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5
佐藤 正午(著)
【角川書店】
定価1800円(税込)
2007年1月
ISBN-9784048737258
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン
評価:★★★★★
妻への愛情を失って久しい結婚8年目の男が、バリ島で不思議な能力を持つ女と出会い、妻へのかつての愛の記憶が甦る。この不思議な現象と、妻の浮気相手の小説家をめぐる複数の恋愛を軸に、愛情と記憶について描いた恋愛小説。
とろけるような恋愛小説を期待すると肩透かしを食わされる。「冷めないスープはないように、愛もいつか必ず冷めるもの」と言い切る著者がここで描こうとしたものは、愛情と記憶の関係についてだ。「愛を思い出す」ことと「愛する」ことは果たして違うのか? 五百ページを費やしてこのテーマに挑んだ渾身の長編は、読者にページをめくる手を休ませることなく最後まで一気に読ませる。文章がまた、いい。爛れた情事の場面を書いてもなお、どこか格調が高い、深みのある文章なのだが、特に女性の顔の表情に関する描写は、ため息が出るほど上手い。一瞬の無表情をいくつも描き分ける表現に痺れた。「著者会心の最高傑作」の帯に嘘はない。
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無銭優雅
山田 詠美(著)
【幻冬舎】
定価1470円(税込)
2007年1月
ISBN-9784344012844
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>> 本やタウン
評価:★★★
42歳の慈雨と45歳の栄のオトナの恋。「心中する前の日の心持ち」でつき合う、大人になりそこねた二人の、まるで自分たちだけの三文恋愛小説を綴っているような生活を淡々と描いた恋愛小説。
美男美女がバーのカウンターで静かにグラスを傾けるような恋だけが「大人の恋」じゃない。冴えない40代の男と女の恋だって、いつか訪れる死を意識すれば、それはロマンチックな「死に至る恋」。第三者の目には、ボロ屋で一緒にご飯を作って食べる冴えない地味なカップルでも、二人の恋は、些細な言葉や行動にしみじみと喜びを感じ、日常生活の一瞬一瞬を愛しく感じるような「大人の恋」なのだ。相手を慈しみ、相手と共有する時間を慈しむことが恋愛の本質だと考えれば、日常生活の一瞬一瞬を慈しむような恋愛こそ究極の恋愛なのかもしれない。こんな風に愛されたい、こんな風に愛したいという人は結構多いのではないだろうか。
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新釈 走れメロス 他四篇
森見 登美彦 (著)
【祥伝社】
定価1470円(税込)
2007年3月
ISBN-9784396632793
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>> 本やタウン
評価:★★★★
近代文学の名作5編をベースに、京都を舞台とした「森見ワールド」が繰り広げられる。帯にはリミックス集と謳っているが、この短編はどれも、もはや文体だけでなくストーリー展開まで森見登美彦のものである。どこをどう切っても味わい深い森見テイストが存分に味わえる短編集。
あの名作も森見登美彦の手にかかるとこんなに面白可笑しくなってしまう! 『夜は短し歩けよ乙女』の続きのように、京都を舞台に相変わらずの「恋と友情の大暴走」ぶり。森見登美彦の作品全体に言えることだが、登場人物を描く視線がどこかとても温かい。そして、オリジナリティーあふれる文章は、リズムや語調まで含めて実に味わい深い。この作品も、その魅力を十分に味わえる力作である。森見ワールドのファンにはうれしい1冊である。
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片眼の猿
道尾 秀介(著)
【新潮社】
定価1680円(税込)
2007年2月
ISBN-9784103003328
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評価:★★★
探偵事務所を営む三梨は産業スパイ絡みの大口案件の捜査中に殺人現場を目撃(?)してしまう。謎が謎を呼び、誰が味方で誰が敵なのかすらわからなくなっていく中、今は亡き大切な人の失踪の謎とも絡んで事態は思わぬ方向へ。最後に明かされる驚きの結末とは──。
堂々の謎解きトリック・ミステリー。謎解きはもちろんのこと、宝探しや間違い探しが好きな人にもたまらない作品だろう。随所にいろいろな仕掛けが施され、伏線がはられているため、1度読んだ後でも再読してその技をもう一度噛みしめたくなる。細かいことはこの際気にせず、とにかく楽しく読みたい作品。登場人物のキャラクター設定も、やや劇画的ではあるがとても楽しい。著者の創造力と構成力に拍手を送りたい。
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九月の恋と出会うまで
松尾 由美(著)
【新潮社】
定価1470円(税込)
2007年2月
ISBN-9784104733026
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評価:★★★
