『隠蔽捜査』

  • 隠蔽捜査
  • 今野敏 (著)
  • 新潮文庫
  • 税込620円
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評価:星5つ

 最初の部分を読んだ時、「なんだこれ、イヤミなエリートの話か?」と、むっとした。有名私大に合格した息子には「東大以外は大学ではない」と浪人をすすめる。元上司の息子と交際中の娘が「私と彼が結婚すれば、お父さんにとって都合がいいんでしょ?」と言われて「たしかに都合はいい」と思うままに答える。だいたい、「私たちは幻想の中で暮らしているというんですか?」「そうだ、作られた世界だ。」なんて話は、家でくつろぐフツーの夫婦の会話とは思えない。
 いや〜、家族や友人にいて欲しくない!うっとうしい!これが、主人公・竜崎伸也の第一印象だ。警察官僚(キャリア)として警察庁長官官房でマスコミ対策を担う竜崎とは、対照的な存在として登場するのが、彼の幼なじみである伊丹、警察庁の刑事部長。いわゆる現場派の彼の方が、断然つきあい易そう。だが、そんな「とっつきにくい男」竜崎の印象が、連続殺人事件に対する彼の態度を見ているうちに、変わってきた。塩野七生さんが、イタリアを題材とした作品でよく挙げる言葉「ノーブレス・オブリージ(高貴な者の果たすべき義務)」を、警察の中で実践しようとした男は、一本スジが通っている、結構イイ男だったのだ。エリート意識も、そんなに悪くはないかもしれない。それが「正しいエリート意識」であるならば。

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『かたみ歌』

  • かたみ歌
  • 朱川湊人 (著)
  • 新潮文庫
  • 税込460円
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評価:星4つ

 「三丁目の夕日」などで、現在ノスタルジィブームになっている昭和30年代。そこからもう少し、時代は進んで40年代、東京・下町のアカシア商店街で起こる様々なことを、主人公を変えて綴る連作短編集。共通するのは、主人公達がこの世ならぬ存在と遭遇することと、町の古書店の店主と、何らかの関わりを持つこと。黄泉の国と繋がっている石灯籠や、幽霊の出没する町など、舞台を江戸時代に設定して、別のパターンが作れそうな作品と感じた。
 芥川龍之介似で、有名な野球選手と同姓同名の書店主は、町の人達のいろいろな人生の傍観者であり続けるが、最後に自分が物語の主役となって登場する。このまとめ方は定番的とも言えるが、おさまりとしては良い。彼と文才豊かな妻との関係は、金子みすずと夫のそれを彷彿とさせる。この書店主と妻の関わりを、第三者の説明よりも、当事者により多く語らせた方が、読者の、書店主に対する共感度が増したのではないだろうか。出来事にせよモチーフとなっている歌にせよ、時代との結びつきが強いので、年代により読者を選ぶ作品となるだろう。

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『名短篇、ここにあり』

  • 名短篇、ここにあり
  • 北村薫、宮部みゆき (編)
  • ちくま文庫
  • 税込798円
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評価:星5つ

 つくづく、宇宙人は、着陸場所の選択を誤りましたね…。
 いえ、映画の話です。最初から、日本に着陸していれば、『地球の静止する日』『インデペンデンス・デイ』みたいに「いきなり撃たれる」「鉄拳を見舞われる」なんて事態は避けられただろうに。やっぱり肉食中心の欧米人は戦闘的なんですよ。農耕民族の日本人をご覧なさい。
 と、えらく前置きが長くなってしまったが、そんな穏やかな日本人と宇宙人の遭遇を描いたのが、本書トップの『となりの宇宙人』。落ちてきた円盤の中から、宇宙人が出て来た時の第一声、「嫌だ、宇宙人じゃない。」そして皆笑って、「宙さん」と呼び名をつける。どうです、こののどかさ。やっぱりねぇ、まず第一に拒絶よりも受容ですよ。人づきあいの基本だと思いませんか?戦国にタイムスリップしてきた自衛隊と、戦国武将達のドンパチ『戦国自衛隊』を著した半村良先生の作品とは思えません。感情表現を極力抑えた文章なのに、登場人物の語らぬ思いを感じ取る事ができる松本清張の『誤訳』もお勧め。
 読んだ事がある作家の意外な面を発見したり、変わらぬ作者のテイストに安心したりと、人それぞれの楽しみ方が出来る短編集。

