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WEB本の雑誌今月の新刊採点ランキング課題図書

福山 亜希の<<書評>>

土の中の子供
【新潮社 】
中村文則
定価1260円(税込)
2005/7
ISBN-4104588040
評価:AA
 「堕ちるところまで堕ちた人間は、その後どうなるのだろう。」度重なる暴力をうけて、死の寸前までうけて、人間的な精神を奪われて、それでもずっとその後も暴力を受け続けたら、その人間には一体何が待っているのだろう。幼い頃に受けたひどい虐待の傷跡を残しながら成長した主人公の男は、その答えが気にかかる。この男が何よりも恐れるのは、感情のない暴力だ。暴力をふるう側に怒りや憎しみがあれば、まだ傷は癒される。感情の起伏もない、つまらない表情のままふるわれる暴力には、絶望しかない。
この小説は、暴力を完全に描ききっている。この小説以上に暴力を説明し、暴力を描写することは多分出来ないのではないか。暴力をふるわれる痛みも恐怖も、そして暴力をふるう側の残虐な気持ちも、全て描写し尽くして、最後には暴力をふるわれる側からもふるう側からも、正常な感情を奪ってしまうころまで、そこまで書き尽くしてしまっている。この先には、もう何もないのではないか。暴力を書き尽くした後、この先何が残っているのか、知りたいと思った。

SPEED
SPEED
【角川書店】
金城一紀
定価1155円(税込)
2005/7
ISBN-4048736264
評価:A
 真面目で平凡な女子高生だった佳奈子が、信頼していた家庭教師の彩子の自殺の謎を解き明かしながら、活発で行動的な女の子へと変身していく過程を描いた一冊。ザ・ゾンビーズという、高校を停学中の男子高校生グループに偶然助けられたのをきっかけに、彼らとタッグを組んで、陰謀渦巻く大学に侵入し、事件の黒幕に迫っていく。
話のストーリーとしては、ザ・ゾンビーズの、ありえない程に優れた機動力・情報収集能力が、話のリアリティを奪っているようなところはあるにせよ、さわやかな高校生の会話や行動はとてもスピード感があって、読んでいて楽しい。平凡で、どちらかといえば行動力のなかった主人公佳奈子が活発な女の子へと変わっていく様は、葛藤もなにもなくて、少し簡単に成長しすぎている部分もなくはないけど、物語のスピード感がそれを充分補っている。気持ち良くかけぬけるように読み終えることの出来る一冊だった。

はなうた日和
はなうた日和
【集英社】
山本幸久
定価1575円(税込)
2005/7
ISBN-4087747670
評価:A
 各短編の登場人物は皆、幸せからは少し遠い距離にいて、大怪我はしてないにしろ、人生にちょっとだけつまづいてしまったような人たちばかりだ。それは、大人も子供も関係ない。人生のスタートラインにたったばかりの子供でも、立派に心に傷をかかえている。でも、そんな登場人物たちの心の中はとても純粋で、世の中に対して無垢なところがあって、周囲の変化に敏感で、これからいくらでも成長していけることができそうな、そんな下地を自分の中に持った人たちばかりだ。そんな登場人物を描いた作者の、ものごとをみつめる視線は、とても繊細なのだろうと思う。私は、てっきり作者は女性なのだとばかり思っていた。登場人物の女性を、女性そのものの視点で描いていて、これを男性が書いたものとは到底思えなかった。
男性が描いた女性的で繊細な視線の物語は、心の中で時間をかけてゆっくり熟成していくような、深みと苦味が絶妙だった。

さよならバースディ
さよならバースディ
【集英社 】
荻原浩
定価1680円(税込)
2005/7
ISBN-4087747719
評価:B
 実験用の猿と女学生の心の交流を描いて、物語の始まりはほのぼのとしていたが、読み終えてみると心に切なさが残る一冊だった。物語の展開は早くて、一気に駆け抜けるように読み終えることができるけど、最初の牧歌的な雰囲気がすぐに消えてしまうのは少し残念だ。言葉を教えるという有益な目的ではあっても、やはり実験用の猿という立場は、哀しいものがある。そして、その実験用の動物に、心から向き合った女学生とのつかの間の安息が、更にその悲劇の度を濃くしている。女学生の死の真相を知っているのは、猿のバースディだけ。バースディは何を明かしてくれるのか。
最後のシーンは感動的なはずなのだが、動物実験という物語の設定自体が悲しいので、感動がややそがれてしまったようなところが惜しかった。

