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WEB本の雑誌今月の新刊採点ランキング課題図書

久保田 泉

久保田 泉の<<書評>>



雷電本紀

雷電本紀
【小学館文庫】
飯嶋和一
定価 730円(税込)
2005/7
ISBN-4094033130

評価:A+
 読むにつれ、興奮してページを繰る手が早くなる!この血湧き踊る物語の魅力を400字で語るのは難しい。徹底した時代考証で歴史と小説の面白さを一度で同時に楽しめます!時は天明、江戸は大火で一面焼け野原。その中を、化け物じみた若い大男が笑顔で赤子を次々抱き、団扇なみの大きな手で厄払いしている。この男こそ、生涯にわずか十敗の実在する伝説的相撲人“雷電”だ。彼は浅間山の大噴火による大飢饉と一揆の敗北の地、信濃の出だ。相手に死を感じさせる程の激烈な雷電の相撲は、藩の侍や商人お抱えの腐った力士とはまるで違う。当時の江戸は、貧富の差は歴然として、一揆も打ち壊しも結局は屈服させられる。名も無き民草が、未来への希望と権力への憎悪を乗せ雷電の勝利を願ったのは当然だ。物語は雷電の生涯と、彼を支えた商人の助五郎との友情を軸に長編を息もつかさず、雷電相撲のごとく突き進む。いつの時代も民と権力の関係は不変だ。本著を読めば冷めた平成の民も一揆を起こしたくなる(?)渾身の力がこもった一冊。

がんばっていきまっしょい

がんばっていきまっしょい
【幻冬社文庫】
敷村良子
定価 520円(税込)
2005/6
ISBN-4344406605

評価:B-
 映画化もされ、現在ドラマ放映中なので、女子高生がボート部を作る話程度は知っていたが、原作をきっちり読んだのは初めて。極めてストレートな青春モノ、そこにスポーツが絡めば王道。スポーツとくればおきまりのあだ名だ。ここでもやっぱりついてます〜。主人公の篠村悦子は悦ネエ、他はヒメ、ダッコ、リー、イモッチ。(本名省略!)この5人が進学校の松山東高校、悦子が創立した女子ボート部の初代メンバー。ちなみに小学校以来天敵の男子は、関野ブーときた。すばらしい。出来の良い姉をもち落ちこぼれで入学した悦子。 気も自我も強いが、コンプレックスのカタマリ。あり余るエネルギーをボートにぶつける。反発しあっても温かい家族も幼なじみもいる。あまりに王道すぎる悦子の青春。しかし、不思議にその正しいマブシサが鼻につかないのは、作者自身の本著に懸けた必死さと故郷への愛情、青春への肯定的な想いが上手く絡みあった結果かと思う。

図書室の海

図書室の海
【新潮文庫】
恩田陸
定価 500円(税込)
2005/7
ISBN-4101234167

評価:B+
 恩田陸の小説は一つのジャンルにくくれない。引き出しが多いという次元にも収まらない。この作家の小説はモンスターのように色々なものが詰まって飛び出してくる。読むごとに、小説の神様を背負った才気溢れるこの作家こそモンスターか?と疑ってしまう。会ってみたら、案外フツーのおばちゃんだったりして。長編の多い恩田作品の中では、短編集である本著は異色かもしれない。同時に、何篇かは恩田作品から生まれた予告編のようなものもある。表題作は、「六番目の小夜子」の番外編。本屋大賞を受賞した名作“夜のピクニック”の前夜を描いたのが「ピクニックの準備」。その他も、ゆらゆらと不思議な空気が流れるSFや、読後ざわざわと肌が粟立つホラーなどが満載だ。短編ゆえか作品の小粒感は否めないとはいえ、初読の人にはかえって、恩田陸の独特の色合いや魅力に触れる足がかりになるかと思う。予告編の後は本編をどうぞ!“夜のピクニック”は最高にいいど〜!!

