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勝手に目利き
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朝山 実の<<書評>>


明日の記憶
明日の記憶
【光文社】
荻原浩
定価 1,575円(税込)
2004/10
ISBN-4334924468
評価:AA
 「ほら、あれあれ……」と言ったきり名前が思い出せなくてイライラ。そんなことが多くなってきただけに、これは他人事じゃない。働き盛りに若年性アルツハイマーになってしまったお父さんの物語だ。認めたくないものだから、覚えていないのはたまたまと自分に言い聞かせる。まだしもあった余裕がはがれていく日々の動揺、不安はとてもリアル。病気について知識がないわけじゃないからハッピーエンドはないか、と推測しちゃうとページを繰るのも鈍る。通いなれた取引先に向かう途中、道がわからなくなって呆然となる。婉曲に退職を勧告されるのだけど、娘の結婚式まではと頑張る。主人公はほんとうに「平凡なお父さん」。だから癇癪も起こすし、妻とぎくしゃくもする。酒を自制しつつもノンアルコールのビールにすがりつく食卓の風景には胸がつまるし、これほど救いをもとめたのもない。それだけに、こわごわたどりついたラストはすばらしかった。

真夜中の五分前
【新潮社】
本多孝好
定価 1,260円(税込)
2004/10
ISBN-4104716014
ISBN-4104716022
評価:C
 「世界は不必要なもので溢れ返っているし、不必要なものは人を醜くするんだ」
 そんなことを言うITビジネスで大儲けした、いささか被虐的な男に見込まれてしまうのが「僕」という主人公。仕事はできるし女にもモテる。濃い影がちらつくあたりはレトロな雰囲気だけど。モテモテなのに、女とセックスはしない。見かけはジャニーズふうでも、内面は違うんだよボクはさぁと悶々する主人公の入り組んだ屈折が独特の、「side−A」。だけど、話のツボはヒロインが卵性双生児の姉妹だってことにありで、「side−B」は姉妹をめぐるある事件の後の話。林檎を一個買うのにも迷うタイプなら、なぜ私じゃなくて彼女なのよって、アイデンティティじくじくのドラマにドップリひたれるでしょう。ところでイラクで見殺しにされた、あの若者。欲しい物が手に入る時代に「自分」でなければならないものを求めて彼の地まで行ったんだよあ、たしか。選ばれたいと望んでばかりの病って辛いよなぁって、余談だけどこれ読みながら思いました。

みんな元気。
みんな元気。
【新潮社】
舞城王太郎
定価 1,470円(税込)
2004/10
ISBN-4104580023
評価:D
 目覚めたら隣のベッドで姉が宙に浮いていたってところから始まるのが表題作。主人公とまわりの人物との“関係”がひょいひょいズレたりするから、えっ?ってしばしば戸惑う。あるべき“安定”がないのだ。一見ふつうの子が暴走する「スクールアタック・シンドローム」にしてもそうだが、ハチャメチャに暴走するのは特色で作者の意図でもあるのだろうね。鬼退治に出かけた金太郎がカチカチ山でサーフィンしていた、ふうな話っていうか(例えは無茶だけどノリはそんな感じ)。妄想というか、夢ん中というか、SFな感じ。現実と遮断されながらも、それでいてところでリアルがのぞき見えるというか。「みんな元気。」でいうなら、空で暮らす一家が主人公の妹を誘拐し、三人兄弟の真ん中の男の子を「交換」に置いていく。なぜそうするのか尋ねても答えはない。スジをたどろうとすると不条理そのもの。でも、子を失った家族の欠落感はよく出ている。これってもしかして小説界のウォーホールみたいなものかも……。

香港の甘い豆腐
香港の甘い豆腐
【理論社】
大島真寿美
定価 1,575円(税込)
2004/10
ISBN-4652077475
評価:B
 「どうせ父親も知らない私ですから」
 主人公の少女は人付き合いが下手で、上手くいかないことがある度そんなふうに言い逃ればかりしてきた。業を煮やした母親は、なら会わせてあげるわよと彼女を強引に香港へ連れ出してしまう。死んだとばかり思いこんでいた父親はなんと「ロイ」という名の香港人。驚きとともに言い逃れの切り札を奪われてしまった彼女は、母が昔の友人たちと再会するのに同席し、知らない母親を知り、母の友人の家にホームスティすればおもてなしを受けるとばかり思っていたのが、放ったらかしにされる。こうあるべきの読みがハズれるとともに彼女の凝固まった頭がほぐれていく。料理屋で言葉が通じなくともコミニケーションできたことの喜びなど、一つ一つはささやかながら、彼女の心の弾みようが伝わってくるのがいいし、ひとは第三者が介在することでひとが理解できるようになる。そんなことが人間関係の基本がふんわりと教えられる小説でもある。

gift
gift
【集英社】
古川日出男
定価 1,365円(税込)
2004/10
ISBN-4087747212
評価:C
 停められたままの車の後部トランクの中に次々と人が消えていく。それを長々と眺めている男の話の、「さよなら神さま」。
 自殺しよう、それも餓死がいい。思い立った肥満の“あたし”が廃墟と化した住宅地をさまよい、そこで不思議な部屋を発見する。いるはずの住人の臭いはしないし、部屋にあるモノは綿密に形作られた映画のセットのよう。そんなところに住み着いた女の、「あたしはあたしの映像のなかにいる」などは二度、三度読むと怖いかも。以前、部屋を映して住人を推理するというテレビ番組があったけれど、そんなのが頭に浮かんだ。トータルに見ると19の短編の大半は3日もしたらどんな話だか曖昧(夢ってそうだけど)で、また読み直すんだけど……。ボタン、ポタンって水道の蛇口から滴る音が聴こえてくるけど“ほかにだれもいない”感じな、ある意味濃厚な作品集っていうか。この感じ、おそらく読む人が読めばすごく面白いんだと思います。

