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平成マシンガンズ
【河出書房新社】
三並夏
定価1,050円(税込)
2005/11
ISBN-430901738X |
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評価:★★★★★
一見、素材はごく普通である。中学生の朋美の身に起こったことは、ありがちと言えるかもしれない。家を捨てる母親も、愛人を作る父親も、ゲーム感覚で仲間はずれをする同級生も、現実にはどこにでもいたりする。それにもかからわずこの小説が見たこともない世界を生み出しているのは、著者の言葉にエネルギーが秘められているからだ。
極端に読点が少ない文章は、だらだらと読みにくそうに見えて、計算され尽くされたリズムを刻んでいる。読者は息継ぎもできなくて、著者のほとばしる感情を弾丸のように浴びてしまうのだ。朋美の夢の中でマシンガンを手渡した死神が「殺したいと思う奴を特別にうったりするな」と言ったセリフから、クールでいたいという彼女の願望が伝わってきた。空想の中であれ、誰かに対して恨みを集中させてしまうと、きっと感情が暴走するのだろう。
15歳である著者の、言葉選びの巧みさに圧倒される作品だけれど、朋美が悟りの境地に至るまでの過程が、意外に淡泊なのが気になった。今度は、ずっと同じテンションで言葉の弾丸を撃っているところを観察してみたい。
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カポネ
【角川書店】
佐藤賢一
定価1,995円(税込)
2005/11
ISBN-4048736582 |
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評価:★★★
大物になるかならないかは、その人の持っているエネルギーの量で決まるのかもしれない。そして、善人になるか悪人になるかは、そのベクトルの向きで変わるのだろう。
これまで、アル・カポネといえば、映画「アンタッチャブル」のロバート・デニーロしか思い浮かばなかった。血も涙もないギャングのイメージだ。しかし、この作品を読むと、多面体の中のたった一面を見ていたに過ぎないことに気がつく。本気で堅気に戻ろうとし
たことも、世のため人のために巨額の金をつぎ込んだこともまた、紛れもなくアルの人生なのだ。
後半、禁酒局の特別捜査官であるエリオット・ネスが登場して、アルのパーソナリティーが、さらに明らかになる。世間のレッテルからすると、アルは悪で、エリオットは善だ。だけど、アルに心酔しているエリオットがいうように、移民系であるふたりは「ただアメ
リカに認められようとしただけ」なのかもしれない。過剰な出世欲では、互いによく似たタイプだ。
彼らの人生は、善悪を嗅ぎ分けたいと思う人の心を惑わすくらい、強烈に人間臭い。
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スープ・オペラ
【新潮社】
阿川佐和子
定価1,680円(税込)
2005/11
ISBN-4104655023
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評価:★★★★★
もう恋なんてしない!と思っている女性でも、きっとこんな関係には憧れるんじゃないだろうか。
主人公のルイは、35歳。たとえ恋人がいなくても、焦らず騒がずどっしりしたこの構えっぷりは、もはや40代である。しかし、育ての親である叔母が恋人と長旅に出てしまい、一軒家でひとりぼっちになると、さすがにガードも緩むようだ。隙のないルイのような女が、突然転がり込んできた2人の男と暮らすだなんて、火の気のないところに煙が立つくらいありえないのだけど。
タイトル通り、この物語の食卓にはスープがよく出てくる。沸騰直前に弱火にすると透明に仕上がるという鶏ガラスープのイメージが、なんとなくこの3人の男女と重なった。66歳の割にモテるトニーさんと、30歳の割に単純な康介と、ルイとの関係は、沸騰しそうでしないところがオツなのだ。家族でも恋人でもない、煮え切らない間柄だからこそ美しく澄んでいるのである。静まりかえったスープの表面のような彼らの関係だけれど、一口味わえば心をざわめかせるような風味が、わっと胸の中に広がる。きっとこれが普遍的な愛の味!なのかも?
