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WEB本の雑誌今月の新刊採点【文庫本班】2007年3月の課題図書 文庫本班

宙の家
宙の家
大島真寿美 (著)
【角川文庫】
税込500円
2006年12月
ISBN-9784043808021
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  荒又 望
 
評価:★★★★☆
眠ってばかりいる高校生の雛子を主人公とする、家族の物語。
詩的なタイトルは、マンションの11階にある雛子の住み処を表したもの。空の家、ではなく、宙の家。そらのいえ、ではなく、ソラノイエ。「宙」という字を当ててカタカナを振ると、11階という実際の高さ以上に、とてもとても高い位置にあるように思えてくる。
カタカナといえば、本文中のルビがすべてカタカナになっているのが大きな特徴。描かれているのはどこにでもあるような家族だけど、このタイトルとカタカナ表記のおかげで、ちょっと別世界の話を読んでいるような、ふわふわとした不思議な感覚を味わえる。
「きらりと冷たい風」、「透明な眠り」、「心の指の先っぽがしくしく疼く」など、独特な言葉の組み合わせが随所に見られる。言葉や文字に対する繊細なこだわりが感じられて、「あ、良いな」と思う表現を見つけるのを楽しみながら読んだ。
悩みを抱えた家族ではあるけれど、全体的にやわらかく淡く描かれている。登場人物たちが新しい一歩をそっと踏み出す形で終わるので、ちょっと疲れ気味のときに読むと、ほどよく気持ちを上に向けてくれそう。

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  鈴木 直枝
 
評価:★★★☆☆
 10代は未熟だ。最近、耳にしたその言葉のショックに未だ立ち直れずにいる。読みながら空を仰ぐように上を見るポーズを幾度もとってしまった。同居する祖母に痴呆の症状が現れる。自宅はマンション11階。弟の友人の兄は祖父の死後、口をきかない。親の会社を手伝っていても裕福な家庭でも、本当は映画を撮りたかった…。断ち切れない思いをどうしよう。密かに撮り貯めた映像。そこに映っているのは「空」。高校生や小学生が出会うのは人生初めての事が多い。人の死も受験勉強も「ごめん」の一言の言い出し方も。他者との距離のとり方や気持ちの切り替えの手際よさややりきれない日常との向かい合いを時間と経験と失敗を重ねて体得していくいく…それが10代だろう。大人の持つ「大変」を子どもに八つ当たりする前に、大人は空を見上げる時間すら「もったいない」と奔走するわが身を振り返りたい。冒頭の雪のある暮らしの描き方が上手すぎる。憧憬や想像ではなく生活者としての雪。慌てて著者の出生を確認したら愛知だった。ちょっとがっかり。

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  藤田 佐緒里
 
評価:★★★★★
 大島真寿美さん大好き!!「それだよそれ!あたしが言いたかったのは!」というようなことをすごくうまく書いてくれる。彼女の世界の描き方は、美しいんだけどとても現実的で、なんと言うのか、写実的な理想主義というか、嘘くさくない桃源郷というかんじで、そのバランス感覚がとてもいいなぁと思う。
 主人公は高層マンションの11階に住む女子高生。一言で言ってしまえば現代的というような、危うさとアンバランスさを孕んだ一家が宙空の一室で暮らす様子が描かれた家族小説です。全体的にとてもあっさりしているのに、精神的にズッシリくるので要注意。とっても薄い本だが、心して読むべし。
 私はとくに主人公の弟のキャラクターを絶賛したい!私にも弟がいるから、これはちょっともう痛いところをつかれたぞ、と。弟とちょっとゆっくり話がしたくなりました。
 大島さんは今年とても(私が勝手に)注目している作家さんの一人でもあるので★五つ!