空の中
空の中
【メディアワークス】
有川浩
定価 1,680円(税込)
2004/11
ISBN-4840228248
評価:C
 「ET」みたいなほのぼの系のお話かと思っていたら中盤で急カーブ。人類(といっても、登場するのは全員日本人)vs雲みたいに空に浮かんでいる正体不明の生命体とのバトル。その怪物は元々は一体だったものが、人間の攻撃で散り散りの固体に分かれてしまった。政府は対策に苦慮し、怪物との共存の道を探ろうとする。けれども怪物側は強硬派から穏健派まで分かれ、意思統一が図れない。膠着状態に出現するのが、ある少年が拾い育てた異生物の分身「フェイク」。フェイクの登場するあたりから面白さはアップする。フェイクは少年に好かれようとして「仲間」を食い尽くす。お話の中では、混乱する異生物を「多重人格症」と重ねて説明されてみたりするのだけど、ワタシがむしろ連想したのはパレスチナの終わりなき戦争。物語を支える恋物語はアニメっぽいし、全体の雰囲気はウルトラマンよりガメラ映画な感じというか。それだけにフェイクの無垢さがせつなくもある。

くらやみの速さはどれくらい
くらやみの速さはどれくらい
【早川書房】
エリザベス・ムーン
定価 2,100円(税込)
2004/10
ISBN-4152086033
評価:A
 自閉症だけど頭脳明晰。製薬会社に勤め、フェンシングクラブや教会に通い、思いを寄せる女性もいる。彼を好ましく思う人も周りにたくさんいる。穏やかな生活を送っていた青年の人生が変転するのは、職場のリストラから。自閉症治療を受ければ解雇リストから免除するという。だけどそれは人体実験同然のものだった。『アルジャーノンに花束を』が手術を受けたがゆえの悲劇なら、治療を受けるか否かの決断までに多くがさかれ、結果として彼はいろんな人たちと関わっていくことになる。彼の目を通して「ノーマル」な世界の歪みが見えてもくる。
 教会で彼はこんなことを言う。自閉症は事故のようなもの。すべての不幸がそうであるように意味や理由、神の意思がそこに介入しているはずはないと。自閉症であることで彼は得がたいものに触れる。先を急いだラスト。その決断はズシンときます。ピンチになったときに思い出すんだろうかなという一冊です。

悪魔に魅入られた本の城
悪魔に魅入られた本の城
【晶文社】
オリヴィエーロ・ディリベルト
定価 1,995円(税込)
2004/11
ISBN-4794926634
評価:D
 テオドール・モムゼンって誰だか知ってますか? 炎の中に飛び込んで本を運び出そうとした高名な学者さんで、百年ほど昔にノーベル文学賞を受賞した、とか。火事には一度なでなく二度まで見舞われた、とか。彼がそうまでして守ろうとした蔵書も彼の死後、遺族が処分。それを惜しんだ人たちが集めた本もドイツを攻めた連合軍の爆撃で破壊され、さらに50年後は僅かに残っていた本も所蔵していたイタリアの図書館が「不用品」として払い下げられたらしい。モムゼンを知る者にすれば噴飯ものだろう。が、ワタシは「本は人を選ぶ」ということを痛感したね。モムゼンはすごい業績の人らしいけれど、どんな人物か何だかわからぬうちにページが尽きてしまった。

いつか、どこかで
いつか、どこかで
【新潮社】
アニータ・シュリーヴ
定価 1,995円(税込)
2004/10
ISBN-4105900420
評価:C
 人は恋愛をすると幼稚になるのか、幼稚になった自分をさらしたいから恋愛をするのか。少年少女時代の二人のもどかしい衝動と下半身の疼きが滑稽でもあり、美しかったのがそんなことを思わせる。つい『マディソン郡の橋』なんかが浮かんだ(結局本は読まずじまいのままなのだけど)。サマーキャンプで恋に落ちた少年と少女には31年の歳月が流れ、詩人となった女性の写真が新聞に載ったのをきっかけにして、かつての少年少女はめぐりあい、叶わなかった時間を取り戻そうとする。
 家庭もあり、すっかり中年となった二人の逢瀬や往復書簡に新鮮な驚きはないが、それぞれに倦怠な家族に対する目線の冷酷さと自己嫌悪に陥る描写が出色だ。パーティの席で、夫が妻の詩集の上にグラスを置いてしまう。表紙に残る、濡れた輪。ときに些細なシーンが咽喉もとの小骨のように残る。貪るように愛し合う二人だが、愛の行く末は決して後味のいいものではない。