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金春屋ゴメス
【新潮社】
西條奈加
定価1,470円(税込)
2005/11
ISBN-4103003111
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評価:★★★★
現代の日本に、古い時代を再現した国があるって、いったいどんな感じなのだろう? 古米のおにぎりを新米でくるんだ感じなのか?なんてことを思いながら読み始めた。
「江戸国」は、日本の属領でありながら鎖国を敷いているという。人が自由に行き来できないだけでなく、文明の利器も持ち込めない。その江戸に入国した主人公の辰次郎は、長崎奉行の部下にさせられるのだが、この奉行がとてもブサイク!猛獣じみたおぞましさと、それにおののく手下たちの慌てぶりを楽しみながらどんどんページをめくっていたら、やがて、思いもかけぬ深いテーマにつながっていることに気がついた。
かつて江戸国に突然現れた「鬼赤痢」という病の原因が明らかになるにつれて、文明をとるか祖国をとるかという難しい問題に出くわす。ふと、文明の発展と引き替えに、失われていく古き良き文化のことを考えた。文化の劇的な変化は、違う国になるのと同義なのかもしれない。ずっと同じ国に住んでいても望郷の念に駆られることがあるのは、きっとそのせいだ。
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夢のなか
【新潮社】
北原亜以子
定価1,470円(税込)
2005/11
ISBN-4103892137
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評価:★★★★
時代が変われば、女心も変化するのだろうか。江戸時代の女性ならではの、心の動きに触れたような気がした。
表題作「夢のなか」のおこまは、お針の内職で好きな男を支えている。優しいだけがとりえの甲斐性なしについていくなんて、今どきの女性ではありえない。理想の人を追い求めるのは、夢の中だけでいいと思っているのだ。やっぱり、高望みしない女にはかわいげがある。
一方、働き盛りの息子に先立たれてしまった身寄りのない女と、その女から金を奪った女がやがて心を通わせる「師走」では、女心が冬のいろりのように温かい。誰かを本気で叱れる気丈さと思いやりは、他人の人生を救うこともできる。
8つの話を読んでいる間、カメラのファインダー越しに、庶民の生活を眺めている気分だった。師走の町を吹き抜ける強い風や、日の光に照らされた隅田川の水などの情景に紛れて、江戸の女のせつなさがゆらゆらと漂う。欲望をむき出しにしない女心は、まるで繭のように、人情という糸でしっかり包み込まれているのだろう。その慎ましさに少しあやかりたい気がした。
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暗い国境線
【講談社】
逢坂剛
定価2,310円(税込)
2005/12
ISBN-4062131781
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評価:★★★★
途中下車できない乗り物に乗せられたみたいに、一気に読んだ。この吸引力はすごい。
この物語の主な舞台は、第二次世界大戦中のマドリードと、ロンドン。イギリスは、ドイツ軍に伝わる連合軍の作戦情報を攪乱させるために、イギリス海兵隊少佐の航空機事故をでっちあげる。話のキーポイントは、少佐が携帯していた機密文書入りのブリーフケース。これが、最後まで読者の集中力を途切れさせることなく、興味を持たせ続けるのだ。
そして、さらに引きつけられたのが北都とヴァジニアの恋。それぞれ日本とイギリスの情報員という立場上、頻繁には会えない。だけど、お互いを求める気持ちが、こっちが照れるくらいに伝わってくる。機密文書の件で、ゲシュタポの脅威にさらされる二人だが、そんな危機も、愛を確かめる枷に過ぎないのか?なんて思ってしまう。国家も愛も裏切れないジレンマでさえ、まるで火に注がれる油のようだ。板挟み状態の中、ふたりの情熱がどこまでメラメラ燃え上がるのか、この先がとても気になる。
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バスジャック
【集英社】
三崎亜記
定価1,365円(税込)
2005/11
ISBN-4087747867
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評価:★★★★★
どの話を読んでも、どこでもドアを開けて後ろ手で閉めたとたんに鍵を掛けられたような気持ちになる。あっという間に異世界に連れていかれて、閉じ込められるのだ。
この短編集の表題作の舞台は、バスの車内。バスジャックがブームになっているという突拍子もない設定に、あ然としてしまう。どこか楽しんでいるような乗客の雰囲気が、一瞬、不謹慎に思えたが、そんな気持ちも話の面白さにかき消されてしまった。
