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平野 敬三の<<書評>>


サウダージ

サウダージ
【角川文庫】
盛田 隆二
定価 460円(税込)
2004/9
ISBN-4043743025

評価:A
 嘘臭いけど書きます。主人公・裕一のセックスに対する何だかよく分からない嫌悪感というのは僕にはよく分かって、ルイーズやあずさに誘われても決して一線を越えない裕一の言動は本当にツボだった。対女性関係の交渉能力のなさとか。内面の闇を描きながらも、深層を明るみに出そうとしない著者の姿勢も良い。作中、居場所を探して彷徨っているのは、ハーフの裕一や外国人労働者たちだけでなく、玲子や博やあずさやその他大勢の人々もふらふらと放浪を続ける。年齢や性別や国籍に関係なく彼らが彷徨い続ける様は、本当に泣きたくなるような風景だ。そしてこの作品の魅力は、登場人物たちがありもしない「ここではないどこか」を闇雲に探しているのではない、ということだ。だからこそ、ラストでの裕一の決断が感動的なのである。それにしても派遣社員の面接に来る女性たちの行動には、別にうぶを装うわけではないが、ちょっと唖然とさせられた。これってリアリティがなさ過ぎて逆に恐い。

退屈姫君海を渡る

退屈姫君海を渡る
【新潮文庫】
米村 圭伍
定価 500円(税込)
2004/10
ISBN-4101265348

評価:C
 「襦袢の前が開いて、ふくよかな胸の谷間があらわになりました」。これ、主人公のめだか姫の描写だが、お転婆のお姫様をこんなふうに書いてしまうところが、本作のひとつの特徴だ。ハチャメチャな冒険噺でありながら、ふと見せる主人公たちの真剣な眼差しにリリティを与えているのは、姫が脱ぐところでは脱ぐ、という部分がしっかりと示唆されているからだろう。このあたりのアダルトサイドの時代劇への取り込みかたは、けっこうアバンギャルドな感じで良かった。ただ、後半の「解決篇」にくらべて、前半の導入部の退屈さ加減は何とかしてほしかった。いろいろと伏線が張られているのは分かるが、物語の面白さを失速させてまで「説明」してしまうのはイカンと思う。

花伽藍

花伽藍
【新潮文庫】
中山 可穂
定価 460円(税込)
2004/10
ISBN-4101205337

評価:B+
 レズビアンにはただならぬ興味があって、なにげにビデオとかけっこうな数を見ていたりする。でもそういうところで描かれているのは、「男が映らないほうが興奮できるじゃん」という見る側の欲求を満たすための一シチュエーションに過ぎないから、レズの実際とはかけ離れているのだろうなというのはうすうす想像できるし、自分が興味を持っているのもその範疇でということなのだろう。というのも、本作で描かれる女性同士の激しく切ない恋愛劇があまりに「奇形」だからで、最後まで自分にはなじめなかったからである。うわーこれはちょっと・・・、と思いながら、妙に湿った物語を読み進めるのは、かなりの違和感を伴った。どの話にも必ず同性愛が絡んできて、短編なんだからひとつふたつは違う展開をと望みたくもある。ただ、違和感があったからつまらなかったかといえば、決してそうではない。どの話も印象に残ったし、とてもいい小説だとさえ思った。過度に純粋な思いは思いのままなら美しいが、それがいったん形になってしまうと(形にしてしまうと)とてもとてもみっともないんだなあ。そんなみっともなさに、自分はなじめないままに惹かれているのだと、そんなことをぼんやり考えた。

東京物語

東京物語
【集英社文庫】
奥田 英朗
定価 650円(税込)
2004/9
ISBN-408747738X

評価:AA
 少し前の話だが、何かの式典に奥田英朗の代理で松尾スズキが出席しているのを知り、「あのふたり、仲いいんだ」と意外な組み合わせに驚くとともに、けっこう笑いのセンスが似てるもんなと納得した。奥田英朗の自伝的青春小説である本作は、『最悪』という、読者にものすごい圧迫感を与える傑作群像劇では片鱗すら見せなかった奥田の笑いの才能がもっとも効果的に発揮された作品といえる。刹那的な共感、明日への根拠なき希望、「今」を謳歌する充実感、不安を押し込めるためのばか騒ぎ、そして自己を見つめる真摯なまなざし。そんなものに溢れたまばゆいばかりの日常をストレートに描きながら、そこに必ず爆笑必至のシーンが挿入されている。それは奥田の照れでもあろうが、同時に彼の「生き方」みたいなものが重なっているのだろう。生きていくうえで大切なことは、いつだってバカバカしさをともなっていることを知っている人は素敵だと思う。この物語は、平凡な青年が素敵な大人になるまでの、ぶざまでありふれた輝かしい日々をつづった素敵な小説である。青春が終わって人生が始まる――。いい言葉だなあ。

