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【単行本班】2007年4月のランキング
>小室 まどか
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無銭優雅
山田 詠美(著)
【幻冬舎】
定価1470円(税込)
2007年1月
ISBN-9784344012844
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン
評価:★★★
友人と生花店を営む慈雨は、42歳になってついに「運命」の出会いを果たす。その相手、栄は45歳の予備校の国語教師で、死の匂いのする文学が大好きだった――。
いかにも「大人の恋」と思われるかもしれないが、慈雨はけっこう強情なパラサイト・シングルだし、栄もとんでもなく情けないホラふきのバツイチ。こんな二人がしょっぱなから遺憾なくバカップルぶりを発揮する。
出だしこそ引きかけたが、心ない言葉に傷ついたとき、自分自身を否定したくなるくらいダメな自分に気づいたとき、そのまま全肯定して愛してくれる存在の心地よさにいつのまにか取り込まれてしまった。「死」の扱い方についても、軽んじられているようで違和感を覚える部分もあるが、常におたがいがいつ失われるとも知れない刹那的な存在であるという認識を共有できることの素晴らしさを、全編にちりばめられた多彩な文学作品が引き出している。中央線沿線の舞台が、物語にほどよい活気と生活感を添え、やさしく包む。
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新釈 走れメロス 他四篇
森見 登美彦 (著)
【祥伝社】
定価1470円(税込)
2007年3月
ISBN-9784396632793
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン
評価:★★★★
名だたる文学作品5篇が、森見登美彦の手で、京都を舞台に怪しく蠢く学生たちの物語に生まれ変わった――。
先日、和はもちろん洋・中・フレンチ・イタリアンにも調味料として味噌を使っているというお店に行ったのだが、そのときと似た感慨を味わった。それぞれに持ち味の異なる素材を生かしつつ、きちんと調理していずれにもしっかり森見テイストを感じさせている。その手の入れ具合や味の濃さが異なるのだが、すべての物語に登場するのは、斎藤秀太郎といういわば文章に狂い、魅入られた青年。彼を李徴に見立てた『山月記』や、前作『夜は短し歩けよ乙女』にも登場した学園祭を舞台に、奇妙な男の友情と意地が炸裂する『走れメロス』は、文体などは原作にかなり忠実でありながら、彼の独特の疾走感と諧謔味を十分に醸している。『藪の中』は腕の見せどころで、設定にかなり鉈を振るいつつ、捉えた本質をビビッドに伝えているという意味では、まさに本領発揮と言えるだろう。
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片眼の猿
道尾 秀介(著)
【新潮社】
定価1680円(税込)
2007年2月
ISBN-9784103003328
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン
評価:★★★
特殊な耳を持つ探偵・三梨は、依頼されて盗聴していたビルで起こった事件の「見えない目撃者」になってしまう。事件は、三梨がスカウトした冬絵、事務所兼自宅のあるアパートのおかしな仲間たちも巻き込んで、意外な方向へ展開する――。
事件自体の謎解きは、出色の出来栄えとは言えない、というか、それ以外の地のストーリーにいくつも仕組まれていた伏線が、終盤に一気に発動する見事さにかすんでしまう。読者を無意識にミスリーディングする巧妙な仕掛けは、あくまでさりげなく登場し、あるいは目を引く出来事の裏側に隠されており、したり顔の予想を小気味よく裏切ってくれる。
本のテーマはタイトルがすべてを語っているが、コンプレックスと自尊心の問題については、若干雄弁すぎた感もあった。誰もが心に抱える問題なのだから、これほど多くの例を引くと却って現実味が薄れてしまう。そのあたりはむしろ淡々と描いたほうが訴えるものがあったのではないだろうか。
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九月の恋と出会うまで
松尾 由美(著)
【新潮社】
定価1470円(税込)
2007年2月
ISBN-9784104733026
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>> 本やタウン
評価:★★★★
趣味の写真の現像について隣人ともめた志織は、芸術家(もどき?)であることが入居条件の不思議なマンション「アビタシオン・ゴドー」に引っ越す。そしてなぜか、エアコンの排気口から聞こえてきた謎の声に命じられ、隣室の青年を尾行することに――。
SFの小技を効かせた、心あたたまるラブストーリー。登場人物たちのちょっと浮世離れした魅力と、次々に起こる不可解なできごとが、特筆すべきところはないかもしれないが嫌味のない語り口で描かれる。別世界というほどには日常とかけ離れない、つまり、ふとした弾みで自分にもこんなことあるかも?! 否、あったらおもしろいなという程度には腑に落ちる非日常感がわくわくさせてくれるのだろう。声の主の正体は誰なのか、予想通りのオチと思いきや、最後のどんでん返しがいろいろな意味でうれしい。
