年別
月別
勝手に目利き
単行本班
文庫本班
WEB本の雑誌今月の新刊採点【文庫班】2007年3月のランキング 文庫本班

鈴木 直枝

鈴木 直枝の<<書評>>

※サムネイルをクリックすると該当書評に飛びます >>課題図書一覧
左腕の猫 送り火 金門島流離譚 アクセス ジャージの二人 宙の家 吉田電車 わたしは驢馬に乗って下着をうりにゆきたい 市民ヴィンス 我らが影歩みし所(上・下)

左腕の猫
左腕の猫
藤田宜永 (著)
【文春文庫】
税込590円
2007年1月
ISBN-9784167606077

 
評価:★☆☆☆☆
 アレルギー体質なこともあってペットと言えば金魚程度の付合いしかない。そのせいか動物を題材にした本も何となく避ける傾向にあった。が、考えて見れば同じ敷地に居を持つ者同士。しゃかりきな面もだらしなさも家族以上の「素」を見て見られている間柄なのだ。何を語るでも演出するわけでもない猫に物語の鍵を握られている。金魚には出来ない芸当だ。
 6篇の主人公は一環して男性。それもちょっと人生の最期を意識するような。少し寂しい。それに反して女性軍の快活なこと勇壮なこと元気なこと。離婚も決別もパン屑を払うようにやってのける。猫はそれを見ている。男の悔しみも女の笑みも。「好きなように生きる」それは今、女性の代名詞なのだろう。
 会話も地の文も淀みなく流れ、素直に淡々と読み進められた。文章の上手さが逆に、突っかかることなく読ませてしまい「あれ、なんだっけ?」と思わせてしまった。 ★一つの評価は好みの問題。私はやはり男性に強くあって欲しいから。

▲TOPへ戻る


送り火
送り火
重松清 (著)
【文春文庫】
税込630円
2007年1月
ISBN-9784167669041

 
評価:★★★☆☆
 重松清は絶対値の高い作家だ。絶対良書。絶対感動。絶対感涙。特別でない日常の切り取り方が見事だ。同じ風景を生きているはずなのに彼だけに見える瞬間があり、彼だけが感じる心の揺れがあるらしい。だから「泣かせるなよ、この野郎」と思いながら、また手にしてしまうのだ。
 9つの短編のそこここにうつむく私が、立ち往生する私がいる。リストラや幼子の急逝や自殺願望。その当事者でなくとも、そこに到る心の軌跡にもう一人の自分がいる。
 天の巡り合せだろうか。テレビ番組内容捏造問題、電車ホームでの転落事故と居合せた職務を全うしようとする男性の話など、直近の事件事故が題材となった話もある。
「やめてくださいよ。そんなこと言われちゃったらこっちは生きてるひとがみんなうらやましいんですから」
 そう言われたら、生きるしかないよね。今を生きるしかない。 

▲TOPへ戻る


金門島流離譚
金門島流離譚
船戸与一 (著)
【新潮文庫】
税込700円
2007年2月
ISBN-9784101343198

 
評価:★★★★☆
 なんという幕切れなんだ。切ない。やりきれない。荒涼感が漂う。金門島。中国福建省アモイ東方海上にある131平方キロメートルほどの島。複雑な歴史背景が、国家に属さないという島を作り上げてしまった。かつての激戦地で人は人としての温情も確かな判断も失ってしまったのだろうか。そんな戯言は綺麗ごととして一笑されてしまう島なのか。
 元商社員の藤堂は密貿易をしこの島で生きている。名ばかりの家族は日本に残し、カネ、金、MONEY。小さな島で強欲が錯綜し、人はお金の前に「モノ」になってしまう。嗚呼、嫌だ。理解できない。と放ちつつ読む手が止まらない。漢字名が多く対人関係を整理するためメモを用意してしまったが、そうまでしてもやはり読んでよかったと思う。
 タイトルとは別の「瑞芳霧雨情話」も哀しい。その切なさがひりひり痛い。

