『雨恋』

雨恋
  • 松尾由美 (著)
  • 新潮文庫
  • 税込540円
  • 2007年9月
  • ISBN-9784101280523
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  1. ぬかるんでから
  2. クワイエットルームにようこそ
  3. 逃亡くそたわけ
  4. 冷たい校舎の時は止まる(上・下)
  5. 雨恋
  6. りはめより100倍恐ろしい
  7. ウニバーサル・スタジオ
  8. 魔法の庭
  9. ずっとお城で暮らしてる
  10. 血と暴力の国
荒又望

評価:星3つ

 渉が暮らすマンションの一室に、3年前の雨の日にこの世を去った千波が現れる。自殺とされている自分の最期の真相を解き明かしたいという千波の願いに、渉は協力を申し出る。
 雨の日だけ現れる幽霊。はじめは声が聞こえるだけだが、真相が明らかになるにつれて、次第に姿かたちが見えるようになっていく。とんでもなく非現実的な設定ではあるけれど、淡々と書かれていて、すっと違和感なく入り込める。物語の大半が雨模様ということもあり、落ち 着いた、しっとりとした雰囲気に仕上がっている。
 タイトルからわかるとおりラブストーリー。千波に会いたくて、渉は雨を待つ。「あまごい」に違う漢字を当てはめると、その気持ちが切々と伝わってくる。しかしこの世のものではない相手との恋には想像どおりのラストが訪れる。読後感は、ああ良い夢だったと目覚めた朝のように、すこし淋しくて、すこしすがすがしい。静かな雨の日に読むのがおすすめ。

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鈴木直枝

評価:星4つ

 それがいいとか悪いとかの価値判断ではなく、「そういう人だから」と割り切ることで相容れない「個性」とも都合よく付き合える。大人になって身につけた処世術の一つだ。本との相性も同様だ。
 装丁や帯の思わせぶりからばりばりの恋愛小説かと思いきや、30歳のメーカー勤務の相手方として登場したのはなんと幽霊。自分自身納得がいかなかったとはいえ、彼女(幽霊)の死亡時の状況を探るなんてするだろうか?おまけに好きになっちゃったりする?彼女=幽霊を。っと、そこが松尾由美の「個性」なのだ。ハヤカワSFコンテスト入選者なのだ。現実と非現実のシンクロが、実は全然不自然ではない。雨の日にしか現れないという彼女、重ねた会話の数と見えかけてきた真実と比例するように幽霊である彼女に訪れる容姿の変化、事実は思った以上に関わった人の背景の重さを露呈し、ラストは(本の帯によれば)「涙が止まらない」らしい。
 人物のディテールの描き方が巧く、それぞれの人間に感情を抱いてしまう。なぜ彼女が死にきれなかったのか、なんとなく現状に不満がある人には身につまされるかもしれない。近著「九月の恋と出会うまで」は、より松尾色が色濃く出ている佳作だと思う。

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藤田佐緒里

評価:星3つ

 とても女性的な柔らかさと、はかない雰囲気を持つ作品です。暴力的で攻撃的な私にはもったいないくらいの、繊細な一冊でした。
 主人公・渉はひょんなことから、二匹の猫の面倒を引き受けるというオマケつきで、ある立派なマンションにタダ同然で住むことになる。なんともラッキーな交換条件だと思っていた渉だけれど、そのマンションには千波という幽霊が住み着いているということが判明する。
 彼女に少しずつ惹かれながら渉は、なぜ彼女が死んだのか、彼女に一体何があったのかを少しずつさぐっていく。続々と事実があかされていく展開のなかでは、切なさとはかなさがこれでもかと寄り合って迫ります。ラブストーリーとミステリーを足して二で割ったような作品でした。
 私はなぜだか、渉を女性だと思いこんで読み始めてしまいました。「ぼくは…」って言ってるのに。口調も男なのに。でもそう思ってしまうくらい、全体に女性の描く世界のやさしさのようなものがあふれているように感じられる小説なのです。
 秋の夜長におすすめです。

