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勝手に目利き
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細野 淳の<<書評>>


きいろいゾウ
きいろいゾウ
西加奈子
【小学館】
定価1575円(税込)
2006年2月
ISBN-4093861625
評価:★★★★

 前作の「さくら」では、主人公の家族が飼っている犬が、当たり前のように人の言葉を使っていた。今回の作品でもそのような作者の世界観は生きている。夫と共に田舎に移住してきた人物であるツマは、田舎の自然にすっかり溶け込み、庭に生えている木や、時折出没する野良犬と話をする。ただし夫であるムコは、そのようなツマの行動を上手く受け止めることができないでいる。妻であるツマもまた、夫のことを完全には理解できずにいて、寂しい思いをする…。そんな夫婦の間に横たわる微妙な隔たりを、乗り越えて行くこと。これが物語の、メインのテーマなのではないのかと感じた。
 テーマ自体は深いものなのかも知れないけれども、文章は軽やかでなかなか面白い。夫婦そろっての会話は大阪弁丸出し。けれども全然読み辛くない。いや、それどころか、標準語の会話よりも、かえって読みやすいのかもしれないのではないか、と思ってしまう。そんな会話を作れるのも、作者が言葉のリズム・テンポについての優れた感覚の持ち主だからだろう。

雪屋のロッスさん

雪屋のロッスさん
 いしいしんじ
【メディアファクトリー】
定価1165円(税込)
2006年2月
ISBN-4840114935

評価:★★★

 本書に出てくる職業は実に多種多様。サラリーマン・床屋・コックなど普通に見かける職業から、雪屋・似顔絵描き・玩具作りといった、何ともロマン溢れることを仕事にしている人たち、はたまたポリバケツ・しょうろ豚・犬散歩とちょっと謎なものまで、いろいろとある。短い話が三十話収められていて、微笑ましかったり、ちょっと悲しかったりと、物語の内容も様々だ。
 個人的に良かった作品を二つ。「大泥棒の前田さん」は、盗みの天才の前田さんが、意外にも粋で優しいところを見せる姿が魅力的。「見張り番のミトゥ」では、臆病者のミトゥが、自分の弱さのために起きてしまった悲劇を乗り越えて、強くなっていく姿に心打たれる。
 登場人物は皆、自分の職業に一途で誇りを持ち、それでもって人間的な優しさをもっている人たち。胸の奥がそっと暖かくなるような気持ちになりながら、ページをめくることができる作品。

安徳天皇漂海記

安徳天皇漂海記
宇月原晴明
【中央公論新社】
定価1995円(税込)
2006年2月
ISBN-4120037053

評価:★★★★★

 text壇ノ浦の合戦で、入水自殺した安徳天皇。その天皇が、実際には神器によって守られ、生きていたというのが物語の設定。ただし、生きているとは言っても、実際には話すこともできずに、ただ不思議な玉にくるまれてじっとしているだけ。人々が見る夢を通じて、何かを訴えてくることぐらいしかできないでいるのだ。
 第一部では源家最後の将軍となってしまった源実朝、第二部では宋代最後の皇帝が、安徳天皇との出会いを果たす。この三人、皆歴史に翻弄され、悲劇的な最後を遂げている人物たち。そんな者同士だからこそ、通じ合うものがあるということ。スケールの大きな作品だが、そこに漂う物悲しさも、また大きい。
 「祇園精舎の鐘の音 諸行無常の響あり…」本書でも何回も引用されている、平家物語の出だし部分。この唄の味わいがまさにピタリとはまる作品。そんな物語を、本物の歴史の中から上手く紡ぎ出した、作者の構想力。想像力に感服。

忘れないと誓ったぼくがいた

忘れないと誓ったぼくがいた
平山瑞穂
【新潮社】
定価1470円(税込)
2006年2月
ISBN-4104722022

評価:★★★

 メガネショップで出会った彼女に一目ぼれし、一途な思いを抱き続けている高校生が主人公。もっとも、恋愛に一途な高校生なら、今でもたくさんいるのだろう。でも、主人公は他の人よりずっと、彼女のことを考え続けなければならない立場にいるのだ。
 その理由が、彼女が徐々にこの世界からいなくなっていき、みんなの記憶からも薄れていってしまうからということ。障害が多ければ恋愛も盛り上がるというけれど、この主人公もまさにそう。何せ、主人公の記憶からも、彼女はだんだんと薄れていってしまうのだから。
 受験を控えた大事な時期でありながらも、主人公はひたすら彼女の記録をとり続け、また彼女に電話をし続け、何とか彼女を忘れまいと努力する姿が涙ぐましい。恋愛に夢中になりたい高校生には、お勧めできる本だ。