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スコーレNo.4
宮下 奈都(著)
【光文社】
定価1680円(税込)
2007年1月
ISBN-9784334925321
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>> 本やタウン
評価:★★★★★
さかのぼれる一番初めの記憶――それは誰にとっても、懐かしくあたたかなものであると同時に、まったく同じ場所には戻ることができないがゆえの憧憬をはらんでいるものなのではないだろうか。
古道具屋の娘、麻子の一番初めの記憶に始まり、家族、学校、恋愛、仕事と、人生に大きな影響を与えたできごとを中心に日常を丁寧に追ったこの作品は、こうした甘酸っぱい、くすぐったいような気持ちを喚起する。いわゆる「かわいい」タイプではなく、何かを心の底から熱望したりそれを表現したりすることが苦手なために、一番わかり合える相手であった妹の七葉をはじめ、周りの人たちに相対的なコンプレックスを抱いてしまう麻子の苛立ちや哀しみが、痛いほど伝わってくる。あれほど愛していた七葉や家族・店との決別のきっかけとなった従兄の愼との微妙な関係の切なさ・苦しさと、懐かしい場所で養われた目利きのセンスに気づかせ、新たな気持ちで戻る自信を与えてくれた出会いの安心感・幸福感の対比が印象的。
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物しか書けなかった物書き
ロバート・トゥーイ(著)
【河出書房新社】
定価2520円(税込)
2007年2月
ISBN-9784309801032
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>> 本やタウン
評価:★★★
ほんのりホラー風味のミステリ短編集。エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジンの歴代編集長に愛されながら一度も受賞経験がなく、現在の行方は杳として知れないという作者の経歴をきくと、なんだか煙に巻かれたようにぼやけたオチのつけ方にもなんとなく納得してしまう。 どの作品も、謎解きというよりはその展開の妙がおもしろいのだが、14篇中、個人的に最も愉しめたのが「オーハイで朝食を」。しがないタクシー運転手のクオークのもとに保安官代理が訪ねてきて、転落死した夫妻の所持品のノートに、彼の名前がみつかったという。クオークはしぶしぶ、あまり後味のよくなかったヒッチハイクの顛末を思い出すのだが――。気のよさそうな巡査部長との掛け合いから、とぼけたクオークが思ってもみなかった空恐ろしい推理が成立していく過程、そしてそれがはっきりとは確認しようもないという現実が、ミステリアスで皮肉たっぷりだがユーモラスな作風をよく表している。
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空中スキップ
ジュディ・バドニッツ(著)
【マガジンハウス】
定価1995円(税込)
2007年2月
ISBN-9784838715404
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン
評価:★★
『空中スキップ』とは言い得て妙だ。訳者の岸本佐知子さんの著作(3月の課題本だった)『ねにもつタイプ』と、着地点の見えない幻想にみちた作風の短編集という点では共通したものが感じられる。
しかし、パステル調の装幀と、いまいる世界の居心地の悪さから解放してくれる云々という帯の文句に、しあわせな後味を期待してはいけない。不条理かつ先の見えないスピーディーな展開のなかで、人間の身勝手さ・自分かわいさが、抉り出されるわけでもなく、透け見えるわけでもなく、当然のこととして悪びれずに(ある種のユーモアさえ交えて)前面に描かれる様は、完全にホラーだ。しかも吸引力があるので始末に悪い。“バドニッツ体験”が世界観を変えるとしたら、いまいるあたりまえの世界がちょっとマシに思える、そういうことか……。
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ロング・グッドバイ
レイモンド・チャンドラー(著)
【早川書房】
定価2000円(税込)
2007年3月
ISBN-9784152088000
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン
評価:★★★★★
私立探偵フィリップ・マーロウが拾った礼儀正しい酔っ払いは、億万長者の娘婿だった。その男、テリーと交流するうちになぜか心惹かれるものを感じ、逃亡を助けるが――。
村上春樹の新訳は、長文の訳者あとがきを読むまでもなく、尋常でないこだわりで選び抜いた言葉で、余すところなく原作の魅力を伝えきろうという、この作品への惜しみない愛情を感じさせる。
ミステリとしてのおもしろさも一級品だが、ハードボイルドの代名詞的存在マーロウの、そうした使い古された言い回しでは語りつくせぬ貫かれた美学が、存分に発揮されている点でも評価できる。退廃的で内に憂いを秘めた、テリーという放っておけない存在を脇役に配したことが、一層の哀愁を誘う。名場面・名台詞は数あれど、マーロウがテリーからの手紙通りに別れの儀式をするシーンは、細部にも凝りが感じられて秀逸。モノクロ映画を見ているような、透徹した完璧な世界観が立ちのぼってくる傑作である。
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