『海に帰る日』

海に帰る日
  • ジョン・バンヴィル (著)
  • 新潮社
  • 税込1,995円
  • 2007年8月
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  1. インシテミル
  2. ピカルディーの三度
  3. サクリファイス
  4. 海に帰る日
  5. すべては消えゆくのだから
  6. ロック・ラモーラの優雅なたくらみ
  7. 新帝都物語 維新国生み篇
佐々木克雄

評価:星3つ

 すみません白状します。海外作品はあまり読まないので、この小説に出合うまでブッカー賞の存在を知りませんでした。(これって、採点員としてマズイですよね。反省)
 懺悔はさておき、そんなワケで予備知識も先入観もなくページをひもといていくと、連綿なる回顧の独白が打ち寄せるさざ波のように読み手の中へ絡みついてくる。しかも語られる描写のひとつひとつが枝葉に及んでいて、(正直、読んでいてシンドイのではあるが)読んでいる自分が、いつの時代の、何処にいるのかわからなくなるような、妙な心地よさを感じてしまうのだ。
 それは語り手である主人公の、人生を受け入れる懐の深さがあり、死んでいった妻&幼き日の友人に呼応する形での「生きている私」を無垢に表現しているからか。
 平易な文体でありながら、読むほどに、奥深く、味わい深い──スルメみたいな小説。

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下久保玉美

評価:星1つ

 描写に関して言えば風景にしても人物にしても緻密で叙情を感じられます。少年の日の思い出、妻との思い出、そして現在が豊富な語彙で表現されています。この表現を眺めていると詩的でちょっとセンチメンタルな気持ちになるのではないでしょうか。それがこの小説の良さだと思います。
 でもねえ、内容はおっさんの回想録なんですよね。この小説を読んでいると自分はインテリだと思っている人が夜、バーみたいな所で過去を思い出してうっとりしている情景というのが思い浮かびます。う〜ん、こちらとしては感情の排泄物を見せられている気分。はっきり言ってつまらないです。
 もしかすると、モノクロ映像の無声映画にすればまた別の意味で面白いのかもしれないですね。

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増住雄大

評価:星4つ

 老年の男が、妻の死を機に、少年期に夏を過ごした海辺の家に移り住む。甦る子供の頃の記憶。一緒に遊んだ同年代の姉弟との思い出。そして海。その記憶は半世紀後の、癌による妻の死に関する記憶と並行して、静かに、丹念に回想される。現在の、自らの思いも交えながら。
 一文一文にかかっているコストが高い。高すぎる。こんなに潤沢な比喩で、こんなに精緻に日常を語られたら、それだけでお腹いっぱいになるではないか(いい意味で)。
 ストーリー自体はそんなに起伏がないのだけれど、だからといってつまらないわけではない。先ほど述べたように、その文章の力(原文はもちろんのこと、翻訳が良いのだろう。訳者に感謝)が作品全体にえも言われぬ雰囲気をまとわせていて、流れるように読める。終盤には「おお」という驚きもあり、読後は「良い小説を読んだなあ」と思うであろうこと請け合い。
 こういう小説を、これからもたくさん読みたいなあ。

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松井ゆかり

評価:星4つ

 クレスト・ブックスから出版されるものに外れなし。これはもう通説と言っても過言ではないだろう。それもあのカズオ・イシグロ(「わたしを離さないで」)をおさえてのブッカー賞。期待も募ろうというものだ。
 物語は主人公マックスによって語られる。遠い夏の日恋心を抱いていた少女は波間に消え、最愛の妻も病に倒れいまは亡い。ひとり娘との関係もぎくしゃくしている。正直、途中までは際立ってすごい小説という気はせずに読み進んでいた。確かに素晴らしい文章であるとは感じたが(翻訳もいいのだと思う)。驚いたのは終盤に入ってからだ。いくつかの謎が解き明かされ、ある種の救いはマックスのすぐそばに存在していたことを知る。そう、人は過去によって救われることもある。喪い続ける人生を歩む我々にとって、それは行く先を照らすかすかではあるが確かな希望の光となるだろう。

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望月香子

評価:星3つ

 愛する妻を失った老美術史家が、記憶に呼び寄せられるようにして、小さな海辺の町へ。物語全体が、透明なヴェールに包まれているようです。触ったら壊れてしまいそうな脆さと繊細さを感じます。それが悲しみをより一層、迫ったもの、隣に横たわるものに感じさせます。主人公が自らに問いかける言葉には、一生解けない問題が潜まれているように思います。過去が記憶となるたびに、人生への感じ方は変化しつづけるのではないかと感じます。
時間が積み重なり年老いてゆくときに、過去に引き寄せられるというのは、何かを確かめたいためなのか、人生とは儚すぎるものだからなのかを考えさせられます。

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