変わり者の老人が所有する快適な賃貸マンションに引っ越した北村志織は、エアコン取付け用の壁の穴を通じて、1年後の未来に生きる「隣の部屋に住む平野」と話をし、その「1年後の平野」から、水曜日だけ過去の自分を尾行して写真を撮ってほしいと頼まれる。そして、ミステリアスな穴と不可思議な依頼に振り回されるうちに、志織はいつしか「1年後の平野」に恋心を抱く。
この本は、ミステリーでもありSFでもあり恋愛小説でもある。それだけに、それぞれの分野の本格小説と比べればやや浅い印象は否めないが、見方を変えれば、悪くないレベルで3つを一緒に楽しめる秀作とも言えるだろう。それにしても、時間SFはやっぱり難しい。「なるほど!」と思いながら読んでも、読後に「でもやっぱり何かおかしい」という感覚が残ってしまうのは私だけだろうか。
恋愛小説としては内面の描写が弱いように思うが、素直でピュアな文章が初々しい印象を与え、さっぱりと透明感のある物語になっている。
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スコーレNo.4
宮下 奈都(著)
【光文社】
定価1680円(税込)
2007年1月
ISBN-9784334925321
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>> 本やタウン
評価:★★★★
祖父の代から骨董屋を営む家に三姉妹の長女として生まれたひとりの女性の日常を追い、家族、友人、恋愛、仕事などから大切なことを学びながら成長していく姿を描いた長編小説。
キーワードは「拘り」。自分の感性の声に耳を傾け、理屈抜きでどうしても忘れられないもの、拘ってしまうもの、好きになるものを大切にすれば、そこから人生の扉が開かれる……。日常の1コマ1コマが静かな筆致で丁寧に書かれていて、読んでいてとても心地よい作品である。だがそれだけでは、他にもいくつか似たような作品が思い浮かぶ。この作品がその中でキラリと光って見えるのは、著者の感性の鋭さゆえの表現が、読者の感覚的な部分に訴えかけてくるからだろう。文学的に凝った表現ではなくても、感覚的によくわかるという部分がいくつもあった。例えば、中学生の主人公が恋におちる瞬間に周りの景色からその人だけが浮いて見える感じ、好きな物にめぐり合ったときに物が語りかけてくるような感じ、妹の七葉と言葉を交わさなくても微妙にわかりあえてしまう感じ──。
キレイで静かでインパクトのない小説を予想して読んだが、意外に芯のしっかりした作品だと思う。
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物しか書けなかった物書き
ロバート・トゥーイ(著)
【河出書房新社】
定価2520円(税込)
2007年2月
ISBN-9784309801032
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>> 本やタウン
評価:★★★★★
書いたものが物質として現実に目の前に現れるようになった物書き、怪死した4人の妻のうち3番目と4番目の妻がどちらも同じ階段から落ちて亡くなっている数奇な運命の男がたどる更なる数奇な運命、妻を殺したと思わせて警察をからかう恐るべきジョーク男、バーで声をかけられた美女の誘いに乗り謎のヒットマンに命を狙われる映画俳優の運命と事の真相など、ユーモア溢れる14の短編。 「なんだ、なんだ?」と言っている間にあちこちに連れて行かれて最後は見事なオチにストンと着地。ワクワクしながらページをめくり、クスクス笑いながら先の展開を想像し、絶妙なオチにうーんと唸る。ナンセンスなまでのユーモアだが、計算された、明るくセンスの良いユーモアだ。ちょっととぼけた雰囲気もまた味がある。一言で言うと、落語に近い面白さだろうか。笑いとユーモアを求める方は是非!
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空中スキップ
ジュディ・バドニッツ(著)
【マガジンハウス】
定価1995円(税込)
2007年2月
ISBN-9784838715404
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン
評価:★★★★★
母親に心臓を提供する息子の話や、最新統計で最も平均的な人間とされた男が各企業のマーケティング担当者から引っ張りだこになる話、突然子どもが生まれなくなった世界の話、巨大な赤ん坊が家を這い回る話など、ありえないけれどおかしくて退屈しない23の物語を集めた短編集。
これは面白い。まずその奔放で多彩な空想力に感服する。読者の度肝を抜く設定の話が次から次へと23連発である。また、ブラックユーモアたっぷりの可笑しさであるのにそれほど毒々しさを感じないのは、荒唐無稽なストーリーの中にも、シニカルだがどこか血が通った社会風刺的な視点を感じるからだろうか。ただの「ありえない話」ではなく、ハチャメチャに見えて実は社会風刺的な意図を持つ話だったり、どの作品からも作者の一貫した姿勢を感じる。さらに、見逃せないのは、この本の魅力を一層ひきたてている翻訳の上手さである。リズム感のある文章といい言葉の選び方といい、絶妙である。今後の作品にも注目したい作家であり翻訳家である。
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