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『AMEBIC』

  • AMEBIC
  • 金原ひとみ(著)
  • 集英社文庫
  • 税込420円
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評価:星3つ

 いやぁ、まさに「錯文」だった、「作文」でなく。このインパクトは本当にすごい。3ページ改行無しで延々と続き、次々と話している対象が飛ぶ。書かれた内容が、自分の想像力を越えていくので、追うのが大変。冒頭にして、読者をかなり狭めてしまうんじゃなかろうか。勿論、全編にわたって錯文が連ねられているわけではなく、この後は、書き手である「私」の言動の中に、錯文が挿入される程度なので、読みづらさはそれほどでもない。でも、やっぱりそうとう強い癖がある文章であり、内容だ。
 主人公は女性作家で、恋人の編集者には婚約者がいる。会話を交わすのはタクシー運転手くらいで、家族が出てくるわけでもなし。極めて閉じられた世界に生きる女性の話だ。恋人の結婚というカウントダウンが設定されているのに、展開はそれほど劇的でもない。「この本を読んで何かの解決になれば」とか、「苦しみの中で、ささやかな幸せを見つけたい」という人には向かない。むしろ、「思いを吐き出す事でカタルシスを感じたい」と思う人の共感を呼ぶ作品ではないだろうか。

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『ビネツ』

  • ビネツ
  • 永井するみ(著)
  • 小学館文庫
  • 税込730円
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評価:星4つ

 「『ビネツ』と聞いて『微熱』を想像した」と角田文代さんが解説で述べている。本当は「美熱」=「美しさへの熱中」なのだが、角田さんの想像も、あながち間違ってはいないかも。なぜなら、登場人物達の持つ「熱(欲望、と言い換えてもいいかもしれないが)」は、初めのうちは、本当に微かなものなのだ。
 青山の有名なエステサロンにスカウトされたエステティシャンの麻美は、同僚を憚って「ほんの少しだけ出っ張った杭でいよう」と努める。OLの舞は、異性からのウケがいい同僚に憧れて、彼女の服装を真似てみる。
 だが二人の欲望は、次第に大きくなってゆく。周囲から、カリスマエステティシャンの再来と称されるようになった麻美は、彼女を超えたいと願うようになる。舞は同僚にならってエステサロンにはまり、金銭的に破綻をきたす。彼女達だけではない。麻美に嫉妬する同僚、麻美を利用してエステサロンを繁栄させようとするサロンのオーナー・京子、女から女へと渡り歩く京子の夫・安芸津。エステサロンで動く多数の「手」と、人々の欲望が「手」の形をして絡み合う様が、二重写しに見えてきて、ぞくぞく。但し、「これから何が起こるんだろう?」と思わせて、「あれっ、これで終わりなの?」と感じたエピソードがいくつかあったので、少し残念だった。

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『1/2の埋葬(上・下)』

  • 1/2の埋葬(上・下)
  • ピーター・ジェイムズ(著)
  • ランダムハウス講談社文庫
  • 税込861〜893円
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評価:星4つ

