WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【単行本班】2007年10月の課題図書>松井ゆかりの書評
評価:
今年いちばん「続きが気になって他のことが手につかなくなる」本だった。炊事をしてても掃除をしてても上の空。息子たちに話しかけられても生返事。このような本に出会えるのは本読み冥利に尽きることだが、家庭の平和は激しく乱される。要注意。
今までもすごいとは思っていたが、まだまだ米澤穂信という作家の真価をわかっていなかったようだ。ここまでハードなものもいけるとは! 外界への連絡手段をたたれた12名の男女。ひとり、またひとりと、異なる手段によって殺害されていく……。ミステリーが好きだというと「人が殺される話なんて」と眉をひそめられることがあるけど、別に殺人が起こればいいと思っているわけではないのだ。謎が明らかになって目の前の霧が晴れる感じ、「ああ、こういうことだったんだ!」と目が覚めるような思い、そういったものを求めてミステリーを読む。その醍醐味が十分に味わえる一冊。さあ、あなたも暗鬼館へ急ぐべし!
評価:
なかなかに意表を突かれる5編が収められた短編集。最初の作品「美しい人」でも十分びっくりさせられたのだが、真の問題作は2番めに置かれた表題作「ピカルディーの三度」。
読み始めはすごく抵抗があった。だってピアノ教師が初対面の生徒に洗面器を差し出し排便しろとかかます度肝を抜く展開。そしてその日はあまりのことに泣いてしまった主人公だったが、そんな先生に一目惚れし(しかも男同士!)、2度めのレッスンではほんとうに言うとおりにしてしまう(!!)のだ。別に道徳家ぶるつもりはないが、排泄物は排泄物だろー、主人公も何故ほとんど躊躇なく従ってんのー、と何かの罰ゲームかよくらいの嫌悪感を抱えながら読み進む。
しかしながら、だんだんと主人公の先生に対する一途な思いにこちらの気持ちもざわつき始める。なんか、こういうのもありかなと思えてくる。一般的にはアウトと見なされるであろう愛情表現のあり方をこんなにも純粋なものとして描く、鹿島田真希という作家のすごさを見せつけられた思いだ。
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近藤史恵恐るべし。近藤さんの本は新刊が出るとつい気になって割と読んでいる方かと思うが、本書ほど驚かされた作品は初めてなような気がする。ガチガチの本格ものあり、時代ものあり、歌舞伎テイストのものあり、と硬軟取り混ぜた幅広い作風の作家であるということは知っていたはずなのに、よもや自転車ロードレースを題材に持ってこられるとは思わなかった。印象としては「一瞬の風になれ」を東野圭吾がミステリー仕立てで書いたような感じに近いか。
主人公白石誓(チカ)はレースチームの一員。実力を認められた選手ではあるが、実際のレースではアシスト要員。チームのエース石尾、台頭する若手伊庭、さまざまな人物の思惑が絡み合う中、惨劇は起きた……。真相がわかった、と思った直後に明かされる新たな真実。“サクリファイス=犠牲”という言葉が真に意味するものを知ったとき、驚き、感動し、そして恐ろしく思わずにいられないだろう。人はこんなにもひとつのことに魂を捧げられるのだということを。
評価:
クレスト・ブックスから出版されるものに外れなし。これはもう通説と言っても過言ではないだろう。それもあのカズオ・イシグロ(「わたしを離さないで」)をおさえてのブッカー賞。期待も募ろうというものだ。
物語は主人公マックスによって語られる。遠い夏の日恋心を抱いていた少女は波間に消え、最愛の妻も病に倒れいまは亡い。ひとり娘との関係もぎくしゃくしている。正直、途中までは際立ってすごい小説という気はせずに読み進んでいた。確かに素晴らしい文章であるとは感じたが(翻訳もいいのだと思う)。驚いたのは終盤に入ってからだ。いくつかの謎が解き明かされ、ある種の救いはマックスのすぐそばに存在していたことを知る。そう、人は過去によって救われることもある。喪い続ける人生を歩む我々にとって、それは行く先を照らすかすかではあるが確かな希望の光となるだろう。
評価:
著者はこの小説を主人公ヴァンサンとジュヌヴィエーヴの恋愛物語として書いたのかもしれないが、個人的には我が子が行方不明となって途方に暮れる両親の話という側面がより胸に迫った。
私は恋愛に関してほとんど古くさいといえる少女趣味的な幻想を抱いている。すなわち“愛しあっているのに別れるなんてありえない”というものだ。もちろん実際問題としてはどんなに愛情があろうと結ばれない場合もあるだろう。政略結婚で親の会社を立て直さないといけないとか、好きな相手が近親者だったとか。しかしながらこのふたりは特に障害もなく結ばれ、そのうえ娘が謎の失踪を遂げているのだ。ふたりで一丸となってこの苦しみを乗り越えなければならないのではないか。しかし、この小説を読んで少し考えを改めた。もちろんそういった悲劇によってより強く結びつけられる夫婦もいるだろうが、どうしようもなく損なわれてしまう夫婦もいるだろう。しかし、長い孤独の後にヴァンサンたちもお互いの中に赦しを見出す。かつて存在した愛情によって人がどれほど支えられるか、胸に迫る一冊だった。
評価:
ロック・ラモーラに萌えた〜。読む前から表紙のイラスト(こういうラノベっぽい感じを嫌う人も多いかと思うが)ですでにノックアウトされました。天才詐欺師ロックについて、「神々がわざと人の目にとまらないようにかたちづくったのだろう、と思わせる」平凡な外見だという描写があるが、だとすればこの表紙絵はかっこよ過ぎ!
とはいえ、内容はなかなかにハードである。解説によればシリーズは今後6作続く構想とのことだが、重要と思われた登場人物が「え、この人も?この人も?」という感じでどんどん死んでいく。著者は筋金入りのゲーマーだそうで、なるほどロールプレイングゲームっぽいストーリー展開のようだ。
ロックと恋人サベーサの関係もすごく気になる。サベーサは本書では回想シーンにすら登場せず。この思い切った引き、天才詐欺師並みかも。
評価:
荒俣先生……筆が進まれたのですね、こんなに長い話になって……電車の中で読もうと思って鞄に入れたことを後悔しました。
さて、私などの年代の者にとっては、“「帝都物語」といえば嶋田久作”というくらいあの映画の強烈なビジュアルが脳裏にこびりついているのではないかと思う。観てないですけど(ポスターだけでも十分すぎるインパクト)。本書を読み進めるにあたっても、登場人物の顔がすべて嶋久の顔に変換されて困った。土方歳三も嶋久、斎藤一も嶋久、平田篤胤の亡霊もその娘おちょう(女だけど)もみんな嶋久。嶋久の呪縛。
そんな私の脳内イメージはどうでもいいのだが、この小説世界では日本はすごいところになっている。伝奇小説好きにはたまらないだろう。壮大なるイメージの奔流に身を投じるのが正解。
書店員探偵が主人公の「配達赤ずきん」シリーズでおなじみ(なのは当たり前だが。「片耳うさぎ」が著者初のノンシリーズ作品なので)、大崎梢さんの最新作。
主人公は小学6年生の奈都。父親が事業に失敗したためにその実家に家族3人で身を寄せているのだが、それがとんでもなくだだっ広く荘厳で不気味なお屋敷。その家にたったひとりで(厳格な大叔母や愛想のないお手伝いさんなどはいるが)残されることになった奈都は、この屋敷に興味津々の中学生さゆりの助けを借りるのだが……。
子どもだけの冒険。屋敷にまつわる謎。大人たちの不可解な行動。講談社ミステリーランドから出ていると言われても疑わなかっただろう。初めのうちは気楽な謎解きかと思われた物語が、話が進むにつれて哀しい過去の事件が浮かび上がってくる。それでも真相が明かされた後、登場人物それぞれ前向きに生きていこうとしている姿勢が清々しい。書店を飛び出しても、著者の筆力は冴えている。
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