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安藤 梢の<<書評>>


雪の夜話
雪の夜話
【中央公論新社】
浅倉卓弥
定価 1,575円(税込)
2005/1
ISBN-4120035840
評価:C
 雪の夜のしんとした静けさが伝わってくる。読んでいると、降り積もる雪にすっぽりと閉じ込められてしまったような感じである。吐く息の白さや、雪の明るさの描写が丁寧でリアルであるのに比べ、話の設定自体が現実離れしていることが残念。これではもうファンタジーになってしまう。ストーリーとしては、人に対して心を閉ざしている主人公が、雪子(雪ん子という設定)との出会いを通して心を開いていくというもの。デザインの仕事をする主人公がポスターの構想をまとめ上げるシーンは緊張感のある文章で引き込まれるが、雪子との対話となると哲学講義のようで味気ない。気になるのが、雪子と妹の話し方が似ていることである。不甲斐ない主人公に対して空想と現実の両世界から説教をしているような感じだ。兄に対して「〜しなさい」という妹はあまりにも生意気に見えてしまう。せめて「〜しなよ」くらいにしてほしいところだ。

しかたのない水
【新潮社】
井上荒野
定価 1,575円(税込)
2005/1
ISBN-4104731013
評価:A
 フィットネスクラブに通う人々のそれぞれの人生が、ほんの束の間重なり合う。表面上何の意味もないように見えるありふれた交流の中で、静かに、しかし濃厚に重なり合う時間。その時間の中で、もぞもぞとうごめく感情に執拗に迫っている。微妙な心の襞を丁寧に描いているあたり、かなり巧い。登場人物たちのべったりとではない、触れ合う程度の交流がリアルで絶妙である。一編ごとに主人公が変わっていくことで、観察する者とされる者、その視点の移り変わりが鮮やかで恐くもある。自分が人からどう見られているかを知らされているような恐怖である。全体的に荒涼としたイメージが漂う。登場人物それぞれの荒れた心象風景が全体を殺伐としたものに染めている。読み終えて、思わずぶるっと身震いしてしまった。

九月が永遠に続けば
九月が永遠に続けば
【新潮社】
沼田まほかる
定価 各1,680円(税込)
2005/1
ISBN-4104734012
評価:B
 高校生の息子が夜ゴミを捨てに行ったまま行方不明になる。そんな始まりにあっという間に引き込まれる。子供を探す親の心境が実にリアルで生々しく描かれている。息子の失踪をきっかけに、それまで内に秘められてきた人間関係が次々と現われてきてしまう。何が恐ろしいって、人の心が一番恐ろしい。心理的にじりじりと追い詰めていく描写は、まさに手に汗握る。ここまでドロドロに書けるのはすごい。ぞーっと寒くなる話の中で、あまりに入り組んでいる人間関係に少し笑えるから不思議だ。ありえないだろう、というつっこみがもちろん入る。そのピリピリとした関係の中で、近所に住むナズナの父親、服部の無神経さが際立っている。服部への嫌悪感に必要以上にページが割かれているような気もするが、それがまた恐ろしくうまいのである。読んでいるこっちまで思わず顔をしかめたくなるような嫌悪感。そんな感情もうまく結末への伏線となっている。

背の眼
背の眼
【幻冬舎】
道尾秀介
定価 1,890円(税込)
2005/1
ISBN-434400731X
評価:C
 背中に眼のようなものが映った写真。それだけでも充分恐い。さらにその人物はその後自殺をしているというから尚恐い。よくある怪談話のようだが、村の伝説まで巻き込んで話は広がっていく。登場人物の、どこかのんびりとした感じに比べ、起こっている現象は異常に恐い。ただ、話を広げすぎてしまって収集がつかなくなったような感じがするのが残念である。あっちもこっちも細かく書きすぎて、少し話が長すぎるように思う。登場人物のキャラクターが魅力的で会話も面白いので読むのに苦痛な程ではないが、もう少しテーマを絞ってもよかったのでは。そして結末、肝心の背の眼の謎がすっきりと解決しないところが気になる。謎は謎のまま受け入れる、ということか。何となく、「次へと続く……」となりそうな終り方だが、続いていくのだろうか? いろいろと気になることが残っているので、是非書いてほしいところである。

