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WEB本の雑誌今月の新刊採点【文庫本班】2007年9月の課題図書 文庫本班

卵のふわふわ
卵のふわふわ
宇江佐真理 (著)
【講談社文庫】
税込560円
2007年7月
ISBN-9784062757799
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  荒又 望
 
評価:★★★★☆
 時は江戸時代。北町奉行所の役人の妻のぶは、舅や姑にはかわいがられているものの、夫の正一郎とはしっくりいかずに心を痛めていた。
 淡雪豆腐。水雑炊。心太。各章のタイトルにつけられた素朴な食べものが、それぞれ粋なアクセントになっている。「卵のふわふわ」が登場するのは、ほっと心が和むような温かい場面で、なんともほのぼのとした響きにぴったり。生命そのもの、滋養そのもの、そしてこれから如何ようにも育っていくものである卵のイメージが、とてもうまく活かされている。
 のぶは、あれもダメこれもダメ、とかなりの偏食。あまりに好き嫌いが多い人に出くわすと、余計なお世話とわかっていながらも「いったいどんな育てられ方だったのか」「人生の何割かは確実に損をしているのでは」などと思ってしまうのは、やはり心が狭いのでしょうか。それはさておき、のぶの場合はこの設定が伏線となっていて、しんみりしつつも温かい大団円にうまく結びついている。まさに卵のような、栄養たっぷりの作品。

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  鈴木 直枝
 
評価:★★★★☆
 江戸言葉の気風のよさと章ごとに変わる食べ物の「旨そうっぷり」に誘われて、瞬く間に読みきってしまった。そこには、嫁ぎ先でのいざこざや人情ばなしも盛り込まれ、絶好のエンタメ小説に仕上がっている。
 24歳ののぶが奉行所に勤める正一郎のもとへ嫁いで6年になる。2度の流産と好き嫌いの多さと夫の気持ちが自分にないことを気に病むが、同居する義父母や使用人の思いやりが、のぶの離縁したい気持ちを何とか押さえ込んでいる。
 時代が変わっても女の悩みに変化のないことは今更驚くことではないが、羨ましいのは全然あくせくしていないこと。奉行所なので相応の事件は持ち込まれるのだが、どんな時でも食欲の衰えない舅がいたり、嫁ぎ先を出てきた姪を「自分を思い出すよ」と笑顔で受け入れる叔母がいて、どんな修羅場の場面でも必ず、食のシーンが登場する。そういえば、美味しいものをお腹いっぱいに食べた後に、喧嘩や諍いは起こらない。目先の時間節約や効率性よりも大切なことをを教えてくれる1冊。味噌の焦げる間に青菜を細かく刻んでいる様子を想像してみて……。

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  藤田 佐緒里
 
評価:★★★☆☆
 卵のふわふわ、なんて美味しそうなタイトルなんでしょう。と思って目次を開いて見るとさらに美味しそうな食べ物がずらり。ふむふむ、黄身返し卵、淡雪豆腐、水雑炊、心太、卵のふわふわ、ちょろぎ、と並んでいます。想像できるようなできないような…。とにかく非常に興味をそそられて、早速読み始めます。
 舞台は江戸、八丁堀。主人公のぶは、惚れた正一郎のもとに嫁いできます。でも、正一郎との間には子どももなく、のぶは冷たくあしらわれているのです。もう、惚れてくれてるんだからありがたく大切にすりゃあいいものを…。こんな夫はあたしゃいらないよ、と読みながら何度思ったか。というわけでのぶもやはりとっても悲しい気持ちで日々を暮らしているのですが、そんなのぶをいつも明るい気持ちにしてくれるのが舅の忠右衛門。同じ親子でもやっぱり年の功か、この忠右衛門は食道楽でとても明るい、いいおっちゃんなのだ。そんな主人公たちを中心に、いろいろと小さな事件が起きていく。その事件に合わせて、目次にあるとおりそれぞれの章で食べ物が出てきて、その食べ物がまたとってもいい味を出していて美味しそう。
 テンポよくすすむストーリーはとっても読みやすく、すいすいすいすい読んでしまいます。でも読みながらなんだか無性におなかがすいてきてしまうのが、この小説の難点かな。笑