沖で待つ

沖で待つ
絲山秋子
【文藝春秋】
定価1000円(税込)
2006年2月
ISBN-4163248501

評価:★★★★★

 表題作の「沖で待つ」は、単なるサラリーマン小説としては片付けられない、妙な感覚を抱いてしまうものだった。もちろん、作者が元会社員ということもあり、作品にリアリティーがあるのは当然のことだ。そんな仕事の世界というものに、「人間の死」という人間的・文学的なテーマを巧みに取り入れていること。それこそがこの作品の最大の魅力であるような気がする。
 この作品で、一番印象的だったのは、パソコンのハードディスクを主人公が傷つける場面。コンピューターの世界って、何だか「物体」というものがまるで無いように思われるけれど、実際にそれを支えているのはハードディスクという「物体」そのもの。そんな「物体」を傷つけることによって得られる、死の感触。その部分の描写が、妙に生々しかったのが印象的だった。
 現在の会社や仕事の世界にも、人間的な感情が入り込む余地は、もちろん沢山ある。でも、それって一体どういう意義があるのだろうか? ともかく色々と考えさせられる作品だ。

包帯クラブ

包帯クラブ
天童荒太
【ちくまプリマー新書】
定価798円(税込)
2006年2月
ISBN-4480687319

評価:★★★★

 心の傷に包帯を巻く。それが包帯クラブの活動。ただし、心の傷というものは目に見えるものではない。だから実際には、その人が心に傷を負った場所に包帯を巻く、という代替的な作業を通じて癒してあげること、これが活動の中心となるわけだ。
 何だか偽善的で、こいつらは皆心理カウンセラーにでもなったつもりなのか、と思う人もいるかも知れない。でも、あくまで友人同士が集まって、勝手に作ったクラブ活動でのこと。子供の頃って、仲いい人と一緒に意味の分からないことをしたがっていたりするもの。秘密基地を作って遊んだり、仲間内でしか分からない言葉を使って楽しんでいたり…。そういえば、この「包帯クラブ」のもととなった組織も、あちこちの方言を仲間内で話して楽しむ「方言クラブ」というものだ。
 そんな、仲のいい友達が勝手に作ったクラブの楽しさ・醍醐味と、心の傷を癒すという行為。この二つが上手く結びついて、不思議な魅力を放つ作品だ。「包帯なんかで、人の心が癒せるはずが無いだろう」などというようなシニカルな目で片付けてしまうのではなく、じっくりと味わい、共感しながら読んで欲しい。

デス博士の島その他の物語

デス博士の島その他の物語
ジーン・ウルフ
【国書刊行会】
定価2520円(税込)
2006年2月
ISBN-4336047367

評価:★★★★★

 読み込めば読み込むほど、新たな魅力がどんどんと見つかってゆくのだろう。ベストセラーになるような書籍とは違うけれども、本とじっくりと向き合いたい人には是非ともお薦めしたい一冊。
 とはいえ自分も、まだこの本の魅力を、完全にはつかめず仕舞だ。次々と変わる場面、いきなりドーンと出てくる、ぶっ飛ぶような設定に、完全には入り込めなかったことが悔やまれる。その分、二度・三度の再読をしよう、とする気が心の底から湧いてくるのだけれども。
 比較的入り込め易かったのは、表題作の「デス博士の島その他の物語」「アメリカの七夜」の二つの作品。とりあえず、作者の世界を覗き込んでみたいという人は、これらから読み始めてみるのが良いのだと思う。本書の最後に収められている「眼閃の奇蹟」は、はっきり言って難関。消化不良のまま読み終えてしまったのが残念だ。

ムンクを追え!

ムンクを追え!
エドワード・ドルニック
【光文社】
定価1785円(税込)
2006年1月
ISBN-4334961878

評価:★★★★

 1994年、リレハンメルオリンピックの先日にムンクが盗まれた。……何となくではあるけれども、そのような出来事があったことを覚えている。名画にはそれほど詳しくないけれど、ムンクの「叫び」くらいはさすがに自分でも知っている。そんな絵画を取り戻すために活躍した、チャーリー・ヒルという人物にスポットを当てているのが本書。
 この人、ムンクの「叫び」だけではなく、フェメール「手紙を書く女」を始めとした、数々の美術品の回収に成功した、言わば盗難美術回収のプロ。そんな人物が、本当にいるのか、と感心し、同時に憧れてしまう。盗難美術を回収する手段もスゴイ。大金持ちの美術商に成りすますなどして、巧みに犯罪集団のネットワークに溶け込み、美術品ありかを掴んでしまうのだ。
 こんな本を読んでいると、こちらまで何だかワクワクしてしまう。冒険心を味わいたい人には、是非ともお薦めしたい一冊。

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