楽園のつくりかた

楽園のつくりかた
【角川書店】
笹生陽子
定価 420円(税込)
2005/6
ISBN-4043790015

評価:A
 確か2,3年前、本の雑誌巻頭で本著を絶賛する文を読み、早速読んだのが笹生陽子初体験。その時、笹生陽子にガガ〜ンと落雷しました。児童文学好きでかつてはよく読んだものの、十年ほどのご無沙汰の間、なにやら児童文学の世界が凄く面白そうな事になってないか?と慌ててリサーチ。あさのあつこ、森絵都の名を遅まきながら知ったのもこの頃。こんな刺激的で才能ある作家たちを知らずにいたとは…ったくオムツなんか換えてる場合じゃなかったと、もう歯ギシリして地団駄踏みましたね。本当です。4月に紹介した「僕らのサイテーの夏」の主人公は小学生でしたが、本著の舞台はド田舎の中学校。主人公は、上昇志向丸出しのエリート中学生優。突如父親の故郷に引越したものの、転校先の同級生はたったの三人。この同級生たちの個性と背景がまた物語りをバツグンに面白くキラリと光らせる。優の成長とクライマックスの感動が秀逸なタイトルにストンと落ちる。笹生陽子は、ずっと作品を読み続けていたいと思わせる、そんな作家だ。

エミリー

エミリー
【集英社文庫】
嶽本野ばら
定価 440円(税込)
2005/5
ISBN-4087478181

評価:A-
 小説を読む愉しみのひとつが、意外性や驚きに触れることだとしたら、この作品はそういった魅力がページから溢れ出ている。インパクトのある著者の近影や、映画化された下妻物語は知っていたが著書を手に取る事はなかった。正直、あまり小説に期待をしていなかった事を深ーく反省しました。帯のコピーはたった一言。“生まれてきて良かった”。このシンプルで重い言葉に全く恥じない小説。意外性のひとつが、とにかく言葉が美しい。紡ぎ出される文章のリズム、流れがあまりにも綺麗で驚く。薔薇に棘があるように、美しい文体の中にも棘があり、優雅な流れは時に洪水を起こす。恐ろしや野ばら氏…。
 レディメイド、コルセット、エミリーからなる三篇のテーマは恋愛。著者は芸術や服飾にも造詣が深く、読んでいて楽しい。乙女の魂を持つものだけが理解できる小説だとか。乙女とは?こんな自問自答をしたのも初めて。その答えは小説の中にあります。個人的にはコルセットが良かった、思わず落涙!


バカラ

バカラ
【文春文庫】
服部真澄
定価 800円(税込)
2005/6
ISBN-4167701014

評価:C
 読み始める前、帯の「自殺者よ、待て。借金は死を意味しない!」というコピーからやや同情モードになっていた分、読み進むにつれだんだん疑問がわいてきた。
 出てくる人間がみんな金、金で、もちろん誰も幸せでもなく、金のために死ねるほどの狂気を背負った人間もいない。金の持つ魔力というものが、とことんまでは読み手に迫ってこない。冒頭のコピーとのズレが気になる。主人公の志貴大希は、やり手の週刊誌記者。社内の勝ち組で、経済的に自立した美しい妻も持つ一方、違法なバカラ賭博で多額の借金を負うことを妻にも話せないでいる。その上、「行くまいと思えば、行かないこともできる。俺は、ギャンブラーではあるが、カジノ中毒ではない…」などとうそぶく。自己破産寸前まで追い詰められた大希は、カジノ合法化を巡る政治的陰謀を嗅ぎつける。スクープ、妻、カジノ、どれも大希の空虚を埋められない。
 長編を読了しても、そんな大希に感情移入できないまま終わってしまい、残念だった。


ドキュメント 戦争広告代理店

ドキュメント 戦争広告代理店
【講談社文庫】
高木徹
定価 650円(税込)
2005/6
ISBN-4062750961

評価:B
 題名どおり、小説ではなく、目から鱗が落ちるような戦争の裏にある情報戦争の事実を克明にレポートした迫力と驚愕の一冊だ。取材対象は、1990年代最悪の紛争、ボスニア戦争における「PR合戦」だ。戦争でなぜPR合戦?という疑問は取材と情報収集の確かさに基づいた本著を読む内に明らかになる。罪のない多くの国民の命の犠牲の裏に、こんな凄まじくもえげつないPR合戦が実際あったのだ。世界のどれほどの人がその事実を知っているのだろうか。何気なく目にするニュース、写真、その切り取られたわずかな時間や一瞬に、我われも知らぬ間に、思考や感情を操作されているのだ。現在ボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボは美しく、豊かで、各国から競うように金と人と資材が流れ込んで来るという。それとは対照的に、わずか二百キロ先のセルビア共和国の首都ベオグラードは、全てがすすけた灰色の街だという。なぜこれほどの差が生じたのか?悲惨な戦争の歴史と勝敗を左右する陰の仕掛け人を知る、貴重な資料でもある。一読して損はないと思う。