「動物園」もまたバスジャック以上にありえない話だ。空っぽの檻に、さも動物がいるかのように見せかけるだなんて、「そんなアホな!」である。しかし、いつの間にか、ヒノヤマホウオウってどんな生き物なのだろう?と真剣に想像してしまった。この吸引力は、もはや洗脳に近い。いったんハマったら後戻りは不可能だ。そういえば、この感覚、誰かに似ていると思ったら、そうだ、村上春樹である。だけど、オチがストンと決まっているところは著者独自の特長なのかもしれない。一話ごとに「お後がよろしいようで」と、つぶやきたくなった。
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ハートブレイク・レストラン
【光文社】
松尾由美
定価1,575円(税込)
2005/11
ISBN-4334924786
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評価:★★★★
謎解きは、意外な人物がやってのけるほど難易度が高く見える。この物語で活躍するのは、お婆ちゃん。その上、幽霊というハンデ付きだから、存在がすでに離れ業なのだ。
技あり!と思ったのは、推理よりもその設定。幽霊お婆ちゃんと、フリーライターの真以がすんなり出会えるように仕組まれている。お婆ちゃんが出没する場所は、老舗の料亭じゃなくてファミレスだし、彼女の姿は、幸せな人じゃなくて幸薄い人にしか見えない。
こうして近づいたふたりの女がこっそりしゃべっていると、ファミレスの椅子も、まるで縁側のようだ。しかも、お婆ちゃんに持ちかけられる謎は、あきれるくらいのんきである。
そういえばお婆ちゃんの「お正月のくわいのような」髪型って、キューピー人形みたいなのだろうか?なんとなくキューピッドをイメージしてしまった。
せっかく帯に恋愛ミステリーとあるので、しわくちゃのキューピッドが、もっと恋の話に首を突っ込んでもよかったのかなと思う。そして、主人公・真以の恋について熱く語り合ってほしかった。愛情にあふれたホットな縁側、いやファミレスの椅子で!
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宇宙舟歌
【国書刊行会】
R.A. ラファティ
定価2,205円(税込)
2005/10
ISBN-4336045704
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評価:★★★
この作品を読むときに必要なのは、こっちもバカ騒ぎしてやろうと開き直る気持ちだと思う。例えていうなら、酔っぱらった人の話に、シラフではついていけないということだ。
舞台は未来の宇宙。帯には宇宙版『オデュッセイア』とある。ロードストラム船長率いる仲間たちがヘンテコな世界を旅するのだが、快楽がはびこる世界で、ダメダメにされそうになったり、巨人が戦い続ける世界で、致命傷を負わされそうになったりと、展開の予測は不可能だ。解説で、どのあたりがパロディなのか示してくれているのだが、それでもやっぱり私の頭は、バカ騒ぎできたりシラフになったりの繰り返しだった。
そんな中、アイアイエの星でのエピソードには、没頭してしまった。ロードストラムたちは、魔女のアイアイエによって、ペット動物に変えられてしまうのだが、注目すべきはその危機の脱し方。魔女の哲学をぶっこわすという精神的な攻撃が、野蛮でもあり高等でもあるように感じた。観念と観念のぶつかり合いは、物質的戦闘シーンよりもすさまじい。
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獣と肉
【早川書房】
イアン・ランキン
定価2,100円(税込)
2005/11
ISBN-4152086831
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評価:★★★
ミステリの中に社会問題が透けて見えたというよりは、社会問題の中にうっすらミステリが見えたという方が近い。
浅黒い肌をした男が刺殺された事件と、パブの地下で人の白骨が発見された事件、そして、強姦された後に自殺した女性の妹の失踪が、ほぼ同時に発覚する。一見、何のつながりもない3つの事件の、あっと驚くようなつながりを期待していたけれど、うなるほどの衝撃はなかった。しかし、その一方で、難民に対する永住許可の少なさがもたらすイギリス社会の歪みを知るのだ。
この物語の象徴的存在は、「ホワイトマイアー」という難民収容施設である。この施設のおかげで警備員などの職にありつける人々がいる反面、自殺する収容難民がいるというのがやるせない。相反する利害が生み出す社会構造の実体を、目撃してしまった気分だ。
怯えて暮らしている難民は多くを語らないが、彼らに対するリーバス刑事の人間味のある態度に救われた。俺が関わった人は、悲しい目に遭わせないとでも言いたげな振る舞いなのだ。この男、ちょっと渋い。
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