WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【文庫本班】2007年10月のランキング>三浦英崇の書評
評価:
神話というのは、現代の人間の目から見ると、たいがい無茶苦茶で支離滅裂で突拍子もないエピソードが連発しがちです。その一方で、つじつまを合わせて理屈でまとめようとしないその豪気さが、人間の心の奥底に潜む何かに働きかけてくるんだろうな、という気もします。この短編集を読んでいて感じたのは、そんな原初の言葉の持つ破壊力。
表題作からして、何ら合理的な説明もなく、いきなり世界中がぬかるみに飲み込まれた後に、主人公の妻に生じた奇跡と、それに伴う数々の、残酷で醜悪で不条理な出来事だし。他の諸編も、こんな世界には絶対いたくないなー、と思わせる、知性を逆撫でするような不快感を読後にもたらします。
で、ありながら、何か無性に気にかかって、ついもう一度読み直してしまうんです。神の事跡を示す叙事詩だけが持つ、集合的無意識に訴えかける何かが、俺を惹きつけるのでしょうか。理知で割り切れないものは大嫌いなのになあ、俺。
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今回は、この後の『逃亡くそたわけ』と言い、どうして「精神病院」絡みが重なったんでしょうか。ま、そういう時期なのかもしれませんが。どちらも映画化されるみたいですし。で、こっちは入院させられる方の話。
こんなイライラさせられることばかりの世の中故に、俺は年がら年中、気が滅入ってしまうので、心の調子がおかしくなり、「中」に入れられても仕方ないかも、と思うこともたまにあるのですが……
優しすぎるから、人の言うことを素直に受け止め過ぎるから、無理を重ねているいるうちに、心がどんどん壊れていってしまう人がいて。そして、壊れていく姿は、ごく客観的に見たら、申し訳ないけどコミカルだなあ、と理解しました。
でも、ええと。ごめんなさい。俺は、どんなことがあっても、心を壊す訳にはいかない、と改めて決意を固めたよ。ほんの140ページでも、俺にとってはあまりに身近過ぎて、怖くて何度も本を伏せざるを得なかったです。
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今月の課題図書の裏テーマの一つ「精神病院」もの・その2。こちらはタイトル通り、逃亡するお話。
俺はこの歳になるまで、本州から一歩も出たことがありません。おそらく生涯、出ることもないまま終わりそうな気もしますが、それはともかく。「亜麻布二十エレは上衣一着に値する」という、奇体な言葉がしばしばエンドレスで頭の中に流れる「花ちゃん」と、彼女に巻きこまれた気のいい「なごやん」の、九州縦断逃避行。
幻聴をはじめとする諸症状故に、ぎくしゃくしがちな二人の旅は、「おやおや、そんなところに行っちゃうんですか?」と、『はじめてのおつかい』でも見るような温かい目で、つい見守ってしまいたくなります。現実だったら、新聞沙汰になりかねない大騒ぎだろうけど。
上記裏テーマその1『クワイエットルームにようこそ』で感じた、自分がいつそうなってしまうか分からない恐怖感に比べれば、はるかに気楽に読み終えることができました。
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俺は中高と天文部だったので、部活でしばしば、学校に泊まることがあって。特に、冬場の夜の校舎は、闇も深く、空気も冷涼で、たまたま一人になったりすると、世界中から人がいなくなったかのような気分になったものでした。
この作品を読んでると、ついつい、あの時の気持ちにふっ、と戻ってしまって。うちは男子校だったから、深月や清水や景子さん、そして梨香ちゃん(大好き)みたいな素敵な女子はいませんでしたが。
おっと、この校舎でそんな暢気なことは言ってられないや。何しろ5時53分になるたび、仲間がマネキンにされて「死」を迎えるのですから……
登場人物すべてが好きです(梨香ちゃんが一番ですが)。舞台設定も俺の大好きな映画『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』を彷彿させる「閉ざされた学校」だし。でも、一番いいのはやっぱり「冷たくて、時の止まった」校舎の持つ、高校生の魂そのもののような清冽な雰囲気ですね。
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この文章を書いている今は、前線が一雨ごとに涼しさを運んでくれる秋の深夜。時折、風向きの具合で聞こえる程度の雨音は、とっても優しくて、過去の哀しみを偲ぶのにはうってつけのBGM。たぶん、この小説の主人公・渉も、こんな夜は同じような思いを抱えているんだろうなあ、と思います。
雨の夜にしか現れることができない幽霊・千波。懇願されて、彼女の死の真相を探り始めた渉。事実が明らかになるたび、少しずつ姿の現れる彼女に、いつしか恋をしてしまう彼。しかし……ああもう。どう考えたって、ハッピーエンドにはならんよなあ、ってのは容易に予想できるのに、読み進めざるを得ない辛さが分かりますか? ハートを血だらけにしながら何とか読了。
まったく……ミステリとしての出来も抜群だというのに、更に、恋愛小説として、これほどまでに人の心を揺さぶってくれたりするのが、許せないです。
でも、もう一度読んで、渉になりきりたいです。
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職場であれ、学校であれ、人間関係ってのはたいがい、周りに決められたキャラによって左右されてしまいがちです。そして、たいがいの場合、自分に振られたキャラには、納得できないことがしばしばです。
