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WEB本の雑誌今月の新刊採点ランキング課題図書

浅井 博美

浅井 博美の<<書評>>



向田邦子の恋文

向田邦子の恋文
【新潮文庫】
向田和子
定価380円(税込)
2005/7
ISBN-4101190410

評価:B
 「実はゆうべ(略)ふと口ざみしくなって(略)ケーキを買い、(略)夕刊四紙をよみながらムシャムシャやっていたら、五つペロリと食べてしまいました。そのあと、のり茶をたべて、夜食におにぎりを三つ。そしたら、案の定、けさは、オナカがしくしくして、少しピーです。」
…なんてかわいらしい恋文なのだろう!!
向田邦子には、毅然としていて、凛としていて、強くって、非常に正しく美しい人というイメージを持っていた。そんな彼女にこんなにお茶目な一面があったなんて。
しかし読み進めていくと向田邦子とある男性の秘め事は、決してほほえましいものではなく、悲劇的な方へと向かう。しかし書簡の中では一切その様な片鱗が顔を出さないということに、なおさらやりきれなさを感じた。秘め事であるはずの恋文にも自分の弱さをさらけ出せない向田邦子は、やはり毅然としていて、凛としていて、強い人だったのかも知れない。あの屈託のないお茶目さは彼女なりの強さの表し方だったのだとしたら…、と考えると賞賛と哀しさの入り交じった何とも言えない気持ちになる。

きよしこ

きよしこ
【新潮文庫】
重松清
定価460円(税込)
2005/7
ISBN-4101349177

評価:A
 かつて吃音に苦しんだ大人に、現在吃音で苦しんでいる子どもを励まして欲しいというなんて、本当に残酷だ。
大人になったって弱いところは相変わらず存在する。それをどうにかこうにかだましつつ暮らしていると、小手先の器用さを身につけたり、さらに開き直りということを覚え、弱いところも克服して何だかうまくいっているかのように思えてくる。しかし弱さは消えてなくなっているわけではない。大人っていうのは自分の弱さを乗り越えていち抜けた存在なのだから、子どもにアドバイスをしなければならないなんて誰が決めたのだろう。「吃音」に限らず、そんなつらさを抱えている人はたくさんいると思う。本書には弱さを知っている当事者にしかわからない、おずおずとした優しさが全編にあふれている。「きよし」少年の「吃音」を抱えて生きていくという苦悩を通じて自分自身の弱さと、色々なしがらみを取っ払って、純粋に向き合えた。「吃音」も含め弱さというのも結局自分の一部であって、こればっかりは一人でどうにかするしかない。そういうことと葛藤している大人がいても、そっとしておいて欲しいのである。


ハミザベス

ハミザベス
【集英社文庫】
栗田有起
定価480円(税込)
2005/7
ISBN-4087478408

評価:A
 表題作はわたしにはいまいちだっだけれど、一緒に収録されている「豆姉妹」が最高だった。
ある日突然アフロヘアにしなければならない気持ちに陥った妹と、肛門科の看護士をしていたけれど、「今やっていることとプレイ大差なかった。それで給料は三倍なんだって。」という理由でSM嬢に転職してしまった姉が二人で暮らす家に、突然おねえ言葉で話さずにはいられなくなった従兄弟の少年が居候として飛び込んでくる。
奇妙な生活を描く風変わりな小説かと思いきや、しっかりした青春小説なのが興味深い。「わたしは何者になるべきなのか?何が出来るのか?」そんな漠然とした不安を抱えている高校生であるアフロ妹の描写が特にすばらしい。最後に彼女なりの結論を見つけることが出来るのだが、その課程、そう思い立った瞬間の描き方にうなってしまった。ああ、わたしもこんな感じだった、と。ここまでリアルに青春の焦燥感を思い出せる小説はちょっとないと思う。


ぶたぶたの食卓

ぶたぶたの食卓
【光文社文庫】
矢崎存美
定価500円(税込)
2005/7
ISBN-4334739059

評価:A
 山崎ぶたぶたさんという人は、本当にステキな中年男性なのだ。料理上手で思いやりがあり、ウィットに富んでいる。妻と娘二人の良き夫であり、良き父でもある。
そして「ぶたのぬいぐるみ」でもある。
すごくステキな人がたまたま「ぶたのぬいぐるみ」でした。それが何か?というテンションで進んで行くのがいつもながら本当に気持ち良い。様々な人が「ぶたのぬいぐるみ」であるぶたぶたさんに癒しを求め、なんらかの救済を得ようとする。でも待って欲しい。ぶたぶたさんは文字通り傷ついた人達の「愛玩動物」なのだろうか?という踏み込んだところにまで本書では迫っている。
ちょっとばっかり人より多くの苦労をして来た賢い人は、自身の多めの経験の引き出しの中から、悩んでいる人に的確な助言をしてあげることが可能だろう。そんな人があなたの周りにもいるはずだ。しかし引き出しが多くて優しいだけであって、彼にも彼の人生がある。割り切った考え方が出来るからって苦労やしがらみを感じない超越した人間ではない。本書を読むと、そんな賢い彼らにも休息の場が訪れることを強く願わずにはいられなくなった。


NHKにようこそ!

