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WEB本の雑誌今月の新刊採点【単行本班】2007年3月のランキング>神田 宏

神田 宏の<<書評>>
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夢を与える でかい月だな フィッシュストーリー 最愛 少年検閲官 クジラの彼 ねにもつタイプ 文学刑事サーズデイ・ネクスト 3(上・下) アナンシの血脈(上・下) 殺人作家同盟


夢を与える
夢を与える
綿矢 りさ(著)
【河出書房新社】
定価1365円(税込)
2007年2月
ISBN-9784309018041

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評価:★★
 「史上最年少芥川賞受賞女性作家」に書かれるべく、ないしは書くべく期待された作品に、著者は素直に回答したのだろう。メディアの中で注目され、やがて墜落してゆく一人の少女の物語。どうしても著者の姿とダブってしまう。それは緻密なマーケティングの結果なのだろうか? 墜落の背景にあるのは悪意に満ちた欲望だけではあるまい、むしろそれは成功を羨望の眼差しで期待しながらも、失墜を望む嫉妬の薄暗い力であろう。そのことを著者が意識しなかった筈はあるまい。その力に抗することなく身をゆだねたこの作品は、期待されたことを描ききること、そのスマートな証明にはなるのかもしれない。しかし、なお、そこから飛躍する力を、著者ははたして持ちえるのか?「あなた方が望んでいるのはこれでしょう?」と嘲笑するかのような眼差しは無く、真摯さと不器用なまでの真面目さのみが伝わってくる。そして、それは自分の生活をスキャンダラスに彩ることで、延命を図ったかつての私小説作家たちの、暗い眼差しを思い起こさせるのだ。まだ、実生活の身売りは救われる。しかし、此処には欲望にもまれ、擦り切れた観念の亡骸のようなものがあるようで怖い。売り出されたそれを買い戻すのか、無くても大丈夫と嘯くのか? 作者と作品の距離を考える上で示唆に富んだ作品ではある。

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でかい月だな
でかい月だな
水森 サトリ(著)
【集英社】
定価1470円(税込)
200年1月
ISBN-9784087748444
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評価:★★★★
 満月の夜。ガードレールに座る「ぼく」は友人の「綾瀬涼平」に崖下に蹴落とされてしまう。足に大怪我を負い大好きだったバスケットも出来なくなってしまう。両親は「綾瀬」を恨み、「ぼく」は何故「綾瀬」がそんなことをしたのか理解できずに、かといって「綾瀬」を恨むことも出来ない。そんな「ぼく」にやがて、空を泳ぐ魚の群れが見えて、殺伐とした教室が、「やさしさブーム」に包まれたり、インチキ錬金術師を自称する「中川」や謎の「邪眼」を持つ「横山かごめ」と出逢うことで、少しずつ世界が変質してゆく。「まっとう」な「大人」たちにとっては「綾瀬」は殺人者で、「ぼく」は可愛そうな「被害者」であり続ける。そんな「まっとう」な世界が鬱陶しくて仕方なくなった「ぼく」は児童自立支援施設を出て、親類の元にいるという「綾瀬」に逢いに行く決心をする。
 ラストの爽快なカタルシス。青春の若々しい悩み。そして「でかい月」に代表される畏怖に比べ「まっとう」なことがなんと卑小瑣末なことか! 秀作青春小説です。

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フィッシュストーリー
フィッシュストーリー
伊坂 幸太郎 (著)
【新潮社】 
定価1470円(税込)
2007年1月
ISBN-9784104596027
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評価:★★★★
 人はそれを「伊坂ワールド」と呼ぶ。作中人物が他の作品にも現れ、個々の作品が微妙にリンクするその仮想世界を。ひょっこり姿を現した人物はまるで通行人エキストラのようだったり、また新しい物語の主人公だったりするが、どうもあまり必然性は無いようだ。それはホント「ひょっこり」といった感じだ。だから物語もオフビートでちょっと気だるい。僕にとってはよく出来たジオラマのような伊坂作品。精緻な地方都市の中を人々が行き交う。少し不思議なのは泥棒家業の人が多いこと。でもそれも眼を凝らしてはじめて分かることで、遠くから眺めると幸せそうな地方都市だ。そんな、ジオラマに展開される4つの物語。眼を凝らしてごらん。隅の動物園で侃々諤々とどーでもいいような物語が始まっている。シンリンオオカミの檻の前に寝そべる「永沢さん」は「動物園のエンジン」のような人で、彼が動物園の柵から外に出るとまるで「エンジンが切れた」かのように動物たちが静まってしまうのが見えるよ。(『動物園のエンジン』)おっとこっちの野球場ではどっかで見たことある泥棒がもはや過去のヒーローになりかけている野球選手を応援しているぞ。「生きてるの、つらいっす」という彼はやけに真剣に応援しているけど、訳でもあるのかな?(『ポテチ』)「カッキーン」と小さな音がして球場の場外に小さなボールが飛んでゆくのが見えるな。さーて次はどんな場面をジオラマに付け加えてくれるのかな? それまで、壊れないように押入れにでもしまっておくとするか。「パチン。OFF」