ユージニア
ユージニア
【角川書店】
恩田陸
定価 1,785円(税込)
2005/2
ISBN-404873573X
評価:B
 毒物による大量殺人事件の真相を、時間が経ってからの当事者たちへのインタビューという形で明らかにしていく。どんなにおぞましい事件でも時間が経つことで、誰かに伝えたい、形として残したいという人々の欲求が高まっていくものなのである。事件そのものの顛末を描くのではなく、その事件に遭遇した人たちの感情を追うことで、事件そのものを新たに形作っていくような流れである。同じものを見ていても、見る人によっていかに異なって映るか、記憶というものがどれほど曖昧なものなのかを思い知る。ただ、そういうあやふやなものを辿っているが故に、読み終えてもどこかすっきりとしないものが残ってしまう。結末へと向けての物語の盛り上がりに引き込まれていただけに、どんなふうに終わるのか期待が膨らみすぎていたのかもしれない。カバーの裏面にも一工夫あるので裏返して見るのをお忘れなく。

白の鳥と黒の鳥
白の鳥と黒の鳥
【角川書店】
いしいしんじ
定価 1,365円(税込)
2005/1
ISBN-4048735748
評価:B
 読み終えるのが勿体ない短編集。ありそうだったりなさそうだったり、設定も文体も違う、それぞれ色の全く違う短編だが、最後にすとんときれいに収まるところが同じである。きちんと物語が完結していく安心感がある。全ての話に、あともう少し続いてほしいと思ってしまった。独特の不思議世界を演出しながらも、ひとかけらの真実を紛れ込ませているあたり素晴らしい。物語に入り込んだと思った途端に容赦なく終わっていく、儚い余韻のようなものが作品全体を何ともいえず優しい雰囲気で包んでいる。とりあえず一話立ち読みを、という人には「緑春」がお薦め。緑色が青色への愚痴をこぼすところがかわいらしい。色に意志を持たせるというその設定の妙もさることながら、最後のオチには思わず「ぎゃふん!」と言ってしまうこと請け合いである。

笑酔亭梅寿謎解噺
笑酔亭梅寿謎解噺
【集英社】
田中啓文
定価 1,890円(税込)
2004/12
ISBN-4087747239
評価:B
 落語とミステリーの組み合わせといえば、ついつい北村薫の円紫師匠と女子大生を思い浮かべてしまうが、そんなつもりでこの本を読むととんでもない目に合うだろう。平手打ちの一つも飛んできそうである。そのくらい師匠も弟子も乱暴なのである。頭に投げつけた目覚し時計が木っ端微塵になるなんて……。落語の世界の落ち着いたイメージからは程遠い。とは言え、日本伝統に対する敬意のようなものはいたるところに感じられるのだが。ミステリーとして読むには謎もトリックも強引すぎるが、そんなことは気にならない、ともかく単純に面白いのである。誰でも一度は聴いたことがあるような古典落語の演題を使うことで、難しくなくすんなりと話に入っていける。
 それにしても梅寿師匠、こんなに大酒飲みで乱暴者で、これで落語が巧くなければ、ほんとどうしようもない人である。 

遺失物管理所
遺失物管理所
【新潮社】
ジークフリート・レンツ
定価 1,890円(税込)
2005/1
ISBN-4105900447
評価:A
 駅の遺失物管理所には毎日、何かをなくした人々が訪れる。人は実に様々な物をなくす。他人から見れば代えのきく物に思えても、なくした本人にとってはかけがえのないものだったりする。ヘンリーのユーモアたっぷりの仕事振りが読んでいて笑える。彼のキャラクターがなんともいい味をだしているのである。遺失物が本人のものか確認するために、ナイフを投げさせたり、台本を読ませたりと遺失物管理所はいつも賑やかである。ヘンリーの子供のような言動が読む者をハラハラとさせ、時には笑わせるのである。出世にとらわれることなく(始めはそれが仕事の責任を負いたくない言い訳に聞こえるのだが)、ただ気持ちよく仕事がしたいと力説するシーンには胸打たれる。彼が仕事をいかに愛し、大切にこなしているのかが窺える。ユーモアセンスに富んだ明るい物語ではあるが、実はリストラや若者の非行や差別問題など様々な社会問題が内包されているというところに作品の深さを感じる。