NHKにようこそ!
【角川書店】
滝本竜彦
定価580円(税込)
2005/7
ISBN-4043747020

評価:C
 「ひきこもり」という、今では一種の人種としてくくられている部類に生息している青年。大学中退の上、4年の「ひきこもり」生活を一人っきりで送っている主人公の青年の妄想と現実の繰り返しで構成された物語だが、人間誰でも妄想するし、人が怖かったり会いたくないと思うことだって当然ではないか、と思ってしまうのは、わたしは立派な「ひきこもり」予備軍だからなのか。著者は本当の「ひきこもり」さんで、あとがきを読むと現在もいまだ「ひきこもり」、しかも本書で力つきて次の小説が書けないでいるらしい。彼の考える「ひきこもり」さんたちに必要なモノは何だったのだろう?本書において「ひきこもり」君を外に出す役割を担っているのは「岬ちゃん」という色々なトラウマを負っている不思議少女なのだが、本書の「ひきこもり」君は彼女に必要とされたから外にでる気持ちになったのだろうか?自分一人の努力ではどうにも出来ないのだろうか?全国の「ひきこもり」さんみんなに「岬ちゃん」がいるわけではない。彼のような状況で「岬ちゃん」のために外にでるのは至極まっとうな人間のすることだと思う。もう少しリアルな「ひきこもり」さんの気持ちが知りたかった。


サマー/タイム/トラベラー

サマー/タイム/トラベラー(1・2)
【ハヤカワ文庫JA】
新城カズマ
定価693円(税込)
2005/7
ISBN-4150307458
ISBN-4150308039

評価:C
 こいつらこそが本当のオタクであり、「ひきこもり」だろうと思う。「NHKにようこそ」の大学中退の上、4年のひきこもり生活を一人っきりで送っている主人公の青年よりも、である。
ある地方都市に生活している「天才高校生集団」5人の中に、時空を飛べる力が発覚した少女がいた。その能力を最大限に引き出すべく3人の男子高校生と2人の女子高生の一大実験が始まる。このような大筋に加え、文中には様々なタイムトラベルに関する書物や、作家、研究者などの固有名詞が登場して、少年少女たちがそれについて話し合う。わたしがSFの知識(その他もだけれど…)を持ち合わせていないことを差し引いたとしても、それらは何とも疎外感を感じさせる描き方だった。オタクの方々がガンプラやら、エロゲーやらについて「一般人に理解されなくて良い!」と開き直ってお話しされている構図と全く同一だ。常に一般人のレベルと自分たちのレベルを意識して一般人を見下している所などは、オタクの方々よりずーっとタチが悪い。そんな頭の良い彼らなのに「大人はわかってくれない」的な叫びを随所で発していたのには、ちぐはぐな感じを受けた。頭が良いならその辺も割り切って考えろよ。


ウォータースライドをのぼれ

ウォータースライドをのぼれ
【創元推理文庫】
ドン・ウィンズロウ
定価1029円(税込)
2005/7
ISBN-4488288049

評価:B
 上質のエンターテイメントである。初めてアメリカ映画の冒険活劇をみたときのような、純粋なワクワクドキドキ感で一杯に満たされた。
TV番組の名物司会者のレイプ疑惑が持ち上がり、様々な人間と様々な団体の様々な思惑が交差した中で、レイプ被害者であるポリーを、とんでもないなまりと語彙から救い出し、洗練された話し方の出来る女性へと仕立て上げ、裁判で完璧な証言を出来るようにさせろという命が下った。その名を受けたニールと恋人カレンが巻き込まれていく様々な事件の顛末…。
女性が読んだら、特におもしろいこと請け合いだ。「金髪ボインのお姉ちゃんが何をするわけでもなくうろうろしている」というハリウッド映画に時折見受けられるお飾り無能な女性は一人も出てこない。全員が自分の強い意志で行動していて、無茶なことも満載だが、それが非常に人間らしくもあり、何とも良いのである。読後は気持ちの良い、少々好戦的な爽快感で、アドレナリンが上昇してしまった。

月下の狙撃者

月下の狙撃者
【文春文庫】
ウィリアム・K・クルーガー
定価870円(税込)
2005/7
ISBN-4167705044

評価:C
 大統領夫人がある暗殺事件に巻き込まれた。まさに暗殺を企てようとする男と、彼女を守るために奔走する男、二人の男の複雑な気持ちが交差して行く。彼らにはお互いに人には言えない過去、壮絶な苦しみを強いられた子供時代が存在する。その様な似た境遇だからこそ生まれるお互いへの近親憎悪や同族意識、反発やいたわりなど様々に絡み合っていく二人の生き様が興味深い。
しかし非常に魅力的であるとされる大統領夫人の描写がいまいちで、2人の男が人生をなげうっまで、彼女に狂っていくという魅力の片鱗を見いだすことが出来なかった。
しかも彼女の夫の大統領がステレオタイプなアメリカ人の良い人、まるで阿呆のように描かれていて、そのあたりが物語全体を軽くしてしまっている。つまらないわけではないので、なおさらに詰めの甘さがおしいと感じてしまった。


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