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最愛
最愛
真保 裕一(著)
【新潮社】
定価1575円(税込)
2007年1月
ISBN-9784103035510
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評価:★
 18年前に別れた姉との再会は、最悪の形だった。頭部を銃で撃たれ病院に横たわる姉。事件の真相を探るべく、小児科医の弟「押村悟郎」は、事件の前日に姉と結婚したと言う「伊吹」の行方を捜すが。
 ミステリーとしての一定の緊張感は維持されるが、その背後にあるどうしようもない陰鬱な悲惨さは、一昔前の時代錯誤を感じさせる。やがて行き着くその結末も、紋切り型で大仰なタイトルとあいまって、これは本当に新刊本なのだろうかと勘繰ってしまった。ステレオタイプな鋳型から抜け出す力に欠けた一篇である。

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少年検閲官
少年検閲官
北山 猛邦(著)
【東京創元社】
定価1785円(税込)
2007年1月
ISBN-9784488017224
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評価:★
 焚書・発禁の類で書籍が無くなってしまった世界。そこに「検閲官」が現れ、書籍を巡る不可解な事件を解決してゆく。書籍のなくなった町で、呪詛のようにのろわれた頸なし死体と跋扈する「探偵」と呼ばれる謎の存在。その背後には「ガジェット」と呼ばれる「ミステリ」の要素を記憶した媒体の存在があった。
 なんて、あらすじを書くと、失われた物語の渇望と再生の物語と思うでしょうが(、私もそう思った)だんだん怪しくなってきて記録媒体の「紙」と物語の内容が混同され始め、ウーン。最後は、トリックや動機すべてが紙のように薄っぺらく見えて、肩透かしをくらったかのようでした。ちょっとガジェット(道具立て)間違えちゃったのかな?

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クジラの彼(1・2)
クジラの彼
有川 浩(著)
【角川書店】 
定価1470円(税込)
2007年2月
ISBN-9784048737432

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評価:★★★
 著者の過去の作品の登場人物の恋愛を描くサイドストリーを含む6編。それぞれ登場人物は自衛官やその関係者であるところが異色。潜水艦乗りの彼氏とその業務の特殊性から、待つことを強いられる彼女との恋を描く表題作。男顔負けの猛者(?)である女性教官が、同僚の男性隊員に積年の想いを伝えるまでを描く『国防レンアイ』など。イマドキなんだけどちょっと職業が特殊なヒロインたちの恋模様がテンポ良い会話で描かれている。中でも秀作は男社会自衛隊ならではの「トイレ」の問題を皮肉った『ロールアウト』だ。航空設計士の女性が打ち合わせで訪れた基地で、格納庫間を移動するのにトイレを通過することを、当然のように求められ、その違和感から自ら設計する航空機のサニタリー関係の充実に奮闘するといったストーリー。彼女が「男性がオシッコしている後ろを平気で通れる若い女性なんて存在しません」と啖呵を切るところは笑ってしまった。
 でも自衛隊って有事の時には人を殺すのが仕事なんだよな、やっぱり軍隊だし、といった思いがどうしても頭から離れず、その分、平時のお話が虚ろに見えてしまった。

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ねにもつタイプ
ねにもつタイプ
岸本佐知子(著)
【筑摩書房】
定価1575円(税込)
2007年1月
ISBN-9784480814845
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評価:★★★★
 皆さん知ってます? 男女が今まさに接吻するかのような影絵。でもじっと見ていると、影の部分でない地の部分にワイングラスが浮かび上がってきて、男女の絵なのか、ワイングラスなのか、分かんなくなっちゃうあれ? 何か専門的にはゲシュタルトの崩壊なんて呼ぶそうだけど、彼女のエッセイは、まさにゲシュタルトの崩壊が起こってますね。どっちが地でどっちが絵なのか分かんなくなってしまう(翻訳家としての素地だそうさせるのか?)。でもそんなに心配することはありません。可笑しいんです。これが、普段、当たり前と思っていることから、何か意味のないものがぶくぶく溢れてくるんだけど、例えば『マシン』の中で、足踏みミシンを観察する彼女は「サンダーバード」のテーマを頭の中で鳴らしながら本体を引き出すと、おもむろにペダルを踏む。すると「ずだだだだだ……と(中略)それは何か見知らぬ高速列車の疾走する轟音のようで」「私を乗せたまま猛スピードで部屋を飛び出し」たりするのだ。確かにあの重厚なミシン、空飛ぶ列車の機関部に見えなくもない。そこに跨る彼女を想像して欲しい。そしてバックには「サンダーバード」のあの勇壮なテーマが……
 しなやかな想像力と、コトンと音のするようなオチ。日常が、異質な世界となって、それでもなおニヤッと笑わずにはいられないエッセイです。クラフト・エヴィング商會の挿画も素敵で、一家に一冊お勧めです(私なら、トイレに常備する。用を足す間に一篇読める長さだし、ニヤニヤしていても誰も見ていないから)。筑摩書房PR誌「ちくま」に今も連載中!

