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いつかパラソルの下で
【角川書店】
森絵都
定価 1,470円(税込)
2005/4
ISBN-4048735896 |
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評価:A
厳格で恐ろしい父親のもとに育った三人の兄弟が、父親の死後になって、ようやく自立していく様を描いた作品だ。
しつけの厳しい父親は、思春期の子供達の楽しみという楽しみを全て奪って、首に縄でもつけて引き回すような行き過ぎた教育を行っていた。そんな父親に嫌気を感じていた一番上の兄は、二十歳を機に実家から脱走。二番目の姉も、フリーター生活をしながら同棲相手の部屋に上がりこむという手口を繰り返すことで自宅から逃走。そういう上の二人の抵抗を見て、最初から無駄なあがきはせずに父親の言うことを唯一人守って自宅にくらしたのは、妹一人だけ。ばらばらに暮らしていた兄弟3人だが、突然の父親の事故死の後、不倫関係の女性が現れたりと、厳格だったはずの父親の、全く知らなかった面が次々と現れると、自分達から父親の影を払拭する為の「清算」の行動が彼らには必要になってしまった。これまで父親の影響を受けすぎていて、極端から極端へと走っていた兄弟三人だったが、力をあわせて本当の自立へと向かうのだ。
物語自体は真ん中の長女・野々を中心に描かれる。野々自身の気楽な性格もあって、とても軽い調子で進んでいく。父親の少年期のルーツを追いながら、少しずつ自立へと向かう姿は、なんだか微笑ましい。軽いタッチで描かれているのが、余計に面白さを引き立てている。物語の根本には、作者の読者を楽しませようというサービス心が感じられる、
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風味絶佳
【文藝春秋】
山田詠美
定価 1,290円(税込)
2005/5
ISBN-4163239308 |
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評価:B
肉体労働に従事する男達との恋愛を描いた短編集。“肉体労働”という言葉から受ける、ひと括りのいかついイメージは良い意味で裏切られて、それぞれの男女の固有の恋愛模様が、短い物語の中に鮮やかに掬い取られている。この短編集は、決して幸せいっぱいのストーリーというわけではないけれど、登場人物たちの人生がリアルに、切実に描かれているから、読んでいるほうも決して他人事な気分では読んでいられない。現実の凄みがある。
読者にとって恋愛小説の楽しみとは、本の中で擬似恋愛をすることにあるのだろうが、「風味絶佳」の中では、自分もいつかきっと感じたことがあるような、ほろ苦い想いを疑似体験できる。それは楽しいものでも心地良いものではないのだけれど、私たちの等身大の日常生活であり、まぎれもなく恋愛そのものなのだと思った。
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シーセッド・ヒーセッド
【実業之日本社】
柴田よしき
定価 1,785円(税込)
2005/4
ISBN-4408534714
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評価:B
ハードボイルドの面白さがいっぱいにつまった一冊だった。花吹慎一郎を主人公としたシリーズ物で、私自身は初めて読むのだが、人情に厚くて男くさい探偵ハナちゃんが、一生懸命事件を追う姿はとても素敵だった。カリスマ歌手に沸き起こるストーカー騒動にホモ疑惑と、話題と事件には事欠かない一冊で、流れるような展開に、読むスピードもどんどん速くなった。主人公は、ハードボイルドを体全体で表現するような探偵でありながら、保育園の園長も兼任するという設定も可笑しい。子育てに熱く、事件の解決にも熱く、本の帯も熱い文句でいっぱいだった。ハナちゃんのような友人がいたら面白そうだなと、読む方にも色々と夢が膨らんでくる一冊だった。
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私という運命について
【角川書店】
白石一文
定価 1,680円(税込)
2005/4
ISBN-4048736078 |
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評価:A
亜紀は俗に言うキャリアウーマンだ。仕事が出来て自立していて、おまけに容姿も整っている。だだ、彼女はあまり幸せそうではない。怜悧な雰囲気があって、自分の人生まで、仕事を片付けるような冷静さで持って挑んでいるようなところがあるからだ。かつては自分にプロポーズをした昔の恋人の康が、会社の後輩と結婚することになっても亜紀は淡々としていた。だが、そんな亜紀も、康の母が、亜紀と康の結婚を強く希望していたことを知って、にわかに動揺し始める。康のプロポーズを、亜紀は確かに自分の意志で断ったつもりだったが、果たしてそれはどこまで揺るぎない意思だったのだろうかと。自分の意志をはるかに凌駕してしまう大きな力として、「運命」というものを意識し始めた彼女は、初めて自分の決断に不安を持ち始める。いくら自立していても、これは女性の抱えた宿命的な悩みなのだろうか。結婚や出産といった選択を、冷静に判断できる女性はいないのかもしれない。亜紀ほどの女性でも、長い時間に渡って苦悩しているのだ。
亜紀の人生の変遷を追いながら、私も自分の人生を振り返ってみると、確かに、人生は完全に支配下における程簡単なものではないと実感できる。運命という化け物に翻弄されながらも、自分らしく生きようとする亜紀の姿に、共鳴した。
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ぼくが愛したゴウスト
【中央公論新社】
打海文三
定価 1,470円(税込)
2005/4
ISBN-4120036324 |
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評価:C
