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林 あゆ美

林 あゆ美の<<書評>>



雷電本紀

雷電本紀
【小学館文庫】
飯嶋和一
定価 730円(税込)
2005/7
ISBN-4094033130

評価:AA+
 江戸時代に実在した相撲人、雷電の生涯を描いた歴史小説。この時代、生活が楽でない庶民を凶作がおそい、飢餓にみまわれる。政治も助けてくれない。先行きに明るいものがない時、雷電があらわれた。圧倒的な強さで、並みいる力士たちをなぎたおし、23歳で土俵にあがって45歳で引退するまでの負けは、わずか10敗という驚異的な記録を残している。人々はその強さに惹かれ、投げ飛ばす相手に自分の鬱屈を投影していた。
 力士は大きい。私も実際に相撲部屋の朝稽古を直接見たことがあり、目の当たりにした力士たちの大きさには圧倒された。江戸時代の力士たちは、その大きな体がもつ金剛力で赤子を抱き上げ厄災祓いもしたという。大きくて強く、そして心根も優しい雷電も請われるがままに、数多くの赤子を抱き上げる。相撲そのものにも、周囲の人情話にも心を打たれたが、私はなぜか赤子を抱き上げるくだりがもっとも胸にきた。自分がすることでもたらす福について、きちんと知り、土俵以外でもまた期待される仕事をこなす雷電の懐深さに感動したのだ。この小説は隅々まで市井の人が動き、生きている。人の情があり、業が厚く描かれる。深くて切ない最後には、ただただ涙が出てしかたなかった。


がんばっていきまっしょい

がんばっていきまっしょい
【幻冬社文庫】
敷村良子
定価 520円(税込)
2005/6
ISBN-4344406605

評価:C
 女子ボート部つくりたいんです! ないなら作ればええやんかと、男子ボート部はあっても女子のがない高校で、悦子は決意する。
 簡単なことではないんです、ないからつくるというのは。それでも、そうすることで、強い強いカタルシスを得られることも事実です。まぁ、悦子はそんなつもりでボート部をつくろうとしたのではないのでしょうが。数十年前に現役中学生だった私にも、市内で唯一陸上部がないところに転校するはめになり、「なかったらつくれ!」と以前いた中学の陸上部顧問から言われた経験があり、「んなことできませんよ」と気力も体力も燃えず、それ以降走ることすらやめてしまったのでした。さて、悦子は自らたちあげたボート部で何を得るのか――。続編の「イージー・オール」も続けて読むと、最後のおとしどころはストンと落ちるものが。さてさて、落ちたものは何だったのか。あの時、私も陸上部をつくっていたら自分の人生すこし変わったかな、などと少しセンチになりました。

図書室の海

図書室の海
【新潮文庫】
恩田陸
定価 500円(税込)
2005/7
ISBN-4101234167

評価:B
 「あれ、この話あれとつながっている」という、わずかなリンクを発見するのは、ちょっとした醍醐味。とりあえず私にとっては。
 本書は10作入っている短編集で、読んでいくと、あの作品の後日談だ、この作品は予告編だとひとり悦に入ることができるおいしい文庫本。すこし設定に強引さを感じるものもあったけれど、それはそれ。最後には10通りの物語を楽しんだ満足感がきちんと残る。
 私は『六番目の小夜子』が、恩田作品との出会いだったので、表題作の「図書室の海」が中でもよかった。高校の中に代々語り継がれるサヨコの番外編。『六番目の小夜子』に流れるねっとりした空気より少し軽めに物語が進行する。恩田作品は、『夜のピクニック』のようにまっすぐストレートでわかりやすい物語もいいし、ひねりをいれたり、ファンタジックな要素をもりこんだ物語も雰囲気があっておもしろい。それぞれ短編の性格が違うので、作品アラカルト集としても読める楽しさがある。