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  藤田 万弓
 
評価:★★☆☆☆
 私の友人はマンションの22階に住んでいる。お金を払わずに夜景が見れていいね、となんの気なしに言うと、友人は浮かない顔で返答した。
「地に足が着いてない感じがして、精神不安定になるんだよね」
 見える景色が常に空、というのは宙に浮いているのと変わらない気がした。そうか、『宙の家』ってそういうことね、と納得。
 主人公の雛子は11階に住んでいる。彼女の不安定な様子と母親のヒステリックな様子は部屋によるものかもしれない。
続編『空気』では不安定が無気力へ発展する。『宙の家』で「雛子には雛子のこともわからないのだ。志望校の空欄。あれがいっぱいある。空欄だらけ」と雛子は自己分析する。
前に進もうと押しやるエネルギーがそがれる寸前の心境なのかもしれない。
 ボケてしまい記憶の中に迷いこんでいく萩乃と、空白の未来を泳ぎきれないでいる雛子の対比。
死という最終地点を前に横たわる膨大な時間は、この小説の空気そのものだろう。
 サラリーマンが無気力そうに見えるのも、高層ビルで仕事をしているからなのかもしれないと思った。  

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  松岡 恒太郎
 
評価:★★★☆☆
 耳を澄ませば聴こえてくるのは、お茶をすする音、咳払い、寝息、キーボードを叩く音、それから沸騰したお湯がヤカンの蓋をカタカタ揺らす音。不思議と小説の中からもれてくる気がするんですよね、上手いです。
空へと伸びたマンションの十一階、その一室で繰り広げられるのは、女子高生雛子と小学生の弟真人、祖母萩乃そして母圭以子の日常。
時折コチラ側との交信を遮断してしまうようになった祖母萩乃。困惑する母圭以子。冷静に祖母と対峙する弟真人。やや無気力な主人公雛子。そんな噛み合わない家族の不協和音もオマケで聴こえてきます。
 続編として書かれた後半の『空気』は、個人的には蛇足という気がしてならない。
登場人物達のダメなところばかりが矢鱈と目について、ついつい「チョットいいから君たちとりあえずここに来て座りなさい!」と、思わず説教を始めたくなってきます。ほんとにもう、困ったもんです。

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  三浦 英崇
 
評価:★★★★☆
 好きで入った訳でもない、滑り止めの大学に通うことの意味が見い出せず、図書館でうたた寝する日々を過ごしていたことがあります。

 当時の俺は、頭でっかちの人間のクズに過ぎなかった訳ですが、心の在り様に関して言えば、この作品のヒロイン・雛子によく似てまして。一緒にするな、と彼女には怒られそうですが。

 実際、分からなくなっちゃった時には、ほんとに何もかも分からなくなっちゃうよね。それまでごく当たり前のようにできていたことが、全然できなくなって「あれ?あれ?」と、戸惑いつつ、次第に、生きてるんだか死んでるんだか分からなくなって……と、雛子に友達口調で話している自分に気付きました。

 今の俺は、もうたぶん二度と、そんな事態になることは無さそうです。あれから二十年近く時を重ね、心に殻をびっしり付けてしまっただけなんだけど。

 俺にとっては、忘れ去ったはずの心のかさぶたを、はがして痛みを確認するような作品でした。  

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  横山 直子
 
評価:★★★★★
 まるで魔法にかけられたように、この本を読んでいる最中、眠くて眠くてたまらなかった。
こんなんでいいのだろうか…と思いつつ、うつらうつら読み進んで、そして小説の最後の最後でパチンと目が覚めた。

高校生の雛子はマンションの11階に住んでいる。
そして学校にいるときはいつも「一刻も早く家に帰って眠りたい」と思っている。
そうして寝ても寝ても寝たりないような…そんな気持ちを持ちながら生活をしている。
父は九州に単身赴任で、母、小学生の弟、そして父の母である祖母との四人暮らし。
そんな1105の住人達はそれぞれに領分をキチンと守りながら暮らしていた。
が、ある時から祖母の様子がおかしくなってくる…。かなり深刻な話ではある。
雛子は現実からほんの少しだけのがれたくて、動物の保護本能みたいに眠くなってしまうのかもしれない。
うまくは説明できないが、「宙の家」と続編の「空気」共に、読んでいてとても気持ちが良かった。
ベランダに出て空を見るシーンが特にいい。
「空は乾いて晴れ渡っていた。無限の青を見る。深い深い青を見る。空を見る。空にのぼる空気を見る。飛行機。」

この本を読んでから、確実に空を見る時間が増えたような気がしている。  

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