突飛な展開で、深刻な場面でも笑ってしまうような可笑しさのある一冊だった。主人公は十一歳の少年・翔太。控えめで大人しい彼が、勇気をふりしぼって一人で電車に乗り、歌手のコンサートを見に行くところから物語は始まる。帰りの中野駅ホームで、翔太のすぐ近くで人身事故があり、それをきっかけにして翔太は不思議な世界へと迷い込んでしまう。一見今までいた世界と全く同じように見えるその不思議な世界は、人間にはしっぽがはえており、そして彼らは心を持たない。更に人には硫黄のような体臭まであるのだ。翔太は自分にしっぽがないことと、硫黄の体臭を我慢してさえいれば、その不思議な世界での生活を送るのは不可能ではないのだが、そうするにはあまりにもショックが大きすぎた。彼は思い切って自分にしっぽがないこと、そして違う世界から迷い込んでしまったことを家族へ告げてしまう。
物語の設定は、100%理解できるような論理的なものではなかったけれど、物語の展開が、そういう細かいところを気にさせなくする。電車の中でこの本を読んでいて、ふと本から目を上げて車内を見渡すと、実は他の乗客にはしっぽが生えているのではないかと思ってしまうほど、引き込まれてしまった。
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家、家にあらず
【集英社】
松井今朝子
定価 1,995円(税込)
2005/4
ISBN-4087747522 |
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評価:B+
時代小説でありながら、ミステリー要素がふんだんに盛り込まれた、純粋に楽しめる一冊だった。エンターテイメントとして、とてもお勧めだ。
物語は江戸の町奉行の同心の娘・瑞江が、大名屋敷の奥女中として奉公に出るところから始まる。その奥御殿の権力者であり、瑞江の母の遠縁でもある浦尾が、瑞江の父を説得して奉公に出させたもので、本人も嫌で嫌で仕方がないのだが、その独特の環境で彼女は賢明に働いてみせるのだ。そして次々と事件が起こり、瑞江も持ち前の好奇心の強さからどんどん事件に深入りしていくのだが、ミステリーとしての物語の展開の他にも、独特の価値観を持った時代背景や、奥御殿のドロドロとした女同士の戦い、また、事件に巻き込まれていく女形の人気役者の登場など、見所が満載で全く飽きさせない。私は特に、女形役者の台詞まわしが、リズムがよくてとても好きになった。魅力的な登場人物と物語の舞台の特異性が、面白さをどんどん引き出している。映画やドラマといった、映像でも見てみたい一冊だ。
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むこうだんばら亭
【新潮社】
乙川優三郎
定価 1,575円(税込)
2005/3
ISBN-4104393029 |
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評価:B
舞台は江戸時代の銚子。漁港として名高いこの町も、行き場をなくして他の土地から流れ着いてきた者にとっては、海を背にした最後の土地に見えてくる。主人公孝助も、そうやって流れ着いた者だ。彼はここで小料理屋を営みながら、裏の顔として口入屋をしている。色々な女が、切羽詰った理由から彼の店にやってくる。口入をしてやった後、女達にどんな絶望が待っているか、孝助は分かっていて、それでも口入屋を続けるのだ。孝助は、悪意で口入屋をしているのではない。人生のどん底を味わってきた孝助は、他人にも、過去の自分と同じ様な、辛酸をなめる人生を送って欲しくないと思っているし、できれば助けてやりたいとも思っている。それでも口入屋としてでなければ彼女達を救えない残酷な貧困が、現実としてあるのだ。貧しさの前で無力な人間達の悲哀が、読む者の心にどっしりとのしかかってくる。
孝助によって助けられた者、より不幸になった者、様々な人間模様を前に、私は混乱してしまった。人の幸・不幸は何によって分けられるのだろうかと。何かの落ち度で不幸になったわけではない彼らの人生を見ていると、運命に翻弄される人間の悲しさがこみ上げてくる。絶望を希望に変えるような強い気持ちで読まなければいけない一冊だ。
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ベジタブルハイツ物語
【光文社】
藤野千夜
定価 1,575円(税込)
2005/4
ISBN-4334924557 |
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評価:B+
アパート大家の一人娘さやかが、物心ついて間もない幼い頃、アパートの部屋に野菜の名前を付けて呼ぶことを思いついた。1-Aはアボガド、1-Bはブロッコリー、1-Cはキャロット…というように。父親はその可愛らしい思いつきに夢中になり、名づけ親のさやかは両親の注目を一身に受け、親子は幸せな一時期を過ごす。
だが、さやかが高校生ともなると、様子は変わってくる。冷めた目で周囲を見る娘に、ご機嫌を伺う父親。かつての団欒の気配は微塵もない。この微妙なずれは他の登場人物にも同様だ。整った顔立ちの利点をいまいち享受できていない予備校生の兄に、何か決定的に幸せの要素が欠落しているアパート住人達。ドラマの主人公になるには人生のどこかで歯車が決定的に違ってしまった彼らの日常生活は寂しいくらいに現実的で、どこか物悲しい。洒脱で軽快な文章が、その物悲しさを打ち消しているけれど、彼らの不幸せさには現代的な病が巣くっているようで、症状としては全く重症ではないものの、治せるか分からない複雑な状況だ。だけど、あくまで物語はあっけらかんと軽快に進む。この乖離がとてもリアリティを感じさせてくれるところで、また面白いところだった。私たちのすぐ隣りにある悲劇的・喜劇的な日常生活を、楽しく描いた力作だ。人生を笑い飛ばす勇気がもらえる一冊だろう。
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