WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【単行本班】2007年11月の課題図書>下久保玉美の書評
評価:
童貞小説から家族小説へとシフトしていてびっくり。さすが家族小説もうまいですね。森見さんさんの文章は読んでいて非常に心地よいです。まるですぐそばで落語とか講談などのすばらしい話芸が演じられているようで、それをそのまま文章にした感じがします。
内容も偉大な父狸を持ったばかりに苦労する4狸兄弟と母狸が次の狸界のドンを目指すため、京都の街中をあたふたする話で展開も伏線も見事だし、爽快感もあります。ただ、弁天様が物足りないかな、と。もう少し彼女の悪女ぶりが強調されると物語に締りが出てさらに面白いのではないでしょうか。
こんな風にとっても楽しい小説です。読んで損はないと思います。でも、私の心に響くものがないのです。
評価:
これもまた1つの自己の確立についての小説だと思います。
作家を夢見る少女にある日襲い掛かった辛い現実とその現実に押しつぶされないために選んだ復讐。割とそれまでのトラウマ克服型小説って、子ども時代にうけた心の傷に大人になっても苦しめられていて、なんとか頑張ってもがいているうちになんとかなったり、あるいはなんとかしてもらったというものが多くて正直辟易していました。しかし本編は子どもの頃にうけた傷に、仲のよい男の子に間接的に助けてもらいながらも立ち向かうという点が今までの小説と志向性が違っていて素敵。子どもであることを自覚しつつも、じゃあ子どもだから自分に身に襲い掛かる不幸を甘んじて受けなければいけないのかと闘う少女の姿っていいなあ。
ただ、どうしても読んでると「これって作者の実体験?」と感じてしまうのがマズイのではないかと。闘う少女というモチーフがゴシップ的になってイヤだなと感じてしまいます。
評価:
タイトルが本当に素晴らしいと思います。
短編小説集ってその中の1編がタイトルになることが多いですが、本書はそうではなくて全体のモチーフをタイトルにしています。そう、タイトル通りハッピーエンドは1つもなくて、救いもあんまりないですね。しかし、救いのない代わりに仕掛けがあります。読んでいるとその仕掛けに見事に引っかかってしまうんです。「あ〜」とか「ヤラレタ!」とか思いながら読めてしまうんです。冒頭の「おねえちゃん」からすでに(おでこをベシッと叩きながら)「ヤラレタ!」です。この「おねえちゃん」を含め「サクラチル」や「尊厳、死」は面白くておすすめ。
1つお願いです。うっかり最後のページから開いて読まないでくださいね。面白さが半減してしまいますので! あ、これって『葉桜の季節に君を想うということ』の帯にも書いてあったようななかったような…。
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中学校までホントすごい退屈だった、あるいはしんどかった、という人にはおすすめ。かくいう私も中学校まで辛かったです。いじめとか学校の規則に、というよりも生徒同士の関係に疲れました。「出る杭は打たれる」という言葉があるように、少しでも目立つようなマネをしたり逆に暗かったりなんぞするとすぐに「仲間」の輪から弾かれてしまう。大人の世界よりもずっと標準というか子ども間の基準が厳しくてそれに則って学校生活を送らなければいけなかったのです。
本書の主人公真琴はある少年に出会うことによって、こうした基準、本文の言葉で言うなら「普通の子」というものに疑問を感じ始めます。最初、この少年と真琴の恋愛小説かと思っていましたが、ところがどっこい「普通の子」を大人だけでなく子どもも求める学校という閉塞した環境に対する闘いの小説でもあります。
「自分」を探したかったら闘ってくださいね。身近な癒しに逃げてはいかんのですよ。
評価:
足の親指が男性器になってしまうというぶっとんだ設定で男女のセクシャリティについて疑問を提示した『親指Pの修業時代』に匹敵する小説です。こちらも是非読んでください。性に関する考え方がひっくり返ります。
今回は犬になります。いやいや、下僕って意味ではないですよ。文字通り動物の犬になるのです。人間の女性から変身したオス犬フサが兄との近親相姦や母親との確執に悩む女性梓を愛情をもって支え、時には身を挺して守っていきます。その交流の中で生まれる愛情やその果ての終末はただの動物好き好き小説とは一線を画しているし、人間や動物の種を超えようという試みをこうして小説として描ききるというのは本当にすごいことだと思います。
でも、私は人間は人間に、人間の発する言葉でしか救われないと思っているので結局梓が救われたのかは疑問なのです。
評価:
「訳者あとがき」がかなり面白くて、本編を読む助けになりました。アメリカ文学において短編小説の隆盛は社会や政治といった大きな物語を描くということから、作者の「私」というものの確立へと至るために描かれる小さな物語への移行と密接に関わっているという点が非常に興味深いです。
本編の主人公たちもまた、社会であるとか世界であるとか大きな周辺に関心を払う様子はなく、小さな周辺、本当に自分とか家とかの周囲程度の物事にしか関心を払っていません。こうしたことって「狭い世界」と非難を浴びそうなものですが、きっと主人公たちは気にもかけず逆に「広い世界って何?意味あるの?」と問うてくるのではないでしょうか。
まあ、難しいことはさておき。一種のファンタジーだと思って読むと楽しめると思いますよ。奇人・変人・犬・ハーフ…と風変わりな現代のおとぎ話です。
評価:
1編1編短いのにオチもきちんとついていて面白いと思います。
シリーズになっている夜の探偵カーデュラ(彼の正体は前作を未読の人にはちょっとわかりにくいかも)や迷刑事ターンバックルもキャラクター小説としてとても楽しめます。ターンバックル刑事よ、もっと頑張れとエールを送りたいところですが頑張ったら面白くないですね。
他にも「正義の味方」は最後にエエッ!とさせられ、「動かぬ証拠」は心理戦にハラハラし、「フェアプレイ」はお互い様だと思い、「三階のクローゼット」は毛色が違うのか?と思いきやうまいこと落とす、とシリーズになっていない作品にも読み応えがありました。一番面白かったのは「いまから十分間」かな、と。爆弾らしきものを持ち歩くことで警察などを混乱させる男の行動がこんなところに繋がるなんて!とニヤリとさせられます。
でも、きっと次の日になったら忘れてしまうんだろうなあ…。夜の2時間ドラマみたいな雰囲気がどうしてもぬぐえないんです。
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