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浅井 博美

浅井 博美の<<書評>>



神様からひと言

神様からひと言
【光文社文庫】
荻原浩
定価 720円(税込)
2005/3
ISBN-4334738427

評価:A
 本書について何を書いても珍妙に聞こえてしまうのではないか、散々頭を悩ませた。「サラリーマンに元気をくれる小説」?「痛快なユーモア小説」?何かが違う。簡単な筋だけ説明するのなら、「リストラ寸前社員の吹き溜まりである、お客様相談室の駄目メンバーが各自の隠された能力を武器に、様々な難問を解決し成長していく」だ。こう書くとやはり陳腐極まりないのだが、そこらの暑苦しいサラリーマン漫画とは明らかに一線を画していることだけは声を大にして言いたい。誰も使命感なんて持っていない。下ネタ好きの競艇狂いに、敬語が話せないフィギアおたく。はたまた心的外傷のため失語症になった剣道部の巨漢など、彼らは独自の理論で生きているから会社の理屈に右ならえ出来ない。ただそれだけなのだ。まさに「鍋を出れば何の優劣もないおでんの具」にすぎない。軽妙な語り口で、第一級のユーモアと共に描かれているから、ただただおもしろくてぐんぐんページをめくってしまう。しかしそこには色々なものが潜んでいる。それらに気づいてしまったらもう駄目だ、降参です。わたしが「おでん屋」のくだりで泣いてしまったことは内緒にしておきたかったのだが…。

夜離れ

夜離れ
【新潮文庫】
乃南アサ
定価 460円(税込)
2005/4
ISBN-4101425396

評価:B
 乃南アサの描く物語も登場人物も意地悪極まりない。いくら男と海外旅行に行きたいからって旅行の日程と、死にかけの祖父の葬式の日程を被らないように操作したりするだろうか?(4℃の恋)自らの頭髪の美しさを際立たせる存在でしかなかった天然パーマの同僚が、美しく生まれ変わったことにより強い嫉妬に苛まれ、酷い行動をとったりするだろうか?(髪)親友の婚約者を好きになってしまった女。だからといって、その親友が何の苦労もなくいい男を捕まえ、何の苦労もなく深く愛されているからという理由だけで、凄まじい奇行に走ってしまうだろうか?(祝辞)
 本書を読み終えた今、女たちの行動を強く否定できない私がいる。乃南アサには圧倒的な説得力があるのだ。しかし、彼女の著書は心底意地が悪くて、不快感をもよおしてしまうこともたびたびだ。だからといって金輪際読みたくないと思ったことはない。あの、意地の悪さを体感したくてたまらなくなることが年に数回、必ず訪れる。

女たちよ!

女たちよ!
【新潮文庫】
伊丹十三
定価 500円(税込)
2005/3
ISBN-410116732X

評価:A
 子どもだった私に「ツムラの湯」を印象づけて去っていってしまった人…。はっきり言ってそれくらいの認識しか「伊丹十三」には抱いていなかった。先だって何かのインタビューで、宮本信子さんの伊丹十三氏へ未だ残る強い思いをひしひしと感じて胸が熱くなった。そりゃあそうだろう。こんなにいい男忘れられないよ。本書で初めて伊丹十三氏に触れたのだが、遅ればせながら私までもぞっこんだ。独自の哲学、美的感覚、ウィットに富んだ語り口…。たまりません。「女学生のセーラー服の胸元からピンクのスリップがのぞいている」状況に「これは不潔だ!」と激しく憤ったかと思うと、「勉強の出来ない」「純粋な」「球児」が行う高校野球に「満身総毛立だって」その上「私の知っている勉強の出来ない奴は概してずるい奴だった。何が純真な高校野球だ。」と斬り捨てる。もちろん本書が公明正大なんてものの対極にあることは認める。しかしそれがなんだって言うのだろう。こんなにおもしろくてキュートなエッセイにはなかなかお目にかかれない。全編の半分以上を占める食べ物のくだりがまた圧巻。理にかなってはいるが、ものすごく粘着質。しかしこれこそが真の食いしん坊の姿なのだ。

オール・アバウト・セックス

オール・アバウト・セックス
【文春文庫】
鹿島茂
定価 590円(税込)
2005/3
ISBN-4167590042

評価:A
 サルがマスターベーションするのはそこそこ有名な話だが、どうやら売春までするらしいのだ。それだけで驚いてはいけない。オス同士で肛門性交もするし、なんとフェラチオまでしてしまうという。こうした生殖行為を離れた性行為はサルが「オルガズム」を得たときに始めて生まれた。この様な「オルガズムを得たサル」と「人間」はどこが最も違うのか…。この続きはぜひエロス本の書評という突拍子もないことをやってしまった本書を読んで確かめていただきたいが、サルには為し得ない人間の大きな特権は「活字に欲情」することではないだろうか。ある時知人から官能小説の「堪忍」という文字を見ると、得も言われぬたかぶりを覚えるという性癖がある友人の話を聞いたときは笑いに笑った。しかし本書を読めばそんな人はまだまだかわいい部類であると思い知らされる。「リビドー」とは本当に人間の動かす活力になっているのだ、としみじみ感じてしまう。常に生身の人間で欲望を処理できない人々が、そのあふれるエネルギーを費やして素晴らしい書物を造り上げたのだ(!?)欲求不満バンザイ!!それにしても「日本男子オナリンピック」にはやられた。ぜひ読んで爆笑してください。

