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WEB本の雑誌今月の新刊採点ランキング課題図書

延命 ゆり子の<<書評>>


東京奇譚集
東京奇譚集 
【新潮社】
村上春樹
定価1470円(税込)
2005/7
ISBN-4103534184
評価:B
 不思議な話を集めたこの短編集。その中でも秀逸なのは『偶然の旅人』ではないだろうか。しかし秀逸にして異質。これまでの作品とは少し毛色が違う。村上春樹と言えば読者をケムに巻くことで有名な作家だが(決め付けた)、この短編は今までになく誰が読んでも泣けるせつなさ直球ど真ん中! な作品に仕上がっているのだ。
「僕=村上はこの文章の筆者である」という独白で始まるこの短編。冒頭部分から読者の心を鷲づかみだ。本当に起きた些細な、でも不思議な話をいくつか紹介した後でこのゲイのピアノ調律士が体験した不思議な話が始まる。仲違いをしていた姉と心を通わせるシーンではせつなくて号泣! 良い! 良いよこの小説!
 しかし・・・何かが引っかかる。なんであの村上春樹がこんなわかり易い小説書いてんだ? 何か裏があるような。微妙に大衆受けを狙ってる気がするのは気のせいか。
 もちろん素直に読んでせつなさに心を震わせるのもよし、深読みしすぎて唸るのもまたよし。どう転んでも誰が読んでも楽しめる一級の短編集であることは間違いがない。

沼地のある森を抜けて
沼地のある森を抜けて
【新潮社】
梨木香歩
定価1890円(税込)
2005/7
ISBN-4104299057
評価:A
 ススス凄い・・・。こりゃなんとも形容しがたい傑作を読んでしまっただよ。あわわわ。
 はじまりは「ぬか床」だった。先祖代々伝わるぬか床を受け継いでしまった久美。まずそのぬか床は、呻いた。そして卵を産んだ。卵は割れてそこからどんどん人が現れ始める。不審に思った久美は(当たり前だ)ぬか床を生物学的に調べ始め、故郷の島へぬか床の謎と先祖の秘密を探りに行く。
 こうしてあらすじを書いてもまったく訳がわからない。全然面白い話とも思われない。
 しかし。どう表現してよいかわからないけれども、紛れもなくこの人にしか出せない味というものがあって、滅茶苦茶な設定の中で主人公は飄々としているし、話はどんどん壮大になっていくし、収集がつかないくらいなんだけど・・・・。読んでいてワクワクする気持ちが止められないんだ。
 小説には現実からトリップする快感があると思うが、この小説はその醍醐味を存分に味あわせてくれる。久々に読んだ紛れもない傑作である!と言えよう。フンガー!

厭世フレーバー
厭世フレーバー
【文藝春秋】
三羽省吾
定価1680円(税込)
2005/7
ISBN-4163242007
評価:B
 リストラされた父親が姿を消すところからこの話は始まる。
 残ったのは呆け始めているじいさん。アルコール依存症の妻。一家の主になろうとして空回りする兄。世間の厳しさに揉まれる姉。陸上部を辞めて新聞配達する弟。最悪な状況でそれぞれに不器用に、しかし懸命に生きている姿がいとおしい。ただのハートウォーミングな話になるのではなく、本当に少しずつゴツゴツとした家族の形ができあがっていく。その過程がいじらしくて泣けてくる。
 それから失踪した父親の存在感がすごい。万引きした息子に「この、下手くそぉ!」と叫びながらドロップキックを炸裂。娘には甘くて、お赤飯を炊いた日には「ちくしょー」と泣きながら酒を飲む。自分の器を考えず、世界を救うと大風呂敷を広げながら、取り敢えず手近にいた女を救う。なんつうストレートかつ魅力的なキャラクター。
 筆者の類まれな言葉のセンスも相まって、グイグイと引っ張られる勢いのある作品だった。

天使のナイフ
天使のナイフ
【講談社】
薬丸岳
定価1680円(税込)
2005/7
ISBN-4062130556
評価:A
 私にしては珍しく続きが気になって夜通し読んでしまった。この臨場感! このやるせなさ! 悲しくていたたまれなくて、始めから泣き通しでした。うううう。
 愛娘の目の前で妻を惨殺されたカフェの店長、桧山。しかし犯人は3人の中学生だった。少年法により犯人は逮捕はされず補導される。4年後、犯人の一人が桧山の自宅付近で殺されていた・・・。でもやったのはオレじゃない!そして桧山の孤独な戦いが始まる。
 少年法をテーマに途中まったくダレることは無くラストまで走り抜けるスピード感! 伏線に次ぐ伏線! 登場人物のほとんどが何かの事件に関わっている(もしくは知っている)状態! パズルの謎解きをする快感も手伝って、これはもう評価しないわけにはいきますまい。
 それにしても心配なのは桧山の切り盛りするブロードカフェだ。店長は仕事を休みすぎているし、バイトの人数が少なすぎる。店には刑事はやってくるマスコミは追いかけてくる挙句店内で流血沙汰にまで・・・・。この店の先行きが不安なところです。

県庁の星
県庁の星
【小学館】
桂望実
定価1365円(税込)
2005/7
ISBN-4093861501
評価:C
 仕事の必須アイテムはマニュアルと組織図。仕事の内容よりも上司に印をもらう順番のほうが重要。絵に描いたようなステレオタイプの公務員。そんなY県県庁職員の野村聡(県庁くん)が、人事交流研修で民間企業である地元の弱小スーパーに派遣されるところからこの話は始まる。
 役人根性丸出しでパートをバカにし、融通は利かず気も利かず、人の気持ちは考えず、責任は取らず、はじめはまったく使えない男だった県庁くん。
 しかし、女に騙され、お惣菜コーナーに飛ばされ、ただのパート(実は凄腕)のおばさんに揉まれ、少しずつ変わってゆく。笑って泣ける一人の役人の成長物語。
 しかしいくらなんでも展開が速すぎないか。県庁くんが成長するきっかけというのが弱い気がする。が、後味の良いさわやかなエンターテイメントになっている。これは織田裕二主演で映画化されるそうだが、映像化にはピッタリな作品だと思う。
 しかし最近映画化されるのって、早いなー。

あなたのそばで
あなたのそばで
【文藝春秋】
野中柊
定価1470円(税込)
2005/7
ISBN-4163242600
評価:B
 恋をすると誰もが少しだけ「お馬鹿さん」になる、と思う。
 些細なことで嫉妬したり、泣いたり、考えられないくらいの幸福感に包まれたり。
 この小説はそんな「お馬鹿さん」なカップルたちの日常を切り取った短編集だ。
 設定は様々。自分の父親ほどの歳の男と結婚した16歳の女子高生。先生と付き合う生徒会長。バーテンダーとその客。兄の妻に恋する弟。お互いに不倫をしながらそれでもお互いなしではいられない夫婦。亡くなった婚約者の息子を育てる男の恋愛とその息子の恋愛。
 正直ありそうでなかなかお目にかかれない様な設定のカップルたちだ。しかしそれぞれの話がこんなにも共感できるのはそのキラキラした恋の瞬間が奇跡のようにかけがえの無いものだから。そしてその事を思い出させてくれるから。
 誰かを「好きで、好きで、どうしようもなく好きでたまらない」状態なんてそんなに長くは続かないことを、私はもう知っている。その感情は日常に埋もれ、違うものへと変化する。だからこそこのカップルたちの何気ない奇跡の瞬間にこんなにも心を動かされてしまうのだろう。

その日のまえに
その日のまえに
【文藝春秋】
重松清
定価1500円(税込)
2005/7
ISBN-4163242104
評価:C
 重松清の短編集。テーマは死。若くして(30代40代)死ぬことを告知される人とその家族の葛藤を描く。死のやりきれなさ、悔しさ、悲しみをあのやわらかい視点で優しく描かれたら・・・・・・・。
 それ聞くだけで、もーヤバい。クル。案の定号泣。それぞれの短編できっちり落としてくれます。もう泣きすぎて頭が痛いよ・・・・。読む場所には注意!
 しかし。言うならば意外性はない。重松清なら泣けて当然。そう思う自分がいる。勝手にハードル高くしてしまって申し訳ないのだが、こう来たらそりゃ泣くわな・・・という展開で、面白味(?)がないのだ。
 勿論良い小説で、死! 家族! 思いやり! 言うことなしの作品。この小説を評価する人は沢山いるだろう。しかし私にはこの世界が少々食傷気味だった。泣くポイントを少し減らしたらどうかな。涙が少し安っぽく思えた。

2005年のロケットボーイズ
2005年のロケットボーイズ
【双葉社】
五十嵐貴久
定価1680円(税込)
2005/7
ISBN-4575235318
評価:C
 意に反して工業高校へ進学してしまった高校2年生のカジシン(文系)。やる気もなく、無気力な高校生活を送っていた彼は、泥酔して病院へ。それが学校の知るところとなり、退学を免れるためにキューブサット設計コンテストに出場するハメになる。寄せ集めの落ちこぼれメンバーを揃え大会に参加するカジシン。はじめは嫌々だった彼も段々熱くなってきて・・・。機会油にまみれた青春がいま、始まった。
 集まったメンバーのキャラが良い! 一言もしゃべらない天才数学家、レインマン。友達だけは多い男、ゴタンダ。電気屋の娘の不思議ちゃん、彩子。謎のアキバ系男子、オーチャン。交渉能力ゼロの秀才、大先生。潰れかけた町工場の主、カジシンのおじい。前半モタついた感があるが、人物で読ませる。引きこもりのお父さんが絡んでくるシーンでは目頭が熱くなりました・・・・。
 さて、それではなぜ評価が低めなのか。それはただ作者の笑いのセンスが私と合わないからです。この一人ボケ一人突っ込みみたいな文体が、なんか、あんまり面白くないっていうか・・・もにょもにょ。これは単にセンスの問題で、こういうのが好きな人もいると思う。しかし私にとっては・・・・。話は面白いだけに悲しく思いました。
 申し訳ありませんでした。

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