『サクリファイス』

サクリファイス
  • 近藤史恵 (著)
  • 新潮社
  • 税込1,575円
  • 2007年8月
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  1. インシテミル
  2. ピカルディーの三度
  3. サクリファイス
  4. 海に帰る日
  5. すべては消えゆくのだから
  6. ロック・ラモーラの優雅なたくらみ
  7. 新帝都物語 維新国生み篇
佐々木克雄

評価:星3つ

 読書の楽しみのひとつに「未知の世界を知る」があるが、本作はまさにそれだった。
「ツール・ド・フランス」って何であんなに沢山の自転車が走ってんだよとテレビを見て思っていたのだが、この本を読んでわかりましたよ、自転車ロードレースの何たるかが。
 チームにはエースがいて、彼を引き立てる黒子のアシストが存在する。主人公はアシストとして頭角を現し、体育会系のドロドロした世界の中で苦闘し、成長する。
 サラリと読めてしまう前半までは、いわゆる「青春」「スポーツ」という最近流行りの展開かも知れないが、にわかにミステリーとなって話が二転、三転していく。そして真実を知ったとき、タイトルのサクリファイス(犠牲)という意味がアシスト役の主人公のことではなく、とてつもなく大きな意味を持つことに気がつく。うーん、すごいな。

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下久保玉美

評価:星4つ

 某週刊誌情報によると、自転車は独身男性に人気らしい。なぜなら何もかも自分でコントロールできるから。女と付き合うのは大変だからねえ。しかし、自転車レースになるととんと聞かない。「ツール・ド・フランス」ですらNHKのスポーツ番組ぐらいでしかお目にかかれないくらい遠い存在だ。本書はそんな自転車レース界を舞台にしている。
 タイトルの「サクリファイス」は「犠牲」。主人公は自転車ロードレースチームのエースの風除けとして働く新米レーサーで、レースにおいてはエースの、チームの成績を伸ばすために自分の成績を「犠牲」にしてレースを走る。しかし、そのレースの最中に大事故が起きてしまう。事故はなぜ起きたのか、これがこの作品のミステリー部分。
 チクンとした棘が心に残りながらも、自転車レースに対する登場人物たちの様々な愛情やレースの躍動感がすぐそこにあるような感覚がするのはこの小説のすごいところ。自転車レースが見たくなった。
 エンタメよりの自転車レース小説では『銀輪の覇者』:斎藤純(ハヤカワ文庫JA)も。もっと自転車レース!という方はどうぞ。

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増住雄大

評価:星3つ

 自転車のレースがあるのは何となく知っていたし、テレビでもちらっと見たことがあるような気がするけれど、ルールを知って驚いた。え? マラソンみたいに参加選手全員が一番を目指して走ってるわけじゃないって!? レースの最中、相手がライバルであっても空気抵抗軽減のため順番に先頭交代をする!? なんだそりゃ?
 主人公はチームの「エース」を勝たせるために走る、「アシスト」白石誓。レース中、他チームの選手のペースを乱したり、エースのために空気抵抗を多く受けたり、エースの自転車がパンクしたら自分のタイヤを差し出したり、ってここまで他人のために戦うスポーツも珍しいよね。
 タイトルの通り、ただ爽やかな話じゃなくて、全編を通して不穏な空気が漂っているのも良い。サクサク読めて、ミステリ的な驚きもあり、読後感は悪くなく、ロードレースの魅力も十分に伝わる一冊。
 ドラマが生まれやすいスポーツだね、ロードレース。実際に見てみたくなりました。

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松井ゆかり

評価:星5つ

 近藤史恵恐るべし。近藤さんの本は新刊が出るとつい気になって割と読んでいる方かと思うが、本書ほど驚かされた作品は初めてなような気がする。ガチガチの本格ものあり、時代ものあり、歌舞伎テイストのものあり、と硬軟取り混ぜた幅広い作風の作家であるということは知っていたはずなのに、よもや自転車ロードレースを題材に持ってこられるとは思わなかった。印象としては「一瞬の風になれ」を東野圭吾がミステリー仕立てで書いたような感じに近いか。
 主人公白石誓(チカ)はレースチームの一員。実力を認められた選手ではあるが、実際のレースではアシスト要員。チームのエース石尾、台頭する若手伊庭、さまざまな人物の思惑が絡み合う中、惨劇は起きた……。真相がわかった、と思った直後に明かされる新たな真実。“サクリファイス=犠牲”という言葉が真に意味するものを知ったとき、驚き、感動し、そして恐ろしく思わずにいられないだろう。人はこんなにもひとつのことに魂を捧げられるのだということを。

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望月香子

評価:星3つ

 自分自身が勝利を得られなくても、同じチームの誰かのために役立つことだけを考え打ち込む競技というものを、はじめて知りました。ロードレースというその競技が持つ残酷さ、すごさを突然に突きつけられたように感じました。主人公が、チームのエースを勝たせるためにのみ走り続けることが、魅力的でたまりません。主人公の前身である陸上競技の選手時代に感じていた、トップになることへの違和感というのは、主人公とこの物語の大きな魅力をつくるひとつだと思います。物語の後半、ある事件についての真相が明らかになってゆくそのくだりは、驚きと悲しさでいっぱいですが、読後はなぜか、光の筋が見える気分です。それは、主人公の謙虚だけれども、芯がつよく前向きな人間性が描かれているからだと思います。悲しい結末だけれど、同時に前向きに進もうというパワーをもらえます。

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