チリ交列伝

チリ交列伝
【ちくま文庫】
伊藤昭久
定価 735円(税込)
2005/3
ISBN-4480420754

評価:B
 わたしは「チリ交」という略語さえ知らなかった。そういえばそんなおじさんがいたよな、という記憶はある。でも彼らの人生なんて考えたこともなかった。「チリ紙交換」を生業にしている人達のことなんて。
 住居も保証人も経験も学歴も何にもいらない。身体一つで誰でも始められる。多いとは言えないかもしれないがその様な職業はいくらかは存在する。しかし「チリ交」には独特の魅力があるのだ。一人だけで仕事が出来る、場所も時間もある程度は自由、そしてなにより「書物を扱っている」ということ。それらを通じて古本屋の店主とのつきあいも出来る。小難しい顔をした翁だけが古本に関わっているわけではない。「飲む・打つ・買う」が何より好きでも、腕さえ良ければ信頼や尊敬を集めることが出来る愛すべき「チリ交」のおじさんたちが深く関わっていたのだ。今ななき彼らや、著者の古本屋としての生き方を読んでいると、古本は生き物であり、ロマンなのだな、などと考えてしまう。こんなことは大型新古書店や六本木ヒルズに籠城している長者たちには分からないのだろうな…。なんだかわたしが一番小難しい翁のようになってしまった。


カジノを罠にかけろ

カジノを罠にかけろ
【文春文庫】
ジェイムズ・スウェイン
定価 810円(税込)
2005/3
ISBN-4167661942

評価:B
 殺人も起こらないし、核となる女性たちもそれぞれに魅力的な美人揃いで、極悪犯罪者であるはずの男たちにもどこか滑稽さが漂う。物語の筋が深刻な方に行きそうになっても必ずストップがかけられエンターテイメント小説として道筋は絶対に外れない。主に「ブラックジャック」を扱った、イカサマ師たちと元刑事で現イカサマ対策コンサルタントであるヴァレンタインとの攻防戦や、著者はカードゲームの第一人者ということもありカードを使ったイカサマについての描写も興味深いとは言えるのだが、わたしは「ラスベガス」の「カジノ」という独特の空気感を全編から吸い込むことに一番わくわくぞくぞくした。世界中から人々が集まって来るラスベガスのカジノだが、実はとても小さな世界でしかない。文字通り「飲む・打つ・買う」だけのために生きている、極めていい加減な男たちと、それらの男を利用してはい上がってやろうともくろむが、そううまくは行かないということに気づかない女たち。まさに独特の小宇宙。しかしなぜか誰一人憎めない。どうしようもない奴ら、とはわかっているのに、彼らの世界を読み終えてしまうことを寂しく感じてしまったのが不思議でたまらない。

天使の背徳

天使の背徳
【講談社文庫】
アンドリュー・テイラー
定価 1,000円(税込)
2005/1
ISBN-4062749750

評価:C
 ロンドン郊外に暮らす妻に先立たれた牧師と寄宿学校に通う美しい娘。夫の事業を継ぎ、出版社を経営する魅惑的な未亡人。奇人と称され血塗られた歴史を持つ今は亡き20世紀初頭の詩人。詩人の秘密を握っているらしい末裔である老婦人。その詩人の生家であり、彼が飛び降自殺を図った家としても曰く付きの豪邸に越してきた、秘密のにおいが立ちこめる二人の年若い兄妹。そして起こる2つの悲劇。
 なかなかわくわくさせられるシチュエーションだ。物語の終盤まで夢中でページをめくった。個人的には主人公の牧師デイヴィッドの独白をおもしろく読んだ。「最後に愛を交わしてから、何週間たったろうか。」という記述が繰り返し繰り返し現れる。性的衝動を必死で押さえて自問自答している様が、重々しい背景に比べると滑稽にも映る。しかし彼の性衝動描写が重苦しい中の息抜きにもなり、ある意味物語の核も握っている。しかし結末は、あっけなく、今までの伏線が素晴らしい相乗効果をあげているとは言い難い。3部作の2作目と言うこともあるのだろうが、著者に闇に向かって放り投げられた様な気分になった。

レッド・ライト(上下)

レッド・ライト(上下)
【講談社文庫】
T・J・パーカー
定価 各650円(税込)
2005/2
ISBN-4062750007
ISBN-4062750015

評価:A
 こんなに気の合いそうな刑事に出会ったのは初めてかもしれない。マーシ・レイボーン36歳。冷静沈着で堅物、不美人ではないが、愛想はない。「わたしの男」と称するのは同じ刑事の同僚の恋人マイクではなく、彼女の父と、死んだ恋人との間に生まれた息子。息子の父の死がトラウマになっているらしく、恋人にも心を開けないでいる。そんな時に起こった19歳のコールガール殺人事件。なんと容疑者に挙がったのが恋人のマイクだった。どう見てもマイクに執着していたとは思えないマーシの心が乱れていくのが、傍目から見ているとかわいらしい。マイクに思いを寄せていたらしい美しい娼婦に自分でも気づかないうちに嫉妬し、彼女の所有していた「細身の赤いレザーのドレス」を思わず試着してしまうくだりが最高だ。その結果「ちっとも魅力的に見えない。ー細身のドレスに泣きたい思いで身体を押し込んだ大女。」と自嘲する。完全無欠の鉄の女にしか見えないマーシの人間らしさがちらっちらっと見え隠れするのが何とも良い。「出会ってすぐ好感を抱くというわけにはいかないが、一度好きになると熱烈なファンになってしまう(解説より)」とは何とも言い得て妙である。