『ビネツ』

ビネツ
  • 永井するみ (著)
  • 小学館文庫
  • 税込730円
  • 2007年12月
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン
  1. 隠蔽捜査
  2. かたみ歌
  3. 名短篇、ここにあり
  4. AMEBIC
  5. ビネツ
  6. 1/2の埋葬
  7. 数独パズル殺人事件
岩崎智子

評価:星4つ

 「『ビネツ』と聞いて『微熱』を想像した」と角田文代さんが解説で述べている。本当は「美熱」=「美しさへの熱中」なのだが、角田さんの想像も、あながち間違ってはいないかも。なぜなら、登場人物達の持つ「熱(欲望、と言い換えてもいいかもしれないが)」は、初めのうちは、本当に微かなものなのだ。
 青山の有名なエステサロンにスカウトされたエステティシャンの麻美は、同僚を憚って「ほんの少しだけ出っ張った杭でいよう」と努める。OLの舞は、異性からのウケがいい同僚に憧れて、彼女の服装を真似てみる。
 だが二人の欲望は、次第に大きくなってゆく。周囲から、カリスマエステティシャンの再来と称されるようになった麻美は、彼女を超えたいと願うようになる。舞は同僚にならってエステサロンにはまり、金銭的に破綻をきたす。彼女達だけではない。麻美に嫉妬する同僚、麻美を利用してエステサロンを繁栄させようとするサロンのオーナー・京子、女から女へと渡り歩く京子の夫・安芸津。エステサロンで動く多数の「手」と、人々の欲望が「手」の形をして絡み合う様が、二重写しに見えてきて、ぞくぞく。但し、「これから何が起こるんだろう?」と思わせて、「あれっ、これで終わりなの?」と感じたエピソードがいくつかあったので、少し残念だった。

▲TOPへ戻る

佐々木康彦

評価:星3つ

 まわりから特別な存在と思われたいというのは、多かれ少なかれ誰にでもある気持ちなのですが、これが多すぎる人は他人に対する嫉妬心ばかりが大きくて、人の足を引っ張ることで自分が浮上しようとしたりします。自分自身の能力を高めないと、そういうことは意味がないのですが、想像する能力が決定的に欠けているのですね。
 そのような想像力の欠如した人たちから嫌がらせをうけながらも、かつて「ゴッドハンド」と呼ばれたエステティシャン、サリ、と同じ高みにのぼっていく主人公の麻美、その過程を読んでいくのは面白かった。サリの存在は物語の背景にずっとくっついているものの、死の謎など細部がなかなか明らかにならないのですが、最後の最後、本当に残り少なくなったページ数のところで全てが明らかになった時には、麻美の奮闘に夢中になっており、自分の中でサリの死の謎について考える意識が薄かったので、驚きがありました。ミステリー要素がなかったとしても楽しめる作品です。

▲TOPへ戻る

島村真理

評価:星3つ

 美しくなることに関心はある。でも、エステサロンの敷居は高い。値段も高いだろう。その割に効果は期待できないかもと、遠ざける理由は多々ある。私が初めて体験するエステの世界はこの本でした。
 分厚い掌でこってりと撫で回されるマッサージ。その気分とは、どんなものだろう。気持ちいいのは間違いなさそうだ。「ヴィーナスの手」にヘッドハンティングされた麻美。かつてこの店にいた“神の手”をもつサリの再来といわれ、彼女を意識していく。夢を追い、階段を登っていく才能ある女性のサクセスストーリーを楽しめる。
 けれど、ここは女の欲望渦巻く世界。濃厚でドロドロとした女の本音と、そこから湧き出てくる化け物を目の当たりにすることができる。正直こわいよ。女の美の秘密。裏に隠れている物の正体をみたりというとこでしょうか。

▲TOPへ戻る

福井雅子

評価:星3つ

 永井するみの描くねっとりした女性たちはどうも好きになれないのだが、この作品はエステティシャンの主人公がアロママッサージの施術をする場面が頻繁に登場し、高級エステサロンのアロママッサージを受けているような心地よさが作品を包んでいるために、美への執着、嫉妬、愛憎を描いてもドロドロ感が緩和されているように感じた。
 ありふれたストーリーではあるが、なんと言っても光っているのはエステサロンの施術シーンの描写だろう。アロマオイルの香りやエステティシャンの手の感触がリアルに伝わり、マッサージを受けている気分で心地よく読める。思わずアロママッサージの予約を入れたくなるほどだ。ただし、読者が男性の場合には、美への執着にも共感できなければエステサロンのマッサージにもさっぱり臨場感が感じられない可能性もあり、評価は分かれるかもしれない。

▲TOPへ戻る

余湖明日香

評価:星3つ

 タイトルは「微熱」ではなく「美熱」。その漢字の表すとおり美に熱をあげ、振り回し振り回される女性たちを描いた、エステサロンを舞台にした小説。2006年にテレビドラマ化もされたようで、男女の愛憎、職場でのライバルに対する嫉妬など、確かにこのどろどろっぷりはテレビドラマ向きだなあと思う。
とにかく登場人物みんなが程度の差こそあれ欲深く、自分のプライドを汚された腹いせにエステサロンを窮地に陥れる女たちの醜い一面は、恐ろしいの一言。
女性はなぜここまで美しさを保つためにお金を使ってしまうのか……しわや肌のハリやしみに一喜一憂し、少しでも効果があると聞くと色々なものを試してしまうのか。
それは仕事で認められたい、愛されたい、理解されたいという欲求とほとんど変わらないのではないかと、彼女たちの欲の行き着く先を読み終わって感じる。「本当の私を知ってほしい」ということと裏表なのではないかな?
美容業界の仕事に生きる女性を描く林真理子さんの『コスメティック』も併せて読むと面白い。

▲TOPへ戻る

<<課題図書一覧>>