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勝手に目利き
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朝山 実の<<書評>>


ナラタージュ
ナラタージュ
【角川書店】
島本理生
定価 1,470円(税込)
2005/2
ISBN-404873590X
評価:A
 母校の演劇部の助っ人に、いまは大学生のもと部員たちが集まる。芝居の稽古風景といい、話のはじまりは、ほのぼのとしたものだ。何かが起こる予感といえば、召集したのが、主人公が恋心を抱き続けてきた顧問の男性教師ってことぐらい。その先生も彼女のことが好きらしい。安易な物語ならすぐになるようになってしまうんだろうけど、発展するようでしない二人の仲。割って入るのが、同じと年頃の学生クン。なかなかの好男子。が、この彼、体の関係をもったとたんヘンになっていく。おいおい、って。いっぽう、思いやりたっぷりの先生も、彼女に思いやら苦悩やらを打ち明けたかと思うと、いやダメだと彼女を拒絶する。肝心のところで、煮え切らないんだ。人柄は素晴らしい。でも、精神的に稚拙。女性に依存する。そんな、めめしい男たちを読んでいてイヤんなるくらいリアルに描いている。オボコイ恋愛物語だと思い込んでいたらスボッと海に沈む感じ。びっくりするような展開が後半待ち受けていたりで、残りページが少なくなるほど力が入ってしまった。

グランド・フィナーレ
【講談社】
阿部和重
定価 1,470円(税込)
2005/2
ISBN-4062127938
評価:A
 ロリコンのことがわかっていない。芥川賞の選考で上がった声を意識して、作者はある雑誌で語っていた。主人公はロリコンと決まったわけではない。変態と正常のグレーゾーンにいる人物を描きたかったと。言いたかったんだろうな、安手の流行小説じゃないよって。先入観を持たずに読んでみると、限りなくそれっぽい主人公が妻から離縁されて帰郷、実家の文具屋の店番をする。客は小学校の子供ばかり。神様はどこまで悪戯をするんだと彼は恨む。このまま行けばゆくゆくは犯罪者。だからどうにかしたい。ある意味、理性的な人間ではある。でも、抑えられないものがある。完全にいっちまった人間じゃないのがこの小説の妙味だ。自らの素行を弁解するモノローグは、ゆらめく孤独な影がみえてきそうで、せつない。あることがきっかけで男は変わりかける(ように見える)。異常者の所業や過去なんて、もう小説で読みたくない。わからないものはわからないんだから。微かだけど男にとってのすくいの道がまだありそうな、未確定な終わりがいい。

だいこん
だいこん
【光文社】
山本一力
定価 各1,890円(税込)
2005/1
ISBN-4334924492
評価:A
 時代小説ではあるが、お侍が出てくるわけではない。主人公は年端もいかない大工の娘っ子。メシの炊き方がうまいと評判を呼び、はじめた一膳飯屋が大繁盛。人を見る目、ここぞというときに勝負にでる気風のよさが奏して、急成長で商売をひろげていく。父親が賭場で借金をこしらえ、苦労する母親の背中を見て育ったとか、幼少期の泣かせ話もある。商売が軌道にのってからも仕事に没頭、婚期を失する姿はバリバリのキャリアウーマンのかなしみが漂うし。江戸の情緒が描かれているとはいえ、スジ立ては外食チェーンのオーナーの創業伝です。ただし脂ぎった臭みがなく、実践にいかせる仕事の基本が詰め込まれている。借金をこしらえて奮起した作者ならではというところか。経営者に司馬遼太郎が好まれるのがイマイチ不思議だったけれど、これを読んで、なーるほど。デキる人間に見せるにはどんな話し方をしたらいいか、なんて張りボテ本と比べるのも何だが、読むならこっちでしょう。後半、いい味をだしていた両親の姿が見えなくなったりするのが残念。あえていうなら長いのがちょっと難点かも。

最後の願い
最後の願い
【光文社】
光原百合
定価 1,890円(税込)
2005/2
ISBN-4334924522
評価:D
 強引な男が、劇団を作りあげるまでが外枠のスジ。仲間を一本釣りで口説いていく。妥協しない。夢は大きい。大法螺吹きにも思える男に見込まれた一人一話の連作。しかしねぇ、メンバー探しは手近だし、選ばれし者たちは男の眼力に驚くんだけど、井戸の蛙が褒めあう感じ。ほのぼのムードはいいとしても。同じ歳の人間しか登場しない大学サークルの映画を見た、いたたまれなさが甦った。主宰者のその男が語る聞いた風な演劇論。饒舌が辛いというか痒いというか、どういうふうに読みとっていいのか困った。中でも呆然としてしまったのが「最後の言葉は……」のオチ。謎解きとヒューマンな感動を結びつけたい意図はわかるんだけど、そんなナルシス男がいたとして人は感動するものなのか。最後まで違和感は残るし、口達者の男がどんな舞台をつくりたいのか見えてこなかった。残念です。