ホステ−ジ

ホステ−ジ (上下)
【講談社文庫】
ロバ−ト・クレイ
定価 各700円(税込)
2005/5
ISBN-4062751178
ISBN-4062751186

評価:C
 評価Cは、ちょっと辛いかなとも思うが。主人公の田舎街の警察署長ジェフ・タリーが、元はロス市警の凄腕危機交渉担当係だったまではいいとして。主人公が心に傷を持っている、温かい家族を求め、待つ家族もいながら一人苦闘する。このパターンは正直もう勘弁してくれ〜という感じデス。そして凶悪強盗犯が立て籠もったのは、難攻不落の要塞だった。しかもその家には、危ない秘密もあって、そのせいでタリーは絶体絶命のピンチに追い込まれる。強盗犯人も、もちろん生育過程から思いっきり病んでいる。アメリカ人はそんなにみんな病んでるのか?少しはまともな人間はいないのかい。なにもここまでてんこ盛りにしなくても、優れたミステリーは書けると思う。勇気ある少年の活躍には多少救いがあるけど、普段の少年はなんだかな〜だし。派手な展開は、確かに映画にはうってつけ。最後にタリー、あなたはここまでの事件に巻き込まれないと家族の大切さに気付けないの?もっとしっかりしてちょうだい! 


カインの檻

カインの檻
【文春文庫】
ハーブ・チャップマン
定価 1,200円(税込)
2005/4
ISBN-4167705060

評価:A
 死刑目前の連続殺人鬼と、FBI心理分析官、いわゆるプロファイラージョン・キーナンとの熾烈な戦いを軸に進む、長編のサイコ・サスペンス。正直言って大の苦手のサイコもの、この厚さ、覚えきれない横文字名。三重苦を背負い、重苦しい気持ちのままとにかく読んでみる。心底病みきった異常な犯人の残酷な犯罪が、詳細に描かれた前半は、確かに苦行だった。8年後の後半、捜査官も殺した獄中の犯人が、減刑せねば、殺した捜査官の息子を仲間が殺すと、卑劣な脅迫をする。キーナンは犯人の心の闇に迫りながら心理戦に挑む。前半、頭脳は常に心を支配できる、という信念をいだいていたキーナンが後半、殺人鬼に殺された罪なき人々の無残な姿、永久に忘れることの出来ない悲劇的光景を思い浮かべ、自分がこの8年間常に殺人鬼への復讐を心に秘めて生きてきたことを認める場面が胸にせまる。感情がキーナンを突き動かし、勝利へ導く。救いのないラストだが一級のサスペンスであると言っていいだろう。 


ロデオ・ダンス・ナイト

ロデオ・ダンス・ナイト
【ハヤカワ・ミステリ文庫】
ジェイムズ・ハイム
定価 1,050円(税込)
2005/5
ISBN-4151755519

評価:C
 舞台はテキサス。そう、あの何かと物議をかもし出すブッシュ大統領のお膝下だ。うわさには聞いていたが、人種差別と保守性が顕著にある土地柄で、この点が、物語のキーになっている。人里離れた牧場に、カーボーイ・ブーツが地面から突き出していた。埋まっていたのは、白骨死体。十年前のロデオの晩に失踪した牧師の娘シシーだった。奔放で、トラブルの種でもあったシシーは、自らの意思で失踪してくれていた方が、街にも彼女の周囲の人間にとっても都合が良かった。しかし彼女は実は殺されていた。この十年ぶりの犯罪がきっかけとなり、小さな田舎町に大騒動が巻き起こる。物語は、黒人保安官助手のクライド、クライドの恋人で白人の女性地方検事補ソーニャ、伝説の元テキサス・レンジャーのジェライア、シシーの父親で牧師のジムと弟のマーティンらを中心に、みなが白骨死体に翻弄されていく。地味なストーリーは退屈とまではいかないが、読むうちに誰が怪しいか分かってしまうので、長編なだけにそこがなんともツライ。

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