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藤田真弓

評価:星3つ

 小説全体に漂っている空気が心地よい作品。雨の日にだけ姿を現す幽霊千波は、生前ある画家のモデルを務めたことのあるOL。彼女に恋心を抱くのは、叔母の転勤中に留守番を頼まれたちょっと冴えない30代会社員の渉。自分が死んだ経緯を覚えていない千波のために、渉が独自に調査を進め真相を突き止めるというストレートなミステリー小説。難しいトリックが登場するわけではない。ただ、物語を展開する原動力に「顔を見てみたい」という好奇心とよこしまな(?)感情が混じってくるから面白いのです。
幽霊に恋をする──これは恋愛のメカニズムがよく見える設定に思えます。千波に実体がなくても、渉と会話することで内面的な交流は交わせます。でも、それだけじゃ好きにはならないのです。足が見えて、調査で集まってきた情報を元に顔を想像できるようになって初めて恋になるし、自覚する。恋愛関係というのは、相手にどれだけ想像力を働かせられるかが醍醐味なのだな、と改めて実感した一作でした。

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松岡恒太郎

評価:星4つ

 雨の日にだけ現れる彼女に恋をした。
だけど彼女は幽霊。雨がいつかは上がるように、彼女もいつかは消え去る日がやってくる。
真相に近づくことは、別れを引き寄せるコトだと解っていたけれど、せめて彼女の疑念を取り除いてやりたいと、僕は事件の真相を探り始める。
 本来見えないはずの幽霊を、著者は魅力的な演出によって姿を少しずつ登場させてゆく。確かにそれはチョット目のやり場によな、照れちまうよなってなってな感じに彼女は徐々に姿を現す。
 幽霊相手の恋物語は別に目新しいワケじゃない。だけどこの切ないラブ・ストーリーは、ほどよいミステリーと融合して感動的なラストへと誘ってくれる。
 そして幽霊なのにサバサバとした彼女が、さらにこの作品を引き立ててくれる。
 別れに向かって進む恋愛小説、ラストにはいったいどんな演出が待っているのか?こうご期待。

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三浦英崇

評価:星5つ

 この文章を書いている今は、前線が一雨ごとに涼しさを運んでくれる秋の深夜。時折、風向きの具合で聞こえる程度の雨音は、とっても優しくて、過去の哀しみを偲ぶのにはうってつけのBGM。たぶん、この小説の主人公・渉も、こんな夜は同じような思いを抱えているんだろうなあ、と思います。

 雨の夜にしか現れることができない幽霊・千波。懇願されて、彼女の死の真相を探り始めた渉。事実が明らかになるたび、少しずつ姿の現れる彼女に、いつしか恋をしてしまう彼。しかし……ああもう。どう考えたって、ハッピーエンドにはならんよなあ、ってのは容易に予想できるのに、読み進めざるを得ない辛さが分かりますか? ハートを血だらけにしながら何とか読了。

 まったく……ミステリとしての出来も抜群だというのに、更に、恋愛小説として、これほどまでに人の心を揺さぶってくれたりするのが、許せないです。

 でも、もう一度読んで、渉になりきりたいです。

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横山直子

評価:星5つ

 久しぶりに『雨恋』を読んだ。
とてつもなく良かった〜としみじみ感動したのは覚えているのだが、ラストをさっぱり覚えてなかった。
心を震わせるくらい感動したくせに…と、自分お記憶力のなさにボーゼンとしながらも、読みすすめた。
はたして、二度目は…、もちろん感涙ものだった。

自分の住んでいる部屋に幽霊が出るとしたら…。それも雨の日だけに。
しかもその幽霊が足しか見えない、どうやら若いOLらしい。
その部屋の住人である青年は、いつしか雨の日を待つようになり、そして足しか見えなかった彼女は日ごとに姿の全容を表わしはじめる。
実はこの女性、問題のこの部屋で誰かに殺されたらしい。その犯人を彼女の代わりに青年が手を尽くして探し始める。

全編を通じて、雨の描写が美しい。
青年がしょっちゅう彼女のことを考え始めるようになって彼女に恋をしていることが、自分では見当もつかない、自分の感情さえよく分からない…と思案する場面が強く印象に残った。
ラスト近くで「何事も、一見そう見える通りだとはかぎらない」と青年はつぶやく。
人にはうまく説明できないけれども、たしかにここに存在した彼女の存在と彼女との密やかな関わり。
雨の日の恋人たちの結末、もう決して忘れないぞと心に刻みつつ…。

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