辛いんですよ、いじられキャラってのは。自分自身、今の職場でそういう扱いにされているところがあるので、この小説で描かれている恐怖は、他人事とは思えませんでした。今回、身につまされる読書が多いのは何かの陰謀ですか(おい)。
仲間を笑わせることを強要され、次第に要求の度合が強化され、「笑わせる」から「笑われる」ようになっていく屈辱。自尊心が崩壊し、自分に何も価値が見い出せなくなってしまう過程には、戦慄を覚えました。
タイトル通り「いじり」は「いじめ」より、見かけが一見、仲睦まじそうに見えるだけに、かえって始末に悪いです。この話の現実味は、実際、そういうキャラに追い込まれた者にしか分からないのかもしれません。
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子供の頃、ばあやの清が「箱根の山から西には魔物が棲む」と言っていたのが、今でも頭から離れず、大阪には生まれてこの方、6時間程度しか滞在したことがありません。いやあ、まさか彼の地がこんなことになっていようとは思いもよりませんでした……
全国民の何割かを、確実に敵に回した手ごたえはともかく、この作品。関東の人間が違和感を覚えているはずの、数々の大阪特有の事象について、「ウニバーサル・スタジオ」という象徴的なテーマパークを舞台に描いた連作SF短編集。もちろん、愛情はお好み焼きソースのようにこってり塗られてますし、懐の深い大阪の皆様なら、きっと笑って許して下さるはず。
気に入ったネタは、1985年の阪神タイガース優勝の際、道頓堀に沈んだカーネル・サンダースの「復讐」と、ウニバーサル・スタジオに敵対する某組織の先兵・ネズミとアヒルについて。バカネタは、とことんまで突き詰めてこそ、だと思う次第です。
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小学校の低学年くらいの頃、俺の家の周りは、ちょうど土地再開発の最中だったこともあって、謎の場所が多かったような気がします。途中まで工事が進んだ広場だとか、これから取り壊される予定の廃屋とかは、まさに魔法の国がこの現実世界に張り出した橋頭堡。
単に、俺自身がまだ小さくて、今見たら全然謎でも何でもないものなのかもしれませんが……とにかく、あの頃は、自分の周りにまだ「魔法」が現実のものとしてあったのです。
この作品で描かれている「魔法」とは、出現方法その他は異なるものの、本質はたぶん変わらないと思うのです。大人になってからでは、文字を介すること無しには見い出すことのできない、かつては大切に思っていたものたち。美しい輝きと、禍々しい闇を、同時に見い出すことができたあの頃を、この本を読んでいる間には多少思い出すことができました。
表題作以外の作品でも、どこか奇妙でノスタルジックな魔法がてんこもり。
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心が沈んでる自覚がある時に、病んだ雰囲気に満ち溢れた本を読むのは、結構危険です。この本、手に取った瞬間に「うわ。ヤバっ」と分かりました。そんなこと言ってる時点で、俺自身、相当ヤバめな気もしますが。でも、健全な気分で読んでは、見えてこないものもあるのです。
集団毒殺事件を生き延びた、旧家の姉妹とその叔父。毒を盛ったのは姉の方だと目されてはいたものの、証拠不十分で釈放。しかし、閉鎖的な集落の人々が向ける、生き残った彼らへの視線はとても厳しく、三人は館に引きこもる毎日。そこに従兄が現れて……
妹のメリキャットの語り口が相当壊れ気味で、そういう破綻ぶりに、ついつい引き寄せられてしまう俺は、文体に浸りきりました。いささか病的な引き寄せられ方だなあ、とは思いつつ。
ごくさりげなく、恐ろしいことが示唆されていて(毒殺事件の真相とか)、闇の中に妖しく光る小粒の宝石を拾うのに似た、やましい嬉しさたっぷり。
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『人間臨終図巻』(山田風太郎)という本がありまして。世界の偉人を享年順に並べ、死去の際のエピソードを記載しているのですが、読むたびに感じるのは「人間は、自分の死を思い通りにすることは、まず不可能」ということ。この作品を読んでて、ふと、そんなことを連想しまして。
麻薬取引をめぐるトラブルを発端に、次から次へと、人の命が軽〜く失われていきます。尊厳もへったくれもあったもんじゃありません。俺はしばしば、小説を読んでると「今死んでいったこの人たちにも、生きていく中でいろいろ楽しかったり切なかったりしたことがあったんじゃないかなあ」と思ったりしがちですが、そういう感傷をせせら笑ってますね。
タイトルで『血と暴力の国』と言ってる以上、看板に偽り無しってのは確かで、そういう小説を求めている方になら、是非オススメしたいところですが、残念ながら、紙の上でも人が無意味に死んでいくのが嫌いな俺にはちょっと……
書店員探偵が主人公の「配達赤ずきん」シリーズでおなじみ(なのは当たり前だが。「片耳うさぎ」が著者初のノンシリーズ作品なので)、大崎梢さんの最新作。
主人公は小学6年生の奈都。父親が事業に失敗したためにその実家に家族3人で身を寄せているのだが、それがとんでもなくだだっ広く荘厳で不気味なお屋敷。その家にたったひとりで(厳格な大叔母や愛想のないお手伝いさんなどはいるが)残されることになった奈都は、この屋敷に興味津々の中学生さゆりの助けを借りるのだが……。
子どもだけの冒険。屋敷にまつわる謎。大人たちの不可解な行動。講談社ミステリーランドから出ていると言われても疑わなかっただろう。初めのうちは気楽な謎解きかと思われた物語が、話が進むにつれて哀しい過去の事件が浮かび上がってくる。それでも真相が明かされた後、登場人物それぞれ前向きに生きていこうとしている姿勢が清々しい。書店を飛び出しても、著者の筆力は冴えている。
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