『隠蔽捜査』

隠蔽捜査
  • 今野敏(著)
  • 新潮文庫
  • 税込620円
  • 2008年2月
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  1. 隠蔽捜査
  2. かたみ歌
  3. 名短篇、ここにあり
  4. AMEBIC
  5. ビネツ
  6. 1/2の埋葬
  7. 数独パズル殺人事件
岩崎智子

評価:星5つ

 最初の部分を読んだ時、「なんだこれ、イヤミなエリートの話か?」と、むっとした。有名私大に合格した息子には「東大以外は大学ではない」と浪人をすすめる。元上司の息子と交際中の娘が「私と彼が結婚すれば、お父さんにとって都合がいいんでしょ?」と言われて「たしかに都合はいい」と思うままに答える。だいたい、「私たちは幻想の中で暮らしているというんですか?」「そうだ、作られた世界だ。」なんて話は、家でくつろぐフツーの夫婦の会話とは思えない。
 いや〜、家族や友人にいて欲しくない!うっとうしい!これが、主人公・竜崎伸也の第一印象だ。警察官僚(キャリア)として警察庁長官官房でマスコミ対策を担う竜崎とは、対照的な存在として登場するのが、彼の幼なじみである伊丹、警察庁の刑事部長。いわゆる現場派の彼の方が、断然つきあい易そう。だが、そんな「とっつきにくい男」竜崎の印象が、連続殺人事件に対する彼の態度を見ているうちに、変わってきた。塩野七生さんが、イタリアを題材とした作品でよく挙げる言葉「ノーブレス・オブリージ(高貴な者の果たすべき義務)」を、警察の中で実践しようとした男は、一本スジが通っている、結構イイ男だったのだ。エリート意識も、そんなに悪くはないかもしれない。それが「正しいエリート意識」であるならば。

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佐々木康彦

評価:星5つ

 「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい」とは有名な「草枕」の一文ですが、組織の一員として日々生活しているとこの言葉が本当に身に沁みます。しかし、同じように組織の一員として働く人間でも本作の主人公竜崎伸也のように自分の中に確固たる信念があり、それを貫くことが一番の目的であり、またその為にはどのような苦労もいとわない人間にとっては特に関心を引かない言葉なのかも知れません。作中竜崎が言う「(中略)正論が通用しないのなら、世の中のほうが間違っているんだ」という台詞は彼のキャラクターをとてもよく表しています。

 本作は連続殺人の犯人探しが主題ではなく、警察という組織の矛盾を竜崎という変人(人間としては正しい行動をしているのですが)を通して描くことで浮き彫りにした小説です。組織人として、また親としても、考えさせられるところの多い作品でした。

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島村真理

評価:星5つ

 ほんの10ページほど読むと、竜崎伸也が家と職場でどう思われているかがよくわかる。“頭が固くていやなヤツ”だろうと。しかし、こんな融通の利かないヤツは嫌だなという思いはあっという間に覆された。夜中の呼び出しもいとわず職務をまっとうする姿勢。考えの端々ににじむ、一本筋が通った考えは驚くほど清々しく、それ以上に、人としていいヤツなのだ。なかなか他人にはわかってもらえないけれど。
 連続殺人事件発生から、警察組織が崩壊しかねない方向へすすんでいく。竜崎は困難に真剣に立ち向かっていく。彼は、私たちが望んでいる公人の理想の姿であり、こういう人がいてもらわなくては困ります。警察だけでなく、権力を持ちうるすべての立場の人に見習って欲しいと思いました。読めば熱くなる。こんな警察小説は味わったことない。絶対オススメしたい一冊です。

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福井雅子

評価:星5つ

 いわゆる「警察小説」なのだが、ストーリーテリングがうまいことと人物が生き生きと魅力的に描かれているおかげで、あっというまに引き込まれて一気に読んだ。警察官僚である主人公の竜崎伸也はかなりの変人なのだが、読み進むうちにいつのまにか竜崎ファンになっている自分に気づく……。そして、この作品のもうひとつの魅力は、警察小説でありながら同時に、竜崎家の家族の物語であり、父親としての竜崎伸也の物語でもあることだ。こちらのほうでもじわっと心に染み入るような味わい深い物語となっている。
 私の中の「警察小説」のイメージをより豊かなものに塗り替えてくれて、素直に「面白い」と思って読めた作品である。シリーズ化されて第二作がすでに出ているようなので、早速読まなくては!

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余湖明日香

評価:星4つ

 おそらく冒頭で、読者のほとんどが主人公の官僚・竜崎に反感を覚えるだろう。
「東大以外は大学じゃない」と言って息子を浪人させ、娘には上司の息子との結婚を勧め、家庭のことは妻にまかせっきり。絵に描いたような仕事人間。息子の重大な問題に直面しても、自分の保身しか考えていないように思える。
まあ友達にはなりたくないな、と思う。自分の父親ならなおいやだなとも。
ところがこの小説のすごいところは、竜崎の態度は一貫していて変わらないのに、竜崎に対する私たちの見方がすこしずつ変わっていってしまうような事件を積み重ねていくところだ。
竜崎は小学校の同級生で同じキャリアの警察官の現場主義を馬鹿にしながらも、彼なりの「現場」を信念の下に動き回る。ただ真面目というのではなくただ正義を振りかざすわけではない、今までなかった人物像で、私の中の「いい人・悪い人」「仕事ができる人・できない人」観を考え直さなければいけないかもと思ってしまった。

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