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ラス・マンチャス通信
【新潮社】
平山瑞穂
定価 1,470円(税込)
2004/12
ISBN-4104722014 |
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評価:B
第一章は帯にも書かれているように「カフカ」的な世界だ。「アレ」と書かれるだけで、いったい何者かはぼやかされた『変身』の毒虫のような存在が「僕」の家にいる。家族は迷惑、不快でありながら、アレについては見えているのに見えてない生活。ある日、ついに主人公は衝撃的な行動に出る。で、翌朝。家族は居間で何事もなかったかのようにくつろいでいる。父親は「僕」の顔を見て「さぁ、行こうか」と声をかける。彼が正装して下りてみると、家族も玄関で正装して待っている。どこに行くのか? 書かれてはいないのだが、想像はつくラストがいい(と思ったら二章でわかっちまうけど)。「エイリアン」の一作目のように、わざとパーツのこまかい描写をし、全体は見せない。想像を誘い出す書き方に、ひき込まれる。残念なのは、一本の長編にするんじゃなくて、短編の連なりにしたほうが面白みは増したんじゃないのか。いくらなんでも一人の身の上に、これほど異様な出来事が度重なるともうアニメの世界。日常の小さな風景にリアリティがあるだけに惜しい。
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しゃぼん
【新潮社】
吉川トリコ
定価 1,260円(税込)
2004/12
ISBN-4104725013
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評価:C
お風呂がめんどくさい。勤めを辞め、一年もダラダラ。もうすぐ三十。付き合って何年にもなるハルオとの同棲もまんねりだ。毎日が食っては寝る。彼女がそんなだからか、もともとの性質なのかハルオはしっかり者に磨きがかかってしまっている。結婚してもらえないんじゃない、しないんだ。一歩を踏み出すのをためらう女の心理が、ぬるーい私語りの中から覗ける。スーパーで「奥さん」と呼ばれて凍りつき、わざと見るからにオバサンな恰好をしてヘンシンをはかる場面がおかしい(中間がない)。万引きをした少女をかばい、妙な方向に逸れていきそうでドキドキするものの、やっぱり彼女はダラダラ。自分自分の人生相談めいた話にいささか眠くなりかけたところ、終盤でホームドラマなひねりがあるのが表題作。R-18文学賞受賞の「ねむりひめ」もそうだが、外から見てとれない「繊細さ」を描いている。それはいいんだけど、こじんまり、まったりとしていてオヤジが読むにはすこし退屈だなぁ。
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日暮らし(上下)
【講談社】
宮部みゆき
定価 各1,680円(税込)
2004/12
ISBN-4062127369
ISBN-4062127377 |
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評価:A
上巻から下巻にわたる表題の長編が、四車線の本道なら、前に配置された四つの短編は脇道にあたる。その路地は風景こまやかだ。近ごろ夫の態度がおかしいんでやきもきし、女の影に怯えヘンに空回りしてしまう「お恵」の鬱々を綴った「嫌いの虫」の心理は現代劇。あるあると頷く人は多いでしょう。うまいよなぁ、とうなったのは落ちの持って行き方。どうしようもない隣家の困った夫婦との対比で、お恵に己の滑稽さを悟らせる(他人事じゃなしに、自分にも似たところがあるあると間接話法で伝える効果あり)。幼子のいる未亡人がひどい勘違い男につけまわされる、いまでいうストーカー事件を題材にした話など、これが現代ならいやーな話も時代設定をかえることで人情話に仕立てられている。「岸が違えば、眺めも変わる」というフレーズが作中にあるが、一話一話の主人公たちが、本道では物静かな脇役となり、違ったふうな人間に見えてくるあたりが楽しい。
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漢方小説
【集英社】
中島たい子
定価 1,260円(税込)
2005/1
ISBN-4087747433 |
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評価:B
何度も救急車に乗せられちゃう女の人の話だ。
「えー、三十一歳、女性」救急隊員がそのたび誰かに伝えている。それを彼女はああーっと耳にする。とつぜん心臓がドキーンッ!冷汗と発熱。しかし病院にいっても異常なし。でも苦しい。病院をまわったあげく、漢方医のところに行き着く。この先生、大丈夫?と思った若い医者に、触診でドキドキの震源地を探り当てられる。以来、彼女は別の意味でドキドキ……。昔の少女コミックの定番ストーリーだけど、乗せられ読んでしまう。これって文章のたくみだな。漢方では「喜、怒、憂、思、悲、恐、驚」(七情)の情緒反応は「五臓」にふりわけられるんだよって話など、ふんふん。勉強できた気になれるし、診療内科方面の話ってキツい話題だけど、へこんでいる主人公を描きつつも不思議と明るい。閉じてないからだと思う。周囲の人の関わりがきちんと見て取れるのも、いい感じだ。
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となり町戦争