震度0
震度0
【朝日新聞社 】
横山秀夫
定価1890円(税込)
2005/7
ISBN-4022500417
評価:B
 阪神大震災の朝、N県警の幹部が突然失踪した。マスコミにかぎつけられる前に何とか事件を解決したいのだが、そこに幹部同士の利害関係が生じ、保身と野心がうずまく権力闘争へと舞台が摩り替わってしまう。
警察小説というと、西部警察のようなスリリングな逮捕劇や、カッコいい刑事などを連想してしまっていたが、「震度0」は警察幹部の実態を明らかにする、現実的な小説だ。密室の中で事を運び、自分の野心のために同僚を出し抜く。そんな警察幹部がぞろぞろと登場して、一般市民としてはげんなりしてしまうけど、これが実態なのだろう。一般企業の立身出世競争と変わらない醜態を、警察権力の中で繰広げている。事件を解決するスリルよりも、警察の実態にリアリティーに迫っている部分に作者の力量が発揮された小説だった。

東京タワー
東京タワー
【扶桑社】
リリー・フランキー
定価1575円(税込)
2005/6
ISBN-4594049664
評価:AA+
 親子の絆を描く本は数あれど、これだけ人を泣かせる本は他にないだろう。皆それぞれ母親はいるけど、あまりにも日常的すぎて、あまりにも胸の奥の方にしまいこみすぎて、普段は自分自身でも忘れてしまっている母親を想う気持ちが、この本を読むとストレートに呼び覚まされる。自分で自分にうろたえてしまうほど、急激に親孝行したくなってしまうのだ。私なんか母親と同居で、私よりもぴんぴんして日々元気に過ごしているのを毎日横目で見ているのに、この本を読みながら朝夕の通勤電車に乗っていると、「田舎のお母さん、元気に暮らしているかしら」と心配するような感じで、母親のことが気になってしまうのだ。この本を読む人は皆、ボクとオカンの幸せを心から祈りながら必死にページをめくると思う。その気持ちは、読者自身が自分の両親の幸せを願う心に直截的に結び付いているのだろう。オカンを通して母親をいたわる気持ちに気付かされ、この本を読むことすなわちそれが親孝行になってしまうくらい、優しい気持ちにさせられるのだ。

七悪魔の旅
七悪魔の旅
【中央公論新社】
マヌエル・ムヒカ・ライネス
定価2730円(税込)
2005/7
ISBN-4120036618
評価:B
 地獄の悪魔にも仕事があって大変なのだ。7つの大罪を己に背負った悪魔達は、役にも立たない無用の議論に熱中して仕事をなまけてばかりいて、大魔王からひどく叱責されてしまう。悪魔達が大魔王に叱られること自体がかなりユニークで可笑しいのだが、大魔王からいいつけられた、「もっと地獄に有益な、地獄を繁栄させる人材を集めろ」という指令も、地獄の繁栄という、わかったようなわからないような目的で、妙に可笑しい。今まであまり触れてこなかったようなエキセントリックな設定、ユーモアは、作者がアルゼンチン出身であることとつながりが深そうで、この本を読み終えると、アルゼンチンという国にも興味が湧いてくる。
活字であるのに、かなり鮮烈に、風景となって頭の中にイメージされてくる文章は、映像にしたら面白いのではないだろうか。ロードオブリングやハリーポッターのような、人を幻惑するような映画が出来そうである。


アメリカ新進作家傑作選 2004
アメリカ新進作家傑作選 2004
【DHC】
ジョン・ケイシー
定価2625円(税込)
2005/7
ISBN-4887244002
評価:B
 既に名をなした作家達が、次代を担う作家のこどもたち育てるためのワークショップの場がアメリカにはあるということがまず、新鮮な驚きだった。「アメリカ新進作家傑作選2004」は、このワークショップによって頭角をあらわした作家の卵たちの短編集だ。第二次大戦後からこのワークショップは続いているそうだが、ワークショップに対する講師の名作家たちの注力度合いはどんなものなのだろうか。「技は見て盗む」というのが伝統の日本の風土ではなかなか実現しない方法だと思うが、とてもユニークで面白い企画だと思う。
実際、この短編は面白い小説が多かった。ただし、前書きには、「その土地のことを良く知りたければその土地の人間の書いた小説を読むべし」とあったが、アメリカという国は、思ったよりもこじんまりとした人々の国なのかなと感じた。もっと大雑把で大胆なイメージだったが、各短編は描写も細かく、そういう点でアメリカのイメージが大きく変わった本となった。
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