笠雲

笠雲
【講談社文庫】
諸田 玲子
定価 680円(税込)
2004/9

ISBN-4062748584

評価:A
 時代小説でここまで強烈なオリジナリティを持った作品も珍しい。まず、主人公の政五郎の描き方がいい。この作家にかかると、迷いも弱気も言い訳も、物語の最後にはすべてがその人物の魅力として収斂されていくのである。ただマイナス面を描けばいいというものではなく、そこに自己との対話が常にあることがこの作品にひとつの柱を与えているのだ。弱き人間が、強くなろうと強くなろうともがくところに、物語の感動は生まれる。たとえば、ラスト近くでの政五郎の台詞。「だれだって潔く生きちゃあわ。とんがって生きちゃあわ。そいつが出来にゃあから、あっぷあっぷしてるんだわ。じたばたしてるんだわ」。飲み屋でサラリーマンのオヤジが呟いていそうなこんな台詞を、すーっと読み手の胸にしみ込ませる作者の力量は見事というしかない。解説の高橋克彦氏は「これはもしかすると同業者にしか分からない凄さかも知れない」と書くが、そんなことはない。一般の読者にも、十分すぎるほどその凄さは伝わってくる。

象られた力

象られた力
【ハヤカワ文庫】
飛浩隆
定価 777円(税込)
2004/9
ISBN-4150307687

評価:B
 とにかく一番はじめの「デュオ」は必読。とろっと濃密で不穏な空気が漂う、居心地の悪いような、それでいてひどく魅力的な異世界に吸い込まれるように惹かれていった。ホラーとSFとミステリーとねじれた恋愛小説の要素が絶妙のバランスで混ざり合って、本当に興奮した。ドキドキした。これ単品なら文句なしのAAだ。だけど、残りの3作品はSF色が濃すぎて、正直かなり辛い。作者のアイディアの奇抜さに読み手の凡庸な想像力が追いつかないのである。SF好きは、こういうのも難なく読めるのだろうか。ただし、「難解」というのとはちょっと違う。事実、3作品とも再読してみたいという欲求は確実に残してくれている。不思議な作家だが、願わくば「デュオ」のようなSF色の薄い作品をもっと読みたい。

体の贈り物

体の贈り物
【新潮文庫】
レベッカ・ブラウン
定価 540円(税込)
2004/10
ISBN-4102149317

評価:A
 再読にも関わらず、なんと哀しい物語だろうかと、読み終えてからため息を吐いた。読み終えてしばらく経った今でも、油断をするとひたひたと哀しみが迫ってくる。大切ななにかを失ってしまったときの、あのぽっかりとした心の有り様を、ただただ淡々とレベッカ・ブラウンは描く。大切な何かを失いそうな予感とはちきれそうな不安感を、そしてひとりの人間から何かが失われていく様を、急がずゆっくりと丁寧に描いていく。シンプルな言葉で語られているが、ゆっくりじっくり読み進めることで、いくつもの感情や風景があふれてくる。あからさまに感動的な場面や、やりきれなくなるような哀しげな描写は、ほとんどない。死と隣り合わせのエイズ患者やソーシャルワーカーたちの心が、ほんの1ミリ動いた瞬間。そこにこそ最大のドラマがある。そんな微妙な心の移り変わりの描き方が、この作者は本当にうまい。以前、『婦人公論』の書店員のお勧めみたいなページに「人を思いやるということについてしみじみ考えさせられる傑作」というようなことを書いたが、そんなシンプルな物語ではないことが分かった。何度も読み返したいと思う。

抑えがたい欲望

抑えがたい欲望
【文春文庫】
キ−ス・アブロウ
定価 1,050円(税込)
2004/9
ISBN-416766173X

評価:AA
 悩みをかかえた女性ほど心を動かされる相手はいない──。帯紙に引用された一文にこの作品の魅力は凝縮されている。ほんと、そうだよなあ、と思ってしまう人にとっては極上の物語となるだろう。登場人物たちがかかえるトラウマが云々という部分はまったくどうでもよかったが、今にも壊れてしまいそうな社長夫人・ジュリアに惹かれていく主人公・フランクの心の動きは思いっきり腑に落ちた。「それは恋とは呼ばないのだよ」と危ぶみながらも、一方ではそれがたまらなく切なく眩しかったりして。絶望に満ちあふれた世界に、いくつかの小さな救いを咲かせていくラストは、それが不確定な不安要素を内包しているが故になおさら美しく感じる。サイコ・サスペンスというよりは、もっと幅広い読まれ方が必要な傑作と思う。続編や前作(本作はシリーズ3作目)の翻訳を待望する意味でもAAをつけさせてもらった。それにしても帯紙を見た妻に「あなた、こういう話、好きそうだもんね」と言われてしまう僕って一体、という気もする。