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文学刑事サーズデイ・ネクスト 3(上・下)
文学刑事サーズデイ・ネクスト 3(上・下)
ジャスパー・フォード(著)
【ヴィレッジブックス】 
定価2730円(税込)
2007年1月
ISBN-9784789730471
ISBN-9784789730488
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評価:★★★★
 この想像力! イマジネーション! 文学作品の背後には、<ブックワールド>があり数多の文学作品が、<ロスト・プロットの泉>で日々創造され、<大図書館>に保管される。その<ロスト・プロットの泉>にキャラクター交換プログラムで送り込まれた「サーズデイ・ネクスト」は「ジュリスフィクション保安員」として文学作品に起こるさまざまなトラブルに対処するうちに、巨大な陰謀に巻き込まれてゆく。「グラマサイト」(文章を破壊する寄生生物)や「ミススペリング・ウィルス」などが跋扈するそこでは、朝食にお目にかかることはなく(文学作品では朝食が重視されることは少ない)、ジェネリックという脇役を任された人々は、決まりきった行動を強いられる。それを、しなやかに時にはプロットの変更さえ厭わず駆け回る「サーズデイ」。そして持ち上がる最新のブック・オペレーティングシステム「ウルトラワード」の重大な欠陥から文学世界を救えるのか? 引用されるさまざまな作品と登場人物。そのオリジナルを知れば物語がもっと面白くなるのだろうと思えた。で、提案。誰か、<ブックワールド>日本版を書いてくれないかな? うけると思うけどな。

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アナンシの血脈(上・下)
アナンシの血脈(上・下)
ニール ゲイマン(著)
【角川書店】
定価1890円(税込)
2006年12月
ISBN-9784047915343
ISBN-9784047915350
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評価:★★★
 父の葬儀で告げられたのは、いる筈の無い兄弟の存在だった。「もしあの子に会いたいんなら、クモにそ言えばいい。」と告げられた「ファット・チャーリー」は情けなさを絵に書いたかの様な優男。そんな彼の前に現れた兄弟こと「スパイダー」は、何と「チャーリー」とは似ても似つかぬいい男。行動派、皆から好かれる「スパイダー」に婚約者の「ロージー」まで寝取られるわ、会社の不正経理の汚名を被せれるわで、「チャーリー」の人生はめちゃくちゃ。「出ていってくれ、ぼくの人生からも、ロージーの人生からも」と泣き付いたのは4人のばあ様達にだった。明かされる父の物語。「アナンシ」は神の名で、父がその「アナンシ」だったと、神話と呪詛的世界が、おかしなユーモアを交えて家族の再生の物語を紡ぎだします。まあ、そこそこ面白いんだけど結局の大団円。どこかで読んだかのような既存の物語の焼き直しに見えなくもなかった。

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殺人作家同盟
殺人作家同盟
ピーター・ラヴゼイ(著)
【早川書房】
定価2310円(税込)
2007年2月
ISBN-9784152087928
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評価:★★★★
 文学愛好家の創作サークルのメンバーが次々に放火され殺害されてゆく。メンバー間に広がる疑心暗鬼。それもそのはず、なんと原題は「ザ・サークル」。サークル内の誰が犯人なのか? そしてその動機は? 古典的プロットに、文学愛好家達の涙ぐましい、でもちょっと微笑ましい、自分が書いたものが本になる悦びが描かれていて、なんとも可笑しいです。かと思うと捜査官の「ヘン・マリン」もミステリ好きだったりする。いよいよ、こいつが怪しいってな具合になると「ディム・アガサはね、物語がけっしてこんなに進行したあとで犯人を登場させるようなことは、けっしてしない人なのよ。」なんて言ってのける。読書好きには一級のミステリだろう。謎解きよりも、サークルの面々の多岐にわたる創作の嗜好が個性的で楽しめます。メンバー内の誰が一番早く自作の出版に漕ぎつけるかも、サブストーリーとして楽しめますよ。そっちのほうが、えっ!ってな感じで面白かったりして。

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WEB本の雑誌今月の新刊採点【単行本班】2007年3月のランキング>神田 宏

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