 たしかに言いますね、『結婚は人生の墓場』って。だから独身者は、結婚前日に最後の「バカ騒ぎ」をやる。それが「スタグナイト」もしかしたら、米国風の言い方、「バチェラー・パーティ」の方が、日本人には通りがいいかも。コメディ映画のタイトルにもなってるくらいだから。でも、本当にカンオケに入っちゃうのは、いくらブラックジョーク好きのイギリス人だって、やり過ぎでしょーが。そう、本作の「バカ騒ぎ」は、本当に、笑い事では済まされない。花婿が棺桶に閉じ込められ、その場所を知っている友人達は全員死亡!花婿のいる場所を知っている人は、世界中で誰もいない!
 婚約者の失踪に悲しむ花嫁の話を聞くのは、自身も妻に失踪された警視グレイス。悲しみに沈む花嫁を「すばらしい女優なのかも」と鋭く観察しながらも、去った妻の事は冷静に考えられない。「仕事には優秀だけどね…」なんて言われるタイプの不器用くんだ。まだ、本当に死んじゃいない「1/2埋葬された」花婿の命が保つか、不器用男の捜索が間に合うか。コメディ部分が排除されたタイムリミットものなので、時に息苦しくなりながらも、一気に読めた。「墓もの」を監督したから、というわけではないが、『シャロウ・グレイヴ』の監督ダニー・ボイルあたりが映画化すると面白そう。

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『数独パズル殺人事件』

  • 数独パズル殺人事件
  • シェリー・フレイドン(著)
  • ヴィレッジブックス
  • 税込893円
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評価:星4つ

 「あなたと私の頭の構造は違いすぎる!まるで文系と理系みたい。」
 なんて、フラれる理由にまでなってしまう「理数系」と「文系」(とほほ)。でもそんな風に、何でもかんでも二つに切り分けてると、知らないうちに人生だって、読書だって、半分損してる?
 だとすれば、日本発の数学パズル「数独」を題材に描かれた本作は、「理数系の話?数字なんて大っ嫌い!」と思っている、文系の貴方にこそお勧め。だって中身はミステリー。「数学用語ばかりが出てきて、キャー大変!」なんてことはありませんとも。
 共通の趣味「パズル」を持ち、世代を越えた友情を育んでいたアヴォンデール教授の危機を知り、故郷に戻った数学者ケイト(ケイティ)。ケイティは、「確率が支配する安定した世界-数学」の事なら何でもござれ。でも、そんな彼女が「教授の殺人」というそれとは逆の事態に遭遇したからさあ大変。数学に取り組んだように「要素を自由にまとめ、再編成し、理論を立て」て、この事件を解決できるのか?「将来有望な堅い仕事」を持つ相手との結婚を勧めたがるケイティの叔母、よそ者扱いされて不満気味の警察署長、教授の愛(?)を巡ってケイティと争う博物館の事務員、などなど。静かな田舎町で起こった殺人事件が、個性豊かなキャラ達を交えてテンポよく綴られており、楽しく読めた。

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岩崎智子

岩崎智子(いわさき ともこ)

1967年生まれ。埼玉県出身で、学生時代を兵庫県で過ごした後、再び大学から埼玉県在住。正社員&派遣社員としてプロモーション業務に携わっています。

感銘を受けた本:中島敦「山月記」小川未明「赤い蝋燭と人魚」吉川英治「三国志」

よく読む作家(一部紹介):赤川次郎、石田衣良、宇江佐真理、江國香織、大島真寿美、乙川優一郎、加納朋子、北原亜以子、北村薫、佐藤賢一、澤田ふじ子、塩野七生、平安寿子、高橋義夫、梨木香歩、乃南アサ、東野圭吾、藤沢周平、宮城谷昌光、宮本昌孝、村山由佳、諸田玲子、米原万里。外国作家:ローズマリー・サトクリフ、P・G・ウッドハウス、アリステア・マクラウド他。ベストオブベストは山田風太郎。

子供の頃全冊読破したのがクリスティと横溝正史と松本清張だったので、ミステリを好んで読む事が多かったのですが、最近は評伝やビジネス本も読むようになりました。最近はもっぱらネット書店のお世話になる事が多く、bk1を利用させて頂いてます。

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