楽園のつくりかた

楽園のつくりかた
【角川書店】
笹生陽子
定価 420円(税込)
2005/6
ISBN-4043790015

評価:A+
 笹生陽子は今とても旬な作家だと思う。文庫本の解説で北上次郎氏が、森絵都ふくめ、講談社児童文学新人賞を通過した作家たちが、児童文学のジャンルから書く幅を広げ、文字通り子どもから大人までの読者を獲得している様を記しているが、同感共感しきり。児童書というかヤングアダルト分野なんだと思う。記憶の薄い小さい頃ではなく、まだその時の名残を覚えている大人たちは、当時、言葉にできなかった気持ちをすくいとり物語として差し出してくれる魅力にはまるのだろうか。
 笹生陽子の物語はセンチにもノスタルジーにもひたっていない距離感がいい。この物語では、エリート中学生の少年、優が突然に「ど」のつくほどの田舎に引っ越すところからはじまる。子どもは田舎でのびのびと、なんていう頭で描いた大人の幻想など描かれるはずもなく、キライな田舎で少年がどうサバイバルしていくか。そしてラストで児童書ならではのカタルシスを得る。うーん、たまりません。

エミリー

エミリー
【集英社文庫】
嶽本野ばら
定価 440円(税込)
2005/5
ISBN-4087478181

評価:B
 物語には、なんと様々に表現があるのだろう。同じことを描いていても、語り口でがらりと様子が違う。『エミリー』は丁寧かつたたみかけるような語りで、“野ばら流儀”3つの愛を語る。
 美の価値観をきちんともった主人公らは、それらを何度も言葉にし、読み手に美しいものを伝えてくれる。「レディメイド」では難解な愛の告白を、絵画を媒体にしながら語り、「コルセット」では、死にたくて死にたくてたまらない「僕」が、好きな服飾を媒体にして出会う彼女との物語があり、「エミリー」では何処にも居場所を見つけることができなかった少女が、「レディメイド」同様、好きな服飾をきっかけに始まる純愛が描かれる。その濃密さにどっぷりひたると、読み終わってからずいぶん力をこめて本をにぎっていたことに気づいた。ふぅっとおおきなため息が出る。美しいもので愛を語るのはハードボイルドだ。著者は、「男性より女性のほうが、ハードボイルドな精神をもっている」とインタビューで答えているが、たしかに『エミリー』もその精神が流れていた。

バカラ

バカラ
【文春文庫】
服部真澄
定価 800円(税込)
2005/6
ISBN-4167701014

評価:A
 そこそこの年収をもつ週刊誌記者が、配偶者と久しぶりに外で食事をとる。「そろそろ落ち着きたい」と妻は夫に言い、夫はなんとかその気をそらせた。お互いに高収入をもつのだから考えても不思議ではない住居の購入にふみこめないのは、夫がバカラ賭博で借金漬けだからだ……。
 合法にせよ違法にせよ、賭博に、はまると底なしになる可能性は常にあるのだろう。それでも、その蜜を吸ってしまうのは、それだけ甘い味がするからなのか。負けて消えていくお金の額を見ていると、あまりにも自分の生活次元とかけ離れていて、どこの世界の話やらと思うのだが、確かに日本が舞台。そこに描かれたバカラ世界は、読んでいるだけでも魅力的でエンターテインメント性がある。そして、物語の魅力を深めているのが、お金を欲している男性ばかりでなく、仕事の成功を目指している女性たちだ。彼女たちもまた強い存在感があり印象を残す。大きなお金を動かし、社会を書いている記者たちとは別に、自分の欲望を満たすためのライターや秘書の女性たち――彼女らの物語もいつか読んでみたい。


ドキュメント 戦争広告代理店

ドキュメント 戦争広告代理店
【講談社文庫】
高木徹
定価 650円(税込)
2005/6
ISBN-4062750961

評価:A
 PR企業――日本でイメージするPRといえば、広告するアピールするなど宣伝という側面が大きく思えるが、このドキュメントで書かれているのはそれとは少し違う。情報戦略をたて、顧客の求めるものに応えていく企業であるのは宣伝のイメージと同じなのだが、求めるものの大きさがすごいのだ。ボスニア紛争の当事者の片方がPR企業ルーダー・フィン社のお客様、要望はこの紛争において、自国ボスニア支持をアメリカの世論から取り付けること。
 人の気持ちはお金では買えない、と思うが、その気持ちを方向付けることはできるのかと驚いた。マーケティングなどもその一種だが、戦争という大物に対してすらも、選ぶ言葉を使い、考えられた場所でアピールしていくことで、世論が変化していく様がドキュメントで描かれるのは非常にスリリングでおもしろかった。その情報操作には、メディアに対する手厚い心遣いも含まれている。なるほど、こういうきめ細やかさがプロなのだろう。「本」も、こういうプロPR企業の存在があると、ベストセラーとまでいかなくても、ばんばん売れる本をつくれるのだろうかと、少し(?)規模の小さいことまで考えてしまった。