▲TOPへ戻る


アクセス
アクセス
誉田哲也 (著)
【新潮文庫】
税込660円
2007年2月
ISBN-9784101308715

 
評価:★★☆☆☆
 どこまでが現実でどこからが空想の世界なのか。楽しいはずの学園物語が、気がつけば墓やら死という文字から逃れようと画策していた。「携帯代が無料!?」始まりは誰もが飛びつきそうな話題。けれど、友達を勧誘する毎に増える死者。これは偶然じゃない。これはそこにいない何者かが働いている…。
 今やネットは常識以前。それなくしては生活が成り立たない人も多い。現にこの原稿依頼先の「本の雑誌社」とは会ったこともお喋りしたこともない。誰を信じ、何を守るか、クリック一つの決断にそこまで神経を集中させている人がどれだけいるだろう。怖いものみたさ、好奇心、友達と一緒という仲間意識。人がひとつ扉の向こうに行くことはいとも簡単にできる、それが今。そしてそこから抜け出そうとする時必要とされるものは、ネットでは買えない。ダウンロードできない。本当に必要なものは…。それは至極困難を極めるけれど出来ないことじゃない。 
「デスノート」や「バトル・ロワイアル」が好きな中高生には、より楽しめる1冊だろう。 

▲TOPへ戻る


ジャージの二人
ジャージの二人
長嶋有 (著)
【集英社文庫】
税込450円
2007年1月
ISBN-9784087461183


 
評価:★★☆☆☆
 好き嫌いの分かれるタイプの本かもしれない。
 主人公は勤続5年で退職。妻は浮気中。再婚した父夫婦は不仲。その娘は人混み嫌いの映画好き。そんな彼等が入れ替わり立ち代り北軽井沢の山荘で過ごす夏の物語だ。主人公は一応小説家を目指してはいるが、願ったから叶うという職業ではない。せめてもと薪割りに精を出してみたり、妻の提示する「ジコジツゲン」に悩んでみたり。設定が愉快だ。世間を震撼とさせる事件は何も起こっていないのだが、蝉の鳴き声が変わるように少しずついろいろ変わっていく。見失いかけていた自分の軸。わかりかけてきた自分なりの時間の進ませ方。だからもう家に帰る。山荘という仮住まいでなく自分の家に。「あり」なんだろうな、と思う。もういろんなことが。だから優しくなれる。家族に他人に街角に。そんな本だ。ガシガシと猪突猛進している人には馴染めないかもしれないが、少し肩の荷をおろしたい気分の時に適書だろう。
 解説は柴崎友香。彼女の描く日常風景が好きな人には「アタリ」の1冊だと思う。 

▲TOPへ戻る


宙の家
宙の家
大島真寿美 (著)
【角川文庫】
税込500円
2006年12月
ISBN-9784043808021

 
評価:★★★☆☆
 10代は未熟だ。最近、耳にしたその言葉のショックに未だ立ち直れずにいる。読みながら空を仰ぐように上を見るポーズを幾度もとってしまった。同居する祖母に痴呆の症状が現れる。自宅はマンション11階。弟の友人の兄は祖父の死後、口をきかない。親の会社を手伝っていても裕福な家庭でも、本当は映画を撮りたかった…。断ち切れない思いをどうしよう。密かに撮り貯めた映像。そこに映っているのは「空」。高校生や小学生が出会うのは人生初めての事が多い。人の死も受験勉強も「ごめん」の一言の言い出し方も。他者との距離のとり方や気持ちの切り替えの手際よさややりきれない日常との向かい合いを時間と経験と失敗を重ねて体得していくいく…それが10代だろう。大人の持つ「大変」を子どもに八つ当たりする前に、大人は空を見上げる時間すら「もったいない」と奔走するわが身を振り返りたい。冒頭の雪のある暮らしの描き方が上手すぎる。憧憬や想像ではなく生活者としての雪。慌てて著者の出生を確認したら愛知だった。ちょっとがっかり。

▲TOPへ戻る


吉田電車
吉田電車
吉田戦車 (著)
【講談社文庫】
税込540円
2007年1月
ISBN-9784062756310

 
評価:★★★★☆
 たまらない、この脱力感。初めての吉田戦車の本に、これまでの人生に落し物をしてきたような気になった。電車に乗って何処かへ出かけ好きな飯を食らう。それが好物の麺類なら尚良し。旅の目的などかなり適当。「神社といえば伊勢でしょう」のノリで出かけた伊勢うどん。ふと思いついた厄払いを口実にした佐野厄除大師と珍味ラーメン。たったそれだけのエッセイがいちいち愉快。元気をもらった。今の私が抱える悩み事など400円の伊勢うどんで帳消しだろう。こんな著者吉田戦車の出身は岩手県。同郷である。「病的なまでに波風立てずに生きていきたい」というのは、県民性をずばりいい当てて妙である。その生き方を全うするためのエピソードのあれこれが又面白い。重松清とは別の意味で「見ている瞬間」「感じる心」が豊かな人、なんだと思う。