横須賀Dブルース
横須賀Dブルース
【寿郎社】
山田深夜
定価 1,575円(税込)
2005/2
ISBN-4902269120
評価:B
 この本は、終わりから読んでほしい。「アンパンマン」は、乳がんの若い母親の話だ。手術の前だというのに父子揃ってアニメソングを口ずさんでいる。胸がどうたらという歌が「俺」の耳に聴こえる。短気な俺は腹を立てる。デリカシーはないのかと。誰もが思うことでもあるだろう。そんな大多数の目に映っていたものが見事にひっくりかえるのだ。本気で他人と関わるというのが一冊を通したテーマでもある。「ボンドゥウ」は、工事現場で顔見知りになった浅黒いアジア人が、近所の子供に缶ジュースをあげているのを目にするのがきっかけ。ムージと名乗る彼は、坊やの顔色が自分に似ているものだから親近感をもったらしい。百円そこらのジュースなのだが、最後に胸をこの缶がコツンとたたきやがる。あるいは、障害があってオシッコを我慢しきれない女の子と不良だった男の話など、小さな情景や出来事にぐいっと寄っていく眼差しがいい。すごくいい。だから余計なお世話なのだが、最初のハードボイルドふうな何本かは省けばよかったのにと思ってしまう。

河岸忘日抄
河岸忘日抄
【新潮社】
堀江敏幸
定価 1,575円(税込)
2005/2
ISBN-4104471038
評価:A
 睡魔に襲われる、好い映画というのがあるけれど。セーヌらしき河に停泊したままの船を借り受けた男が、船内の蔵書やレコードに聴き入ったりしてうたかたな日々を過ごしている。優雅にうんちくを披露する。眠気を誘うのは一つ一つのうんちくの長いこと。洒落た感じといい、インテリア雑誌でみかける隙のない部屋の住人みたい。退屈です。でも、なぜか手放せない。終盤。大家に会いに病室を訪ねるあたりから目がさめてくる。日本では人の何倍も仕事をしていただろうに、いまはニートみたいに働かない。一度として対岸に行こうとはせず、隠遁生活を続ける自分を自己分析する。そんな男が、ある日、心の中で化学反応をおこしていく。最後の景色がとくにいい。荷物を積んだ平底船、それを牽引する小型船が通り過ぎた後に感じる揺れ。静かさが退屈。劇的なものが、そこにはくるまれているのがわかるまでは。居場所探しであるとともに、豊かな出会いの小説であります。眠いうんちくも後々に効いてくるし。

彼方なる歌に耳を澄ませよ
彼方なる歌に耳を澄ませよ
【新潮社】
アリステア・マクラウド
定価 2,310円(税込)
2005/2
ISBN-4105900455
評価:A
 18世紀末の、スコットランドから遠い島へと渡ってきた一族の物語。寂れたアパートで暮らす、アルコール依存症の兄のために酒を買いに出かけるところから始まる。作者は抗夫などをしながら13年もかけて書き上げたそうだ。壮大な「思い出」の物語である。家族で苦境を支えあってきた、日々の切れ端のような光景が印象に残っていく。こんなシーンがある。幼い頃に亡くなった両親の写真を、「私」は妹と眺めている。妹は、二人だけを切り離して大きくするように写真屋に頼んだのだが、結局それは壁に飾らなかった。顔がぼやけしてしまったからだ。「みんなと写っているままでいい」そんな言葉のやりとりが、この物語そのものを表している。個々の不運や苦労を大きな流れの中でとらえようとする、作者の意志が感じられる。悲しく美しい歌詞がいくつも登場する。「私」が施設に訪れても孫だと気づかない祖母は故郷の歌を歌い、祖先の話を紡いで聞かせる。タイトルが胸にすとんと入ってくるのは読了後です。

比類なきジーヴス
比類なきジーヴス
【国書刊行会】
ウッドハウス
定価 2,100円(税込)
2005/2
ISBN-4336046751
評価:C
 知らなかったけど、作者は英国の国民的な作家で、ホームズものと並ぶ人気があるそうだ。連作ものだけど主要なキャストは限られている。あどけなさを残した若旦那バーディ、悪戯心を持ち合わせた聡明な執事ジーヴス。ふたりが名コンビぶりを発揮し、バーディに縁談話をもちかけては世話を焼くアガサ伯母たちなど、若旦那が愉快な人々に奔走されては、作家のフリをしたり、イカれた男になったり、逃げたりと毎度毎度大騒ぎを起す。昔テレビドラマで見たような。会話ごとに観客の笑い声が聴こえる、そんなの。ちょっと三谷幸喜っぽいかな。百年も前に書かれたものとは思えないくらい新味というか、喜劇の基本はたかだか百年では変わらないんだなと思った。翻訳も紋切りにならないよう台詞に工夫がされていて、ウイットに富んだトンチキな言やりとりがいい。翻訳者がこの作家の作品を広めたいと思っていることが伝わってくる。それが本書の一番の魅力かもしれない。