ホステ−ジ

ホステ−ジ (上下)
【講談社文庫】
ロバ−ト・クレイ
定価 各700円(税込)
2005/5
ISBN-4062751178
ISBN-4062751186

評価:BB
 世の中にはいろいろな職業があるもので、自分ひとりの人生では計り知れない仕事をのぞけるのも本の世界ならでは。『ホステージ』での主役は、元ロス市警危機交渉係の仕事を6年間すごした。なんともストレスのたまりそうな仕事の響き。プロローグでかつての仕事現場が再現されその重みを想像してページを繰っていると、もうすっかりストーリーの展開に目が離せなくなり、上下巻、一気読みだった。
 どっちを向いても敵がいる状態なんて、胃がよじれそう。それなのに、大人ばかりでなく、少年までもが危ない橋をわたりだすので、もっと早く読め!自分!と叱咤激励して続きを知りたくて、終わりまできた時、あぁ全部わかったと安堵した。物語の展開をこれほど早く知りたいと思って読み進んだ本は久しぶり。いやな事や日常から目を離したい時にはおすすめの1冊! ページターナーの腕をじっくり堪能できます。

カインの檻

カインの檻
【文春文庫】
ハーブ・チャップマン
定価 1,200円(税込)
2005/4
ISBN-4167705060

評価:C
 残忍な連続殺人を犯した男が逮捕された。それから8年、事件で同僚でもあった友人を殺されたキーナンが、その殺人鬼にプロファイリングのため面接を行う。
 想像に耐えない事件が起こった時、人はなぜ、同じ人間同士にそんなことができるのか、理由を知りたく思う。どうしてという問いに、こうなんだよという納得できる答えらしきものをを聞けたらなら、次にその答えが未来の家族があてはまらないかも確認する。いったい人はどうして悪魔のような行為ができるのか。
 殺人鬼の過去と、被害者家族の苦しみ、プロファイラー、キーナンの子ども時代が、事件の進行とともに挿入され、事件の「なぜ?」に対するおぼろげな回答の輪郭をみせてくれる。現在と過去をゆきつもどりつしながら長くて重い物語が終わり、不幸の連鎖に気持ちが沈む。そんな中、人間くさい牧師は物語に深みを与えてくれた。頼れる人にはみえない牧師だが、人柄がよく見え、その弱さともいえる面が人間らしくて安心できた。それほどまでに、異常人格者の過去は悲しく苦しいものだった。

ロデオ・ダンス・ナイト

ロデオ・ダンス・ナイト
【ハヤカワ・ミステリ文庫】
ジェイムズ・ハイム
定価 1,050円(税込)
2005/5
ISBN-4151755519

評価:AA+
 華やかなストーリーではなく、どちらかというと地味。でも、文章のあちこちに情感があり、少し古風にも感じる話がとてもとてもよかった。
 人種差別が根強く残る地において、白骨死体が見つかった。その死体が10年前に失踪した牧師の娘だとわかってから、テキサスの田舎町が騒がしくなる……。時間がかなり経過しているにも関わらず、白骨になり見つかってから騒動になるのは、失踪当時、町の多くの人間が彼女が町からただ姿を消しただけだと思い、それに満足していたからだ。なのに、実際は殺されていた。犯人は誰か。引退したテキサス・レンジャーが事件解明にのりこみ、物語が動き出す、ゆっくりと。「10年というのは長い。人は先へ進み、死んでいく」と、主人公がいう。その“時”を取り戻しながら、事件の糸口がみえてくるのだが、決して急ぎすぎず、行き交う人たちの気持ちもきちんとくみながら、だからこそ、すいつくように読み進められる。少しページを閉じて休んでも、物語もきちんとそこで待っていてくれる。複雑なラストもこの話には似合っていた。


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