▲TOPへ戻る


わたしは驢馬に乗って下着をうりにゆきたい
わたしは驢馬に乗って下着をうりにゆきたい
鴨居羊子 (著)
【ちくま文庫 】
税込861円
2007年1月
ISBN-9784480422972

 
評価:★★☆☆☆
 昭和20年代、女版俺様物語だ。
 娘の結婚しか頭にない母親、芦田首相を取材する夕刊紙記者という安定職を捨ててまで成し遂げたかった夢って?月給1万7千円の時代に1万円もするペチコートなどの下着製造販売をし、商売の勝利者に登らんとする一人の女性・鴨居羊子の自伝である。
 我が強くてがむしゃらで自分好き。友達としてはご遠慮願いたいが、経営者の才覚は優れていたに違いない。幾度となく襲う窮地を「な、みんながんばろうな」と姉御口調で語る友、「アッというヤツをやっとくんなはれ」と値段度外視で商談にのる取引先。鴨居の気持ちの強さに人が惹きつけられ、個が社にそして石津謙介・宇野千代の仕事をするまでのなる。これでもかこれでもか。現状に満足せず自分の人生を生ききったと言えるが、後半、時代の先駆者ゆえに持つ「孤」と対峙して生きるのは致しかたないことなのだろうか。 
「わたしはただ、自分の身にまとうマンネリがこわいのよ」これが彼女の根底だろう。これ以上に鴨居を体現した言葉はないだろう。

▲TOPへ戻る


市民ヴィンス
市民ヴィンス
ジェス・ウォルター (著)
【ハヤカワ・ミステリ文庫 】
税込882円
2006年12月
ISBN-9784151766510


 
評価:★★★☆☆
 2度読みすることをお薦めしたい本だ。「証人保護プログラム」。アメリカのこのシステムへの理解が一度目にはやや不足していた。だって、あり得ないでしょう?人が過去を捨てて人生を生き直すなんて。名前を変え住所を変え新しい自分を生きるなんて、という先入観を捨てることが第1回目。
 そうすると見えてくる。キャラクター豊かな市井の奴らが。アメリカでドーナツ作りに精を出す男、ニューヨーク刑事のダメダメぶり、やはり人生をやり直そうと努力する娼婦。
 人生は1度しかない。わかっていても人は失敗をし安楽な手招きに誘われてしまう。失うことでわかる本当の幸せ。望んだ生活。あたり前の権利。
 カーターとレーガンの選挙直前の1980年の秋の7日間。場面転換が多く、現状把握に苦労したのは、私の翻訳物に対する苦手意識だろうか。何れにせよ2度読んで更に面白い本だ。 

▲TOPへ戻る


我らが影歩みし所(上・下)
我らが影歩みし所(上・下)
ケヴィン・ギルフォイル (著)
【扶桑社ミステリー】
税込940円
2006年12月
ISBN-9784594052966
ISBN-9784594052973
商品を購入する
 >> Amazon.co.jp
 >> 本やタウン
商品を購入する
 >> Amazon.co.jp
 >> 本やタウン

 
評価:★★☆☆☆
 人の欲望はいつになったら尽きるのだろう。「もっと上より多く」これ以上の何かを望み過ぎた果て…おそらくそう遠くない明日にでも起こりうるかもしれぬ。テーマはクローン。愛娘を絞殺された医師がその犯人を突き止めるため、施した手段は自らのクローン技術を駆使し再生させること。無いものを意図的に人工的に作る。ある日、自分に酷似した誰かに遭遇する怖さを想像出来るだろうか。自然界のルールに反した行為の報復は幾人もの人生を狂わせて行く…。子どもの成長年齢に合わせた章の構成が、文庫本2冊の長さを感じさせない。リズムある会話、自然な訳が翻訳独特の疲労を感じさせない。後半の急転直下の展開に思う。人間よ驕るなかれ。 

▲TOPへ戻る


WEB本の雑誌今月の新刊採点【文庫班】2007年3月のランキング 文庫本班

| 当サイトについて | プライバシーポリシー | 著作権 | お問い合せ |

Copyright(C) 本の雑誌/博報堂 All Rights Reserved