WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【文庫本班】2007年10月のランキング>横山直子の書評
評価:
あまりに不可解な、そして不気味なこと、底なしの恐怖、そんな気持ちをぞわぞわと感じさせる出来事がこぞってわが身に降りかかる。
「たまったもんじゃないなぁ」とこの短編集のそれぞれの主人公は、心の奥底できっとこう思っているに違いない。
おっかなびっくり、時には腰が抜けそうになりながらも、受け入れるしかない。
例えば、住んでいるところが底なし沼のようにぬかるんできたり、白い翼の生えた猿がいきなり飛び込んできたり、
はたまた、かばが天井に張り付いていた、親戚のおじさんにこっぴどく付きまとわれたり…。
どうしようもない状況を前に、それなのに、読んでいてなぜかふわりとおかしくなるから不思議だ。
それが魅力だ。
実はしばらく前から隣の部屋で、猿がうまそうにお茶を飲んでいるのがちらりと見える。
そんな出来事もありでしょう?なんて思える読後感がある。
さて、さて、私もこれからお茶を一杯いただきましょうか。^^
評価:
今年の夏はいつまで続くのでしょうか?
残暑厳しい折、つい先日まで「ザ・虫捕り網」で、蝉取りをしていた娘と私であるが、これは「ザ・精神病院」の話だ。
明日香、28歳。「喜んでいただいてナンボの人生」がモットー。
そんな彼女が恋人と大喧嘩をした挙句、オーバードーズ(薬の過剰摂取)で精神病院に担ぎ込まれた。
全14日に渡る入院生活の一部始終が彼女の口から語られる。
で、クワイエットルームってどんな部屋?
精神病院の中でも「人に迷惑をかけるダメな人が入る部屋」ともっぱら噂されている部屋。
ここに明日香はなんと二度も入れられてしまうのだ。
脳にヨーグルトが混ざったような気分で目覚めたり、自分の姿を鏡で見て心が即死状態となったり、入院患者同士のいざこざや、ナースとの心のすれ違い、などなど、かなり辛い状況。
そんな中、恋人の鉄ちゃんが頼みもしないのに、差し入れをどっさり届けてくれた場面では心がほっかりした。
しかしその差し入れときたら、漫画、ラジカセ、ポテチなどで、実用品は一切なくて、しかもそのすべてがナースに没収されてしまうというおまけつき。
なんだかな〜加減が、せつなく、ばかばかしく、そして愛しい。
映画化されたそうです。こちらも見てみたいと思わせる原作でした。
評価:
かつて私がババールママと名乗っていた頃、こちらのHPの400字書評で『逃亡くそたわけ』が採用された。
没になる原稿が多い中の採用だったので、ことのほか嬉しかった。久しぶりに手に取って読んでみた。やっぱりこの本好きだなぁとしみじみ思う。
花ちゃんは21歳の女子大生、なごやんは24歳の茶髪サラリーマン。
その二人が道行ならぬ、脱走だ。それも精神病院からである。
スタートは博多、そしてゴールは指宿。
花ちゃんはこてこての博多弁、そして名古屋出身をひたすら隠し通していたなごやんは奇麗な標準語。
脱走中の二人のやり取りが、時にちぐはぐで、時にしっくりいき、絶妙な味わいがある。
脱走しているのだから、追われているのは確かなはずなのに、のどかな気持ちにすらなる時もあった。
九州を南下する二人。
阿蘇の大自然に触れ感嘆するかと思えば、川で洗濯中におぼれそうになったり(しかもなごやんが)、はたまた途中で薬が欲しいために病院に駆け込んだり、久しぶりの都会でおしゃれを楽しんだりをしたり…。
二人はただただ一緒に行動しているだけのように見えて、次第に心が寄り添うようになってくる。
「ラベンダーをふたりで探そうよ」というくだりではジーンときた。
ところで、彼のニックネーム「なごやん」は名古屋ではよく知られたお饅頭の名前なのですよ。
本音がぽろっと出るときには名古屋弁で話してしまうなごやん、人柄の良さ、にじみ出ていました。
久しぶりに『雨恋』を読んだ。
とてつもなく良かった〜としみじみ感動したのは覚えているのだが、ラストをさっぱり覚えてなかった。
心を震わせるくらい感動したくせに…と、自分お記憶力のなさにボーゼンとしながらも、読みすすめた。
はたして、二度目は…、もちろん感涙ものだった。
自分の住んでいる部屋に幽霊が出るとしたら…。それも雨の日だけに。
しかもその幽霊が足しか見えない、どうやら若いOLらしい。
その部屋の住人である青年は、いつしか雨の日を待つようになり、そして足しか見えなかった彼女は日ごとに姿の全容を表わしはじめる。
実はこの女性、問題のこの部屋で誰かに殺されたらしい。その犯人を彼女の代わりに青年が手を尽くして探し始める。
全編を通じて、雨の描写が美しい。
青年がしょっちゅう彼女のことを考え始めるようになって彼女に恋をしていることが、自分では見当もつかない、自分の感情さえよく分からない…と思案する場面が強く印象に残った。
ラスト近くで「何事も、一見そう見える通りだとはかぎらない」と青年はつぶやく。
人にはうまく説明できないけれども、たしかにここに存在した彼女の存在と彼女との密やかな関わり。
雨の日の恋人たちの結末、もう決して忘れないぞと心に刻みつつ…。
評価:
中高生との深い関わりがここ10年くらいないので、とても新鮮な気持ちで読めた。
しかし、言葉が分からない。
「いじめ」は分かるが、「いじり」って?
タイトルの「りはめ」もよく分からず、最後の解説を読みながら、納得する始末。
ただ、中高生の気持ちが日々が危うい、日々を無難に過ごすことがいかに大変か、そんな感覚はよく伝わった。
学生時代はいつまでも続かないのに、100%どっぷりつかっている時はそれが分からないんだよなぁ。
そんな切迫感も相まって、会話のテンポも良くて、ページがさくさく進んだ。
主人公は中学時代にいじられキャラとして辛い日をすごし、それだからこそとほとんど知る人にいない高校生活に期待をかける。
「人気者といじられキャラは紙一重」
「いじめなんかよりいじりのほうが全然怖いと思う」
著者は現役高校生(当時?)で、彼が紡ぎだすセリフが胸にぐさぐさと突き刺さる感じがして、辛かった。
心の拠り所は「おな中」(同じ中学校の卒業生)の一人とあり、ここでは安堵の気持ち。
それにしてもラストの展開には驚きました。
「軟他瑠琴陀余(なんたることだよ)」、主人公の叫びに大いに共感!
評価:
心地よい大阪弁に、すいすいと背中を押されて、あれよあれよという間にウニバーサル・スタジオ、正式名称ウニバーサル・スタジオ大阪に入り込んでしまいました。
「食べられてしまう。」
そうねぇ、ウニに食べられたという感覚にもなりますねぇ。
なにしろ入口はウニの丈夫な歯を思わせるシャッターが開いたり閉じたり…。
その開いてる瞬間にくぐり入るのですから、最初からスリル満点!
そうそうパーク内で出会うのは、巨大タコ、巨大カニ、そしてケロリスト(かえるの着ぐるみ)たちなんですよ!
「大阪と地続きの地獄や、っちゅうこっちゃわな。」
そんな〜えっ!ここって地獄なんですか????
時折まじる標準語にずっこけ、つまづきながらもようやく最後のページまでたどり着く。
はたしてそこには『続く』の文字がポツンと一つ。
そうなんや〜ウニバーサル・スタジオはまだまだ続くんや〜。
楽しみにしてまっせ。続き待ってるで〜。
なんとも摩訶不思議なテーマパーク!
迷ってみるのもいいかもしれません。
評価:
短編の一つ、『菓子泥棒』を読みながら、ふいに30数年前の愛読書を思い出した。
『お菓子放浪記』(西村滋著)戦争中の日本で甘いものが夢また夢だった時代にひたすらお菓子を求めて放浪する少年の話だ。
放浪記と泥棒ではまったく違うじゃないかと言われそうだが、お菓子の甘い誘惑の前では国籍も年齢もすべてきっと超えてしまうのでは?と思う。
『お菓子泥棒』はさしずめイタリアちょっと大人版。
金庫破りに入ったところがお菓子屋さん。そうとは知らされずに入った泥棒仲間の一人はあまりのお菓子の誘惑にクラクラ。
メレンゲ菓子にヌガー、ドーナツ、クリームたっぷりのケーキ…。
本業遂行のため、お菓子を味わっている時間などないと分かっているのに、手当たりしだいお菓子を口にすることがやめられない。
そうこうするうちに、警察に気づかれ店に踏み込まれてしまった。
しかし警官たちも同じ甘い誘惑に…。
泥棒たちと警官たちの取った行動があまりにそっくりで思わず笑ってしまった。
ほかに『だれも知らなかった』、『うまくやれよ』、『楽しみはつづかない』などタイトルだけでわくわくしてしまいそうなラインナップ。
数ある短編の中からお気に入りがきっと見つかるはずです。
評価:
タイトルだって、表紙の写真だって、一見ラブリーで、どこかのお姫様の話かな〜なんて思ってしまいそうだが、まったくもって違うのだ。
「やわらかくてバターたっぷりの卵を作るわ」
「ちっちゃなラムケーキを作りましょう」
文中にちりばめられた美味しい誘惑にもゆめゆめ乗ってはなりません。
ご用心、ご用心。
なにしろ舞台はある資産家のお屋敷。
数年前、他の家族が殺された惨劇があったにも関わらず、その屋敷に積み続ける生き残りの姉妹と叔父さんの話なのです。
しかも惨劇の原因は毒殺、料理を作ったのが生き残った姉ということになれば…。
姉を必死でかばおうとする妹、そしてなにくれなく妹や叔父さんの面倒を見ようとする姉。
それにしても「あたしたち、とっても幸せね」とつぶやきあう姉妹にはゾクリ。
そんな中、際立つ演技を見せてくれたのが飼い猫のジョナスちゃん。
ジョナスがいてくれてよかった、そう思いつつ、最後まで読みました。
しみじみ怖い話を読みたいなら、この本がイチオシです。
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