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  藤田 万弓
 
評価:★★★★★
『幻の声 髪結い伊三次捕物余話』で直木賞候補になった、宇江佐真理の時代小説。食べ物を題材とした連作短編集。時は江戸、舞台は八丁堀で、同心を勤める椙田家に嫁入りして6年の、のぶが主人公。どこか冷淡な夫との心のすれ違いに悩むのぶは、食道楽で豪放磊落な舅と、江戸っ子で口は悪いが優しい姑になんとか救われている毎日だった…。
 題名の通り、毎回なんらかの食べ物が出てきて効果的なキーアイテムとなっている。夫と舅が同心という仕事を持っているため、毎回事件に遭遇するのだが、それらはむしろ小道具にすぎず、この作品は不妊や夫との不仲に悩む、現代にもごく当たり前に存在するような等身大の女性であるのぶの心のひだを丁寧に描写したものなのだ。主婦でもある作者の本領発揮とばかりに簡単なレシピも登場、なんともおいしそう。食事はただの行為ではなく、誰かに心づくしするためのものだと思い出させてくれる。舅を中心として、この作品は誰もが誠実で他人に優しくあろうとしている。心が疲れたとき、人間関係を投げ出したくなったときにオススメの一冊。

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  松岡 恒太郎
 
評価:★★★★★
 この世の中で人間関係が上手くいかないことほど辛いものはない。
職場の上下関係も勿論だが、家族間なら尚更である。嫁姑は言うに及ばず、夫婦間なら我慢の限界。しかし江戸時代では離婚届一枚で右左というワケにもいかなかったようで。
「おのぶちゃん」と呼んで可愛がってくれるのは舅の忠右衛門、しかし主人公ののぶは、冷たい態度を取り続ける夫の心の内が理解できず思い悩んでいる。
 食い意地が人一倍張っている味道楽の舅、明るさだけが取り得で偏食家の嫁。同心の町八丁堀を舞台に、そんな家族の生き様を描いた傑作人情時代小説。彩りを添えるのは、旨そうな当時の庶民料理の数々。
 心が通じ合わない夫婦の道行きに気をもみつつも、あれよあれよと一気に読み終えたなら、きっと読み手の誰もがそうしたように、あなたも台所に一人立って卵のふわふわを作ってしまうことでしょう。 
 これが結構いけるんです。

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  三浦 英崇
 
評価:★★★★☆
 好きなはずの相手の気持ちが分からなくなり、気が滅入ってくると、相手の言動すべてを、嫌な方へ悪い方へ解釈してしまう。そんなことはありませんか?

 割としょっちゅう、そんな事態に陥る俺にとって、この小説のヒロイン・のぶと、その夫・正一郎との心のすれ違いぶりは、他人事じゃなく、ぐさぐさと心に刺さりました。

 そんな事態を少しずつでも解消してくれるのって、何も言葉とは限らず、例えば、美味しい食べ物だったりします。時に繊細だったり、素朴だったり、その味わいはさまざまでも、人の心を動かすのは、案外、食欲なのかもしれない、と思う次第。それは、時代が平成であろうが、江戸であろうが、決して変わらない真理。

 そしてまた、のぶをとりまく人々の示す、気にはかけても踏み込み過ぎない、分を弁えた優しさにも、幾度と無く感銘を受けました。こういう大人になりたいです。 疑心暗鬼になって、心が飢えちゃってる方(含む俺)に是非。

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  横山 直子
 
評価:★★★★★
「のぶの雑煮」としたためられている。
これはうまいものを食べた時に書き留めるための覚え帳で、食道楽である忠右衛門の大事な宝物。のぶとは嫁の名前である。
ちらりとこの冊子の文字がのぶの目に入れば、「お舅さん、お茶が入りましたよ」と彼女の声もいっそう明るくなるというものだ。

淡雪豆腐、水雑炊、心太、卵のふわふわなど、なんだかしみじみ美味しさが伝わってくるような目次が並ぶ。
中でも一番私の心に残ったのは水雑炊だ。
のぶちゃんとお舅さんが夜半に二人で作って食べた。
それは味噌と青菜しか入っていないものだった。
実はこの時、のぶちゃんは夫とのあまりの気持ちのすれ違いに婚家を出ようと決めていたのだ。
想いを寄せていた人の妻になれたと喜んでいたのもつかの間の辛い現実だった。
だからこそ、この水雑炊からお舅さんがかわいい嫁をいたわる心が伝わってくる。

しかし、のぶちゃんが婚家を出るところで話は終わるはずはなく、大団円が待っています。
笑いあり、涙あり、江戸のお勝手風景を存分に楽しみながら、最後までどうぞ楽しんでください!

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