『隠蔽捜査』

隠蔽捜査
  • 朱川湊人 (著)
  • 新潮文庫
  • 税込460円
  • 2008年2月
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  1. 隠蔽捜査
  2. かたみ歌
  3. 名短篇、ここにあり
  4. AMEBIC
  5. ビネツ
  6. 1/2の埋葬
  7. 数独パズル殺人事件
岩崎智子

評価:星4つ

 「三丁目の夕日」などで、現在ノスタルジィブームになっている昭和30年代。そこからもう少し、時代は進んで40年代、東京・下町のアカシア商店街で起こる様々なことを、主人公を変えて綴る連作短編集。共通するのは、主人公達がこの世ならぬ存在と遭遇することと、町の古書店の店主と、何らかの関わりを持つこと。黄泉の国と繋がっている石灯籠や、幽霊の出没する町など、舞台を江戸時代に設定して、別のパターンが作れそうな作品と感じた。
 芥川龍之介似で、有名な野球選手と同姓同名の書店主は、町の人達のいろいろな人生の傍観者であり続けるが、最後に自分が物語の主役となって登場する。このまとめ方は定番的とも言えるが、おさまりとしては良い。彼と文才豊かな妻との関係は、金子みすずと夫のそれを彷彿とさせる。この書店主と妻の関わりを、第三者の説明よりも、当事者により多く語らせた方が、読者の、書店主に対する共感度が増したのではないだろうか。出来事にせよモチーフとなっている歌にせよ、時代との結びつきが強いので、年代により読者を選ぶ作品となるだろう。

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佐々木康彦

評価:星4つ

 アカシア商店街、幸子書房の老主人、覚智寺、そして昭和四十年半ばといった共通の設定の中で起こる不思議な出来事。「面白い」と同時に「うまい!」という印象が読後に残ります。ひとつひとつの物語に直接の繋がりはないのですが、最後の短篇「枯葉の天使」でひとつの謎が明らかになった瞬間、全篇を貫く一本の線が浮かび上がり、七つの短篇がひとつの長編小説のようになるのです。

 本作では人間の描き方がステレオタイプではなく、人というものは見る角度により善人にも悪人にも見える、といった考えのもとに描かれているような気がします。ここらへんは作品の印象も含めて浅田次郎の短篇小説に似ているな、と感じました。
 また、全篇通じて流行歌が物語にちょっとしたアクセントを加えていて、「おんなごころ」の最後に『いいじゃないの幸せならば』が流れるところなんかは、どうしようもなく切ない気持ちになりました。
 四十代から五十代の方はわかるところが多い作品ではないでしょうか。

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島村真理

評価:星4つ

 アカシア商店街のある小さな町の住民が遭遇する出来事は、奇妙だけれど心にじんとしみる。古本屋の店主を中心につながる短篇たちは、悩みを抱えた人たちのすき間を埋めてくれるあったかな話だ。
 ノスタルジックな昭和時代を書かせたら、朱川氏の右に出るものはいないだろうと思ってしまう。彼の作品は怖いけれど、せつないファンタジーを実現してくれるうれしさもある。懐の深さとかやさしい気持ちを思い出させ、やわらかいところを刺激してくる。
 「ひかり猫」の話が好きだ。死んだ猫が魂となって人恋しく甘えてくるのを主人公はあっさり受け入れる。猫ですら寂しさを抱えている現実の悲しさ。いろいろ深読みしてしまいました。大事なものを大切にしたいという素直な気持ちになる作品たちです。

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福井雅子

評価:星3つ

 30年前の東京の下町、アーケードつきのアカシア商店街があるその街は、死後の世界とどこかでつながっているらしく、不思議なことがよく起きる。悲惨な事件が起きたり、悲しい過去を心に抱えて生きる人が何人もいたり、暗く重くなりそうな話のはずなのに、不思議と陰鬱さがない作品だ。静かで寂寥感が漂うけれど、決して暗さや重さにはなっていない。運命を受け入れ、時には幽霊(?)までも受け入れるような、街の人たちのおおらかさは、どこかなつかしくてほっとする。淡々とした語り口で、物語がすっと心に入ってくることも、肩の力を抜いて読める理由のひとつだろう。
 7つの連作短編の形になっているが、どの物語も「誰かを思う気持ち」がテーマになった話のため、悲しい話なのに心があたたまる。強く印象に残る本ではないが、読後感は悪くないと思う。

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余湖明日香

評価:星3つ

 昭和、東京の下町。商店街で起こる、ちょっと普通ではない出来事を描いた短編集。全てに「死」が関わってくるというのに、「怖い」と「温かい」が同居する不思議な読後感がある。
全編を通して鍵となるのが商店街の古本屋だ。中でも好きな一編は「栞の恋」。
『耳をすませば』は図書館の本の貸し出しカードに書かれた名前でお互いを意識していたけれど、こちらは棚の古本に挟んだメモを交換日記のようにやり取りする。読書なんて全くしない酒屋の娘と文学青年、二人の淡い恋の結末はどうなるのか……ぜひ読んで味わってみてほしい。
作中の商店街ではいつも歌謡曲が流れている。残念ながらほとんどそれらの歌を知らず、商店街というものも知らないで育ったので、想像で補うしかないけれど、それでも充分作品の世界を味わうことができた。

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