【集英社】
三崎亜記
定価 1,470円(税込)
2005/1
ISBN-4087747409 |
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評価:A
ちょいと筒井康隆なかんじ。後半はおおー!ってくらい、いまの時代の作者らしさがでてくる。隣の町と戦争する? 誰が? どこで? 現場はまるで見えない。「僕」にはかわり映えのない日常がある。一方で、広報誌には戦死者が増えていく。“バーチャルな時代”とかって言葉で逃げたりせず、戦争がつかめない時代のリアルをシャープに表している。ずーっと戦争を実感できず疑問でならなかった主人公が目隠し状態で車のトランクに入れられ、そこに次々と放り込まれる死体らしき“物”の感触を全身で受けとめる。このときの現実味。皮肉なのは、これから起きる「戦争」の迷惑補填について、近隣住民に説明する役場の人間の他人事さ。イラク問題について薄笑いしている某首相が浮かんだりして苦笑(でもって恐い)。ラストがいい。仕事人間でギスギスした公務員であるヒロインの印象が、がらりと反転する。メロドラマな終わりなのかっていうと、そうでもない。楽しげな「トム&ジェリー」の追っかけっこのアニメが脳裏に浮かんで、カナシー気持ちになった。
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四畳半神話大系
【太田出版】
森見登美彦
定価 1,764円(税込)
2005/1
ISBN-4872339061 |
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評価:C
コンパの帰りらしき一団が電車のホームで、特有の共通語で盛り上がっているようなノリで、なかなか話に入っていけなかった。ざっくりいうと京都の大学に通う男の子のほのぼの飄々とした青春もので、四話に分かれている。「これは読んだんじゃない?」って気になるくらいそっくりな文章が繰り返されている。実は意図らしい。気づくのは読み続けてから。違う選択をしたら、もちろん違う展開になる。それを見せたいってことか。面白いじゃないと思ったのは、大人と関わらず狭い世界でモラトリアムを謳歌する彼らだけど、それはどうあがいても同じ輪の中をぐるぐる回っているだけのことなんだよなぁっていうのが見えてくるあたりだ。最終話で、トイレに行こうとするんだけど主人公はどうしても部屋から出られない。不条理な最後がピリッと読ませてくれる。ちょうど電車で騒いでいた学生が、友人が皆降りて、ひとり膝をすぼめているのを見たようなというか。
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素敵
【光文社】
大道珠貴
定価 1,575円(税込)
2004/12
ISBN-4334924484 |
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評価:B
浮いていたり嫌われる人間を描くと、ばつぐん。とくに「走る」。子供の友達が遊びにやってきたら、その子の家の事情を詮索する。比べて満足するために。不幸を嗅ぎつけると、大変ねぇと喜びを隠しきれない。夫はそんな妻がうとましいのか家に帰らず、電話の声しか登場しない。余計に子供に依存し、狭い了見の母親に対して、小学生の姉妹は、親を反面教師にしたのか大人な態度である。今だからではなく、昔もこんな家庭の風景はいくらもあった。家族が集う姿をぶっちゃけに描きだしている。「素適」は、高齢者向けのファッション講座の女講師、「カバくん」では人が入らない総菜屋のおばさん。嫌がられる人と、疎む側の心理。嫌われても、自分をあたらためられない心のメカニズム。いずれも上手い。「走る」に戻すと、デフォルメされた、被害者意識の高じたいやーな感じが滑稽味をかもしだしている。つい笑ってしまう。てことは、そういう嫌な部分が自分のなかにもあるってことになるんだろうかな。
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ブラック・ヴィーナス
【河出書房新社】
アンジェラ・カーター
定価 1,680円(税込)
2004/12
ISBN-4309204058 |
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評価:C
「あたしの名前なんて、なんの手がかりにもならないわよ」って女が答えていく「わが殺戮の聖女」は圧巻だ。数奇に思えるだろうけど、これは一人の体験じゃない。これこそ歴史の真実よって告発する力がこもっている。イングランドの貧しい家の娘は、ロンドンに出る。一斤のパンを盗んだところを目撃し、説教をしながら彼女を手篭めにしたのが最初の男だった。ありがちな転落をたどる彼女にとって、売春も泥棒も生きていく手立て。いろいろあって新世界アメリカに渡り、野蛮と恐れていたインディアンの一族と暮らし、彼女は初めて安心を手にする。しかし。騎兵隊が彼女を救いだす。白人の彼らの目には、彼女は穢れた女でしかない。めまぐるしい人生を生きていた女の独白だ。インディアンたちと打ち解けていく過程、彼らが皆殺しにされていく様を目にする場面。画が眼前にひろがり、これはズシン!とくる。もう一篇。保護された“狼少女”を見る男の子の目線で綴られた「ピーターと狼」も迫力の作品だが、ワタシごときには歯がたたない作品もあり一冊としては採点不能。
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