WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【文庫本班】2008年3月 >余湖明日香の書評
評価:
おそらく冒頭で、読者のほとんどが主人公の官僚・竜崎に反感を覚えるだろう。
「東大以外は大学じゃない」と言って息子を浪人させ、娘には上司の息子との結婚を勧め、家庭のことは妻にまかせっきり。絵に描いたような仕事人間。息子の重大な問題に直面しても、自分の保身しか考えていないように思える。
まあ友達にはなりたくないな、と思う。自分の父親ならなおいやだなとも。
ところがこの小説のすごいところは、竜崎の態度は一貫していて変わらないのに、竜崎に対する私たちの見方がすこしずつ変わっていってしまうