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山田 絵理

山田 絵理の<<書評>>



ラッシュライフ

ラッシュライフ
【新潮文庫】
伊坂幸太郎
定価 660円(税込)
2005/5
ISBN-4101250227

評価:B
 「明るい希望が持てず、先が見えない重苦しさが覆う」、本作品を読んでいてそう感じた。5つの物語が仙台を舞台に、それぞれ勝手に展開してゆく。最初の頃はいったいどうつながってゆくのか見当もつかなかった。
 挫折とは無縁で金が全ての画商と新進の女性画家、空き巣を生業とする男、父親が自殺した青年は神様を探している。失業しゆくあてもない中年男性。不倫相手と結婚するために、自らの夫と相手の妻を殺そうとたくらむ女性精神科医。さらに、街頭に立ちスケッチブックに好きな日本語を書いてもらっている白人女性に、バラバラの死体。穏やかではない話だ。就寝前に本書を開いたものの、すぐに閉じてしまったこともあった。
 だが後半になると一転して、てんでんばらばらの物語がつながりはじめ、最後には鮮やかな一枚の絵になる。まるでパズル。計算しつくされた、緻密な文章構成には舌をまいた。巧妙に登場人物たちを動かし、最後にかすかな希望の光を照らす作家伊坂幸太郎が、まるで神様のような気がしてくる。


さいはての二人

さいはての二人
【角川文庫】
鷺沢萠
定価 420円(税込)
2005/4
ISBN-4041853109

評価:A
 3つの作品はどれも素敵なのだけれど、表題作の『さいはての二人』が一番好きだ。26歳の美亜は日本人とアメリカ人のハーフ。家庭を知らず、「お腹に穴が開いているような寂しさを持て余して」いた美亜は、仕事場である飲み屋で朴さんに出会った。「この男(ひと)と私は、似てるんだ……」と、自分の片割れに出会ったかのような、懐かしさに似た気持ちを彼に抱く。題が表すとおり、どこに行くともない二人の時間がせつなく描かれる。
 20代の主人公達は、孤独に慣れたそぶりをみせつつ、心の中では言いようも無い不安を抱えて生きていこうとする。例えば『遮断機』のように、失われた家族との暖かい時間を追い求めたり、『約束』のように田舎で一生を終える自分じゃないと強がってみたり。決まった未来も無く不安定な主人公達に、作者は大丈夫だからと語りかけてくる。人と人とのつながりがあれば、つまり自分を受け入れてくれる存在さえあれば強くなれるのよ、と。3つの短編を通じて送られる作者のメッセージはなんて暖かいんだろう。


虹


【幻冬舎文庫】
吉本ばなな
定価 560円(税込)
2005/4
ISBN-4344406524

評価:AA
 吉本ばななを好きな若い女の人は多いと思うけれど、私も例外ではない。10代の頃、何度も読んでは文章に酔いしれ、本文を覚えてしまうほどだった。きらきらとしたみずみずしい文章と胸をしめつけられるようなせつないストーリーに、いつも心奪われたのだった。久々に彼女の作品を読んだら、さすがに今の私にその甘酸っぱい文章はくすぐったく感じられたのだけれど。
 東京から逃げるようにタヒチへと来た私は、母が死んでから起きた出来事をゆっくりと思い返していた。タヒチアンレストランでのフロアの仕事は天職だと思えたこと。生まれ育った田舎でのつつましいくらし。突然の母の死で精神が不安定になり、フロアの仕事を休んで、店のオーナーの自宅で家政婦になったこと。そしてオーナーの私生活を目にすることで知ってしまった彼の喜びと悲しみ。
 「死と喪失感、そして癒し」のモチーフは本書でも健在だ。くすぐったく感じた文章も次第に心地よくなるほどのめりこみ、最後のドラマチックな展開には泣けてしまった。やっぱり今でも、彼女の作品が好きなんだなあ、と再認識した一冊だった。


俺はどしゃぶり

俺はどしゃぶり
【光文社文庫】
須藤靖貴
定価 660円(税込)
2005/4
ISBN-433473863X

評価:A
 汗臭くて男臭い青春ストーリーなのに、めちゃくちゃ爽快感を感じた。びっくりだ。 母校に赴任した国語教師の吾郎は、「母校の後輩たちにこの素晴らしいスポーツを通じて青春を謳歌させてやりたい」とアメフト同好会を創設した。メンバーとして集まってきたのは、体格のいい?否、かなり太っているやつからがり勉タイプまで実にユニーク。吾郎と彼らが有り余るエネルギーを燃やしてアメフトに打ち込むという、正統派青春物語が繰り広げられる。
 吾郎のキャラがいい。純粋で不器用!アメフトばか。愛読書は『坊っちゃん』で良くも悪くもまっすぐな性格!女性の気持ちにとんとうとい。たとえモテてていたとしても本人が気づかないというタイプだ(推測)。
 合い間にはさまれる吾郎のほろ苦い恋の話が、よき清涼剤となっている。吾郎の不器用さに、読んでいる側はほろりとしてしまうのだ。
 スポーツ音痴の私にはアメフトの場面がよくわからなかったけれど、それでも十分楽しく読めてしまった。

珍妃の井戸

珍妃の井戸
【講談社文庫】
浅田次郎
定価 660円(税込)
2005/4
ISBN-4062750414

評価:AA
 清朝末期、義和団事件の制圧という名目で八カ国連合軍が北京を占拠したその時、皇帝の愛妃が紫禁城の片隅で、井戸に投げ込まれて殺された。日英独露の高官達は真相の解明に乗り出す。
 有名な「珍妃の井戸」にまつわる物語は、北京の好きな私にとって、読んでいて本当に面白かった。歴史上の人物である光緒帝と珍妃は、豊かな感情を持つ一組みの恋人として生き生きと描かれる。幸せだった二人はやがて歴史に翻弄され、離れ離れに。最後まで凛と生きようとした珍妃の独白は涙なくしては読めなかった。
 最後に、「皇帝すなわち天」という中華文明の世界観を体現する光緒帝に、列強の高官たちが対面する場面が出てくる。このような中華対西洋列強諸国という構図が、あの時代にいくつもあって多くの悲劇を生み出したに違いない。
 本書にも出てくる、故宮の北側に位置する景山(公園)は故宮を一望でき、私が北京で最も好きな場所だ。次に訪れた際には、きっと珍妃に思いを馳せてしまうでしょう。


安政五年の大脱走

安政五年の大脱走
【幻冬舎】
五十嵐貴久
定価 720円(税込)
2005/4
ISBN-4344406362

評価:C
 大老井伊直弼は若かりし頃、美しい姫に一目ぼれをしたが、身分が低いゆえに成就しなかった苦い思い出があった。時は流れ、その娘の美雪に偶然出会い、かつての思いに火がつく。彼女を得るために、彼女と51人の南津和野藩士を、断崖絶壁が囲む山頂へ強引に幽閉した。藩士達の命と引き換えに、美雪に側室入りを迫る。
 この本を、細切れに時間を見つけて読むことはお勧めしない。特に脱出するべく土に穴を掘り始める場面は、一気に読むべし。南津和野藩士たちが身分の上下関係無く知恵を出し合う場面や、プライドをかけて脱出用の穴を掘り進める場面を、私はちまちま読んだため、現実世界と南津和野藩士達の熱い男の世界とで頭を切り替えるのに、思いのほか時間がかかったからだ。
 残念だったのは、最後のクライマックス。あんまりあっさりしていて拍子抜けしてしまった。めでたしめでたしのおとぎ話といった印象が否めないのだ。アイディアはおもしろいから、描きようによってはすごく面白いラストになったと思うのに。


二度失われた娘

二度失われた娘
【文春文庫】
J・フィールディング
定価 870円(税込)
2005/4
ISBN-4167661950

評価:C
 「よき妻・よき母」という言葉がある。結婚や出産を機に、女性は無意識にその役割を演じようとするのではないかしら。時には、自分の気持ちがその役割についていけないと感じながら。その葛藤を描いたのが本書だと、私は思った。
 シンディーには二人の娘がいるが、離婚後、長女のジュリアは父親について出て行ってしまった。娘は母親といるべきものと思っていたシンディーは深い喪失感に苦しむ。数年後父親が再婚、再びジュリアは母親と暮らすようになるが二人の仲はうまくいかない。ある日突然、ジュリアは家を出たまま行方がしれなくなった。シンディーは再び娘を失ってはならないと、ヒステリックなまでに娘を探す。
 空白期間を埋めるべくジュリアに固執し「よき母」になろうとしていたシンディーが、自分勝手なジュリアの行動にひどく苦しむ部分は読んでいてつらかった。最後、彼女が現実を受け入れ役割を捨て、静かに力強く「子離れ」を果たす部分には、拍手を送りたくなってしまった。


旅の終わりの音楽(上下)

旅の終わりの音楽(上下)
【新潮文庫】
エリック・F・ハンセン
定価 各700円(税込)
2005/5
ISBN-4102155317
ISBN-4102155325

評価:C
 悲劇のタイタニック号で、沈没間際まで演奏を続けていたという楽士たちの物語である。といってもストーリーの中心は、彼らがどのような人生を経て船上のバンドマンになり、タイタニックに乗り合わせることになったか、だ。
 彼らの人生はみな波乱万丈だ。幼い頃は将来が輝きに満ちていたのに、両親の死や英才教育による過度のプレッシャー、失恋、裏切りなどによって、人生の転機が始まる。まるで坂を転がるかのように。
 とくに年の一番若い18歳のダヴィッドの恋物語が心に残る。黒井千次著『春の道標』を思い出した。少年少女のみずみずしい恋は、彼女が年上の男性に心を移したことで終わりを告げる。ダヴィッドは失望し、家族を捨ててバイオリンを持って外国に渡った。若さゆえに世界は自分の思いのままだと信じていた少年が、失恋によって叶えられないものがあることを知り、一歩大人になってゆく。失恋したことで外国へ逃げ出す彼はかっこよすぎるし、しかもタイタニック号で最後を迎えるなんてドラマチックすぎないだろうか。