『インシテミル』

  • インシテミル
  • 米沢穂信 (著)
  • 文芸春秋
  • 税込1,680円
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評価:星3つ

 冒頭、物語の舞台である「暗鬼館」の見取図を見て、「これは綾辻行人『十角館の殺人』のオマージュかな?」とミステリファンなら気づくはず。
 緻密なルールと個々の武器を与えられた12人の男女が、時給「11万2千円」のために閉ざされた空間に集まり、殺すか殺されるかの七日間を過ごす。
「そんな設定、現実的にあり得ないだろうが!」とツッコミを入れてしまうと、この世界は音を立てて崩れてしまう。なので、フィクションはフィクションとして読み進めていると、単なる謎解きを超えた、読書ならではの醍醐味を堪能できる。
 疑心暗鬼の空間で互いの行動を読もうとする心理戦、保身や猜疑心に身を落としていく醜い姿は現実世界と変わらないのでは。そんな中で冷静な主人公がカチッと推理していく後半はストーリーが加速。キレのあるエンターテインメントに釘付けになった。

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『ピカルディーの三度』

  • ピカルディーの三度
  • 鹿島田真希 (著)
  • 講談社
  • 税込 1,575円
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評価:星3つ

 倒錯した愛の形が次々と現れる短編集。珍しいカクテルを次々とおかわりしているような気分になった。耽美的世界に酔える人は、陶酔の至福を心から味わうことができそう。(そうでない人にとってはひたすら悪酔い、二日酔い、みたいな)
 なかでも表題作でもある「ピカルディーの三度」が、アクが強くて、刺激的で、挑戦的で、印象的だ。音楽家の「先生」に同性愛感情を抱くも、主人公である一人称の「おれ」は、「好き」ということ、肉体と感情の境目が自分の中で定義できず苦悶する。
 独白のスパイラルに読み手がはまり込むと、思春期特有の儚げな、危なげな感情にいつの間にか寄り添ってしまっている。「この小説は毒かも知れない」と身構えて読み進めながら、破滅しそうな物語に飲まれているのだ。狂気にも似た感情の揺れをどう判断するかは読み手の自由だが、まずは規定概念を外してページをめくった方がいいかも。

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『サクリファイス』

  • サクリファイス
  • 近藤史恵 (著)
  • 新潮社
  • 税込1,575円
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評価:星3つ

 読書の楽しみのひとつに「未知の世界を知る」があるが、本作はまさにそれだった。
「ツール・ド・フランス」って何であんなに沢山の自転車が走ってんだよとテレビを見て思っていたのだが、この本を読んでわかりましたよ、自転車ロードレースの何たるかが。
 チームにはエースがいて、彼を引き立てる黒子のアシストが存在する。主人公はアシストとして頭角を現し、体育会系のドロドロした世界の中で苦闘し、成長する。
 サラリと読めてしまう前半までは、いわゆる「青春」「スポーツ」という最近流行りの展開かも知れないが、にわかにミステリーとなって話が二転、三転していく。そして真実を知ったとき、タイトルのサクリファイス(犠牲)という意味がアシスト役の主人公のことではなく、とてつもなく大きな意味を持つことに気がつく。うーん、すごいな。

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『海に帰る日』

  • 海に帰る日
  • ジョン・バンヴィル (著)
  • 新潮社
  • 税込1,995円
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評価:星3つ

 すみません白状します。海外作品はあまり読まないので、この小説に出合うまでブッカー賞の存在を知りませんでした。(これって、採点員としてマズイですよね。反省)
 懺悔はさておき、そんなワケで予備知識も先入観もなくページをひもといていくと、連綿なる回顧の独白が打ち寄せるさざ波のように読み手の中へ絡みついてくる。しかも語られる描写のひとつひとつが枝葉に及んでいて、(正直、読んでいてシンドイのではあるが)読んでいる自分が、いつの時代の、何処にいるのかわからなくなるような、妙な心地よさを感じてしまうのだ。
 それは語り手である主人公の、人生を受け入れる懐の深さがあり、死んでいった妻&幼き日の友人に呼応する形での「生きている私」を無垢に表現しているからか。
 平易な文体でありながら、読むほどに、奥深く、味わい深い──スルメみたいな小説。

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『すべては消えゆくのだから』

  • すべては消えゆくのだから
  • ローランス・タルデュー(著)
  • 早川書房
  • 税込1,575円
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評価:星3つ

 「涙がこぼれて止まらない」なんて帯で謳っているものだから、正直身構えてしまう。何せこちとら映画の予告編でもウルッときてしまうくらい、涙腺がユルいのだから。
 本文150ページにも満たない薄さなのに、シンプルなストーリーなのに、詰め込まれているものはかなり濃くて、重厚なテーマが盛り込まれた本だった。泣かなかったけど。
 死に瀕している女に再会する男の葛藤、最愛の娘を失ったことで壊れていった二人の過去と悔恨、そして再生……。そのまんまフランス映画として、1シーン1シーンが(女の日記による回想を含め)浮かび上がってくるようだった。死にゆく女の願いで、詩を読み聞かせる場面なんてゾゾゾとしたものが背中から湧き上がったくらいだ。
 こんな感覚、日本の小説では体験できないだろうな、たぶん。

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『ロック・ラモーラの優雅なたくらみ』

  • ロック・ラモーラの優雅なたくらみ
  • スコット・リンチ(著)
  • 早川書房
  • 税込 2,415円
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評価:星3つ

