もっとも人間らしいのは「彼女」だと思いますし。だから、火星を一夜にして緑の惑星に変えてしまうほどの能力を身につけた、ホアの原型たる人間・ユンに、キョウイチが拘る理由が、正直言ってピンと来ませんでした。
私は、追いつけない境地にたどり着いちゃった人間より、自分を愛してくれる「人の作りしもの」をこそ愛したい、と思っています。だから、この結末には、いまいち納得がいきませんでした。 |
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好き好き大好き超愛してる。
【講談社】
舞城王太郎
定価 1,575円(税込)
2004/7
ISBN-4062125684 |
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評価:B
本屋さんに置いていなかった場合、注文するのに非常に躊躇しそうなタイトル。そしてド派手なカバー。外してもやっぱりド派手な表紙。課題図書として手に入れたから良いようなものの、この作品をレジに運ぶのは、相当な度胸を必要とします。タイトルとカバーで相当読者を無くしているんじゃないか、と心配です。中身は、見た目よりは数段真っ当なのに……真っ当か!?
連日、真夏日が続き、東京では40度行くかも、と言われたくらいの酷暑の中、いつもながら勢いつきすぎてむしろ暑苦しい舞城氏の文章をたどっていると、ああもうなんでこんな一人我慢大会を繰り広げてるんだ俺ー、とツッコミ入れたくなります。だってさあ。全編、愛で満ち溢れてるんですもの。
奇病で死んでゆく恋人への愛。戦闘機と化した娘をただ見送る無力な自分を嘆き語る愛。世界を滅ぼす魔獣と化した彼女を泣きながら葬る愛……暑苦しいったらありゃしない。でも、羨ましい。こんなにも暑く熱く、人を愛せるとは。 |
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パラレル
【文藝春秋】
長嶋有
定価 1,500円(税込)
2004/6
ISBN-4163230602 |
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評価:B
身につまされる話は、なかなか書評が書けなくていけません。この作品の主人公・七郎は元・ゲームデザイナー。自分の作品をめぐる見解の相違が原因で、会社を辞めることになり、さらに、会社を辞めたことが一因となって妻と別れ……私も、おおむね同じような人生行路をたどっただけに、他人事とは思えず。年齢も同じくらいだし。
もっとも、違う点も多々あって。そもそも一発当ててないですし、離婚はおろか、結婚すらできてないし、会社辞めても別の引きがあった訳でもないし……七郎と自分を引き比べると、自分のダメさがクローズアップされる一方なのですが、それでもあえて違いを見極めるなら、結局、人との付き合いの幅が、境遇の差を分けているのかなあ、と。
七郎には、アップダウンの激しい人生を歩む親友・津田がいて、彼をとりまく女がいて、元・妻が依然としてつかず離れずの状態でいて。自分には、誰もいないや。何だか、酷く淋しくなりました。 |
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晴れた日は巨大仏を見に
【白水社】
宮田珠己
定価 1,680円(税込)
2004/6
ISBN-4560049920 |
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評価:A
この作品のプロローグで書かれている大船観音。私も、幼少時のトラウマになっています。幼児にとって、あの大きさはただひたすらに「恐怖」ですよ。アレですら、高さ25mしか無いのに、この本の中で取り上げられている巨大仏は、認定基準が「ウルトラマンより背が高い」(40m超)だったりするので、周辺の幼児は絶対、心に大ダメージを負っているに違いないです。今となっては、この酔狂さを喜べる境地に達してますが。
あれ、待てよ? この風景を楽しめる人は「負け組」なんじゃなかったっけ? いや、いいです「負け組」でも。この場合の「負け組」って、経済的、社会的な敗者、という訳ではなくて、勝敗によって生じる価値観に意味を見い出さない生き方のことだと思うので。
この作品に立ち並ぶ(一部、寝転がってるのもあり)16体の巨大仏を、いつか必ず全部実物を見てみたい、と思い立ってしまった自分は、やはり酔狂なんだろうなあ…… |
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ファイナル・カントリー
【早川書房】
ジェイムズ・クラムリー
定価 2,415円(税込)
2004/7
ISBN-4152085754 |
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評価:D
第一次ベビーブーム世代が軒並み老人になってゆく昨今の日本。とは言え、そんなに多数の年寄りがいても、この小説の主人公である酔いどれ探偵・ミロのような破天荒なジジイ(失礼)はまあ、まずいないでしょう。こんなジジイ(失礼)が世に蔓延した日には、我々若者は落ち着いて寝られやしませんし。
日本なら赤いちゃんちゃんこでもプレゼントされ、隠居然として孫の顔を見て満足してるような年代の彼が、酒を飲むは、クスリをやるは、銃を撃つは、乱闘を起こすは、女を抱くは……年齢に関する言及が出てくるまで、そんな歳だってのに全く気付きませんでした。
この死にそうもないジジイ(失礼)が、酒場で知り合った女の依頼で、年甲斐も無く仇討ちのための調査に乗り出す訳ですが……年齢と行動とのギャップが激しすぎて、リアリティが感じられず、いまいち話に乗り切れませんでした。元々、ハードボイルドというジャンル自体、あまり向いてないのかもしれません。 |
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イデアの洞窟
【文藝春秋】
ホセ・カルロス・ソモサ
定価 2,200円(税込)
2004/7
ISBN-4163231900 |
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評価:A
あなたが今、この文章を読んでいる「そこ」は、本当の現実世界ですか?
古代ギリシャで起きた連続猟奇殺人事件の記述を読む翻訳者自身が、文章に示された数々の修飾に酔っているうちに、自らも作品内の比喩と同じような状況に追い込まれていることに気付く、という展開は、夢の中で夢を見ている人の夢を見ている、といったような心境に読者を陥らせ、本当の「現実」って何だろう? という、気の狂いそうな疑問を読者に抱かせます。
眠れない夏の夜に、こんな本を読むことになった私の気持ちが分かりますか? 「彼ら」の息遣いが、はっ、はっ、はっ、と背中越しに聞こえてくるような気がしたんですよ。こんなにも臨場感溢れる恐怖ってのは、虚構から現実に、何かが浸食してくることによって生じるものです。ひとまず、私が「現実」だと思っている世界に帰ってこられて良かったと思います。
ここ、現実世界ですよね? え!? 頼むから、何か言って下さい! |
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その名にちなんで 【新潮社】
ジュンパ・ラヒリ
定価 2,310円(税込)
2004/7
ISBN-4105900404 |
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評価:B
自分の名前、好きですか?
私は今でこそ、とても好きですが、子供の頃はよく名前のことでいじめられたものでした。「み」で始まる名前の方なら、身に覚えがあるんじゃないかと思いますが、過去のトラウマ語りは省略。
でもって、この作品。ベンガル系インド人である主人公の名前は、かのロシアの文豪からとって「ゴーゴリ」。お父さん、気持ちは分かりますが、もうちょい、付けられる子供のことも考えてやって下さい。確かに、命名に至るエピソードには感銘を受けましたが。
かくして、ゴーゴリ君は成長するにつれ、自分の名前にどうしようもない違和感を感じ、改名届を出して受理される訳ですが、自分で決めた名前にも、どうも違和感が否めず、自我が分裂してしまったかのような思いを抱いてしまう。そんな悩ましさを丹念に描き出す作者の筆致の確かさに、とても心惹かれました。上手いなあ。
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