WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【文庫本班】2007年10月の課題図書>『魔法の庭』 イタロ・カルヴィーノ (著)
評価:
ちょっとした冒険に出かけたジョヴァンニーノとセレニッラがこっそり忍び込んだのは、夢に出てくるような素敵な庭。(表題作)
主に第2次大戦前後のイタリアの、おそらくは片田舎を舞台とする異国感たっぷりの短編集。行ったことのない場所に行けたり、会ったことのない人に会えたり、味わったことのない気持ちを味わえたりするのが読書の素晴らしいところだが、その醍醐味を充分に味わわせてくれる。
甘い香りがほわーんと漂ってきそうな『菓子泥棒』は、魅惑の世界。何年も戦争が続いて甘いものなど夢のまた夢となっていた泥棒や警官までもが、仕事そっちのけで菓子をむさぼる。ケーキ、ドーナツ、メレンゲ、ヌガー、タルト、ビスケット…もう読むだけで虫歯になりそう。お菓子の家への憧れは、年齢も性別も関係ないようだ。
描かれているのは知らない場所ばかりだけど、どこか懐かしさも感じる。料理や映画、ファッションやスポーツではおなじみのイタリアの、また違う一面が楽しめる1冊。
評価:
意識することで人は変わる。背中の贅肉、テスト範囲中の授業態度、好きな異性の前での立ち振る舞い。のっけから解説の文を引用するのもどうかと思うが、本書を読み始める時は「書くことは当然まなじりを決して厳に節約を旨とする」時代に生まれた短編集であるということを意識してほしい。ドイツ兵、銃声、機雷、狙撃隊…戦争の衝撃を思わせる単語が随所に並ぶ。けれど、戦いの盾として沈められた船からは子どもたちの海びらきの嬌声が響き、続く短編には「うまくやれよ」「動物たちの森」と楽しさを想像させるタイトルが並ぶ。中でも「猫と警官」は小品ながら好みの秀作だ。警官になり立ての元失業者と家宅捜査に押し入った先にいた少女との物語。くくっとこみ上げる笑いとよかったねえで終わるなんてこれ以上のHAPPY ENDはないでしょう!キューバ生まれのイタリア人という著者の写真に先ず、見入ってしまった。内容がそれに違わないことが妙に嬉しく、またくくっと笑いがこみ上げてしまった。
評価:
子どもたちが主人公の、とっても短い11篇の短篇からなるストーリー。なんといってもこの小説は、風景描写とその中に描かれる少年たちの快活さ、明るさ、それと少しの喪失感のようなもののバランスが秀逸で、最後まで、読むというより読まされてしまうといったほうがいいような素敵な作品です。
11篇のどれもいいのですが、個人的には一番最初の短篇「蟹だらけの船」が好き。沈んだ船の水上に出ているところで遊ぶ男の子たちのところに突然見知らぬ女の子が登場して、男の子たちがわーわーぎゃーぎゃー小競り合いを始めるという、言ってみればどうってことのないストーリーなんだけれど、それがとてもとてもかわいくて、なんだか懐かしいような気持ちにさせられるのです。
これ以外にも、よその家のお庭に勝手に侵入してしまう表題作「魔法の庭」も、子どもの感じるドキドキをそのまま読める感じがして、純粋な気持ちになりました。
和田忠彦さんの訳も、言葉の使い方や雰囲気がとってもいいなあと感じました。素敵な一冊です。
評価:
イタロ・カルヴィーノの言葉使いはまるで「魔法」のよう。少年たちの快活さや、有頂天具合を生き生きと表現している。ジョヴァンニーノとセレニッラの二人が仲良く遊んでいる描写はほほえましいし、できることなら私も戻りたいと思ってしまう。
「不実の村」の不安感も鮮度の高い状態でパッケージされたような胸騒ぎが伝わってくる。短篇独特のオチどころは非常にユーモラスで、斜に構えて読みたがる大人に向けた童話といった感じ。戦争の傷跡を匂わせる単語や描写が随所に出てきて、子供たちが戦争ごっこをして遊ぶシーンが、本書をブラックな印象に仕上げているのかもしれないし、どの作品も読み終えてなんとなく哀しい気持ちになってしまう理由でもあるのかも。
まさに、「昔犯した悪事のような恐怖がたちこめていた」というのは言いえて妙、という感じ。
評価:
戦争の傷跡がそこここに見えるイタリアの田舎町で、子供たちや警官や猟師など、どこか幼さを感じさせる人達が繰り広げる寓話が十一篇。
イタロ・カルヴィーノ氏、高名な作家らしいのだが、残念ながら僕は今まで彼の作品に触れることなく生きてきた。だからこそ噛みしめるように読んでみたのだけれど。
良く言えば郷愁を誘う、悪く言えば時代遅れなこの作品群は、二十一世紀の垢にまみれたこの僕にははっきり言って少々退屈でありました。
絵画的で、丁寧にキャンパスに描かれたような繊細な文章を楽しめば良いのだとは解っていながらも、今一歩入り込めず傍観してしまった。
幼い頃のありふれた驚きや感動を思い起こさせる作品群を、なぜか今は素直に読むことができなくなっている。も少し若い時代に読んでいたらまた違っていたかもしれないが。
評価:
小学校の低学年くらいの頃、俺の家の周りは、ちょうど土地再開発の最中だったこともあって、謎の場所が多かったような気がします。途中まで工事が進んだ広場だとか、これから取り壊される予定の廃屋とかは、まさに魔法の国がこの現実世界に張り出した橋頭堡。
単に、俺自身がまだ小さくて、今見たら全然謎でも何でもないものなのかもしれませんが……とにかく、あの頃は、自分の周りにまだ「魔法」が現実のものとしてあったのです。
この作品で描かれている「魔法」とは、出現方法その他は異なるものの、本質はたぶん変わらないと思うのです。大人になってからでは、文字を介すること無しには見い出すことのできない、かつては大切に思っていたものたち。美しい輝きと、禍々しい闇を、同時に見い出すことができたあの頃を、この本を読んでいる間には多少思い出すことができました。
表題作以外の作品でも、どこか奇妙でノスタルジックな魔法がてんこもり。
評価:
短編の一つ、『菓子泥棒』を読みながら、ふいに30数年前の愛読書を思い出した。
『お菓子放浪記』(西村滋著)戦争中の日本で甘いものが夢また夢だった時代にひたすらお菓子を求めて放浪する少年の話だ。
放浪記と泥棒ではまったく違うじゃないかと言われそうだが、お菓子の甘い誘惑の前では国籍も年齢もすべてきっと超えてしまうのでは?と思う。
『お菓子泥棒』はさしずめイタリアちょっと大人版。
金庫破りに入ったところがお菓子屋さん。そうとは知らされずに入った泥棒仲間の一人はあまりのお菓子の誘惑にクラクラ。
メレンゲ菓子にヌガー、ドーナツ、クリームたっぷりのケーキ…。
本業遂行のため、お菓子を味わっている時間などないと分かっているのに、手当たりしだいお菓子を口にすることがやめられない。
そうこうするうちに、警察に気づかれ店に踏み込まれてしまった。
しかし警官たちも同じ甘い誘惑に…。
泥棒たちと警官たちの取った行動があまりにそっくりで思わず笑ってしまった。
ほかに『だれも知らなかった』、『うまくやれよ』、『楽しみはつづかない』などタイトルだけでわくわくしてしまいそうなラインナップ。
数ある短編の中からお気に入りがきっと見つかるはずです。
WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【文庫本班】2007年10月の課題図書>『魔法の庭』 イタロ・カルヴィーノ (著)