 活字の洪水に押し流されそうになりながら読み進めていくと、だんだんと物語の舞台が、登場人物たちが、想像のスクリーンに現れて活き活きと動き出す。そうだ、これは映画の世界に近いのだと気づく。(実際、映画化されるらしい。そのくらいスペクタクル)
 中〜近世ヨーロッパと思われる水上都市で、天才詐欺師とその仲間たちが、街を牛耳る闇の支配者に立ち向かうという内容。だがストーリーはそんな単純ではなく、騙し騙されのコンゲームが張り巡らされているから、グイグイとのめり込んでしまうのだ。
 RPGやハリウッドの超娯楽作、ジャパニメーションや香港の義兄弟任侠映画といった、あらゆる「おいしい要素」が凝縮されている。読ませ方でも、アメリカのハードボイルドを彷彿させるクールなセリフのやりとりや、章の合間にエピソードを挿入するなど、楽しませどころが満載、極上のエンターテインメントに仕上がっている。

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『新帝都物語 維新国生み篇』

  • 新帝都物語 維新国生み篇
  • 荒俣宏(著)
  • 角川書店
  • 税込2,520円
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評価:星4つ

 博識巨人、荒俣センセの想像力って、どこまで行ってしまうのでしょう?
 ブ厚い本を閉じたあと思わずそう呟いてしまう。相変わらず凄いです、帝都シリーズ。
 舞台は戊辰戦争の会津から箱館、登場するは新選組の土方歳三、学者の平田銕胤、鬼人怪人加藤重兵衛などなど。国を生む尺をめぐって彼らが死闘を繰り広げる、史実とフィクションがチャンプルーの壮大(って言葉も超えてしまいそう)なストーリーに釘付け。
 司馬遼太郎の歴史浪漫に陶酔した人、山田風太郎の奇想天外譚を堪能できる人なら、この作品は必読、でもって満足感は得られるはず。なんせ時代設定は維新時だけど、神話の世界から古代東北史やフリーメイソン、お馴染みの平将門まで「へぇ」な話が満載、それが当たり前のようにストーリーにはまっているのだから。
 でも三角関数が長々と講釈されるシーン、数学赤点だった身には辛かったス。

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勝手に目利き

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『アウトレットブルース』 川村勝/ぴあ

 安部譲二、家田荘子、中場利一らが描く、いわゆる“ワル”をテーマにした作品になぜか惹かれるのだが、また一人、新たな書き手に出会った。
 著者は高校中退後に任侠の世界に足を踏み入れ、抗争事件で有罪となり刑務所へ……。すべて本作中のノンフィクションだが、これだけで終わらない。出所後に大検を取得して、刺青を背負った大学生(法学部)となり、今春(2007年)、卒業しているのだ。
 説教臭い更正物語なら書店に数多く並んているだろう。著者はそのスタンスから距離をおき、醒めた目で見ている。この本で語られているのは、痛々しいくらいストレートに生きようとしている男の「リアル」な言葉だ。例えば、こんなセリフ。
「頭がいいはずの、国を動かしているようなヤツらだって、戦争をやってるじゃねーか」
 木訥な文章だが、込められているメッセージは濃くて、深い。事故で左足を失った友人との逸話を交えながら、ひたむきに生きようとする姿に結構やられてしまった。

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『沖縄へこみ旅』 カベルナリア吉田/交通新聞社

 「沖縄病」という言葉がある。
 彼の地を旅した者が、自然や文化、風習や人に惹かれて、何度も訪れてしまうというものだ。著者も沖縄に恋した一人。何度となく訪れ、面白エピソードを紹介してくれる。
 旅は日常からの脱却といわれるが、この本で語られる非日常ときたら……。「モノレール開業日に保険証で乗ろうとするオバァ」「体長40センチはある巨大毒ガエル」「麦茶が飲みたくてボタンを押したら、不二家ネクターが出てくる自動販売機」などなど。
 ネタの宝庫じゃないか、沖縄。
 ただ、そんなユルい「癒しの島」をイメージした、ステレオタイプの沖縄本でないことは「あとがき」を読んでわかる。楽しいだけの場所じゃない、へこむ場面もある。それでも著者は沖縄の本当の姿を知って、なお好きになっているのだ。
 愛する場所をビジター目線で温かく書き綴った、旅コラム集。コチョコチョと小技の利いた文章も、個人的にはツボに入りました。ハイ。

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佐々木克雄

佐々木克雄(ささき かつお)

 惑ってばかりの不惑(1967年生まれ)、仕事は主夫&本作りを少々。東京都出身&在住。
 好きなジャンルは特になく何でも読みますが、小説を超えた「何か」を与えてくれる 作品が好きです。時間を忘れさせてくれる作品も。好きな作家は三島由紀夫、宮脇俊 三、浅田次郎、吉田修一。最近だと山本幸久、森見登美彦、豊島ミホ。海外の作品は 苦手でしたが、カルロス・ルイス・サフォン『風の影』を読んで考えが変わりました。
 10歳で『フランダースの犬』を読んで泣き、20歳で灰谷健次郎『兎の眼』、30歳で南 木佳士『医学生』で泣きました。今年40歳、新たな「泣かせ本」に出会うべく新宿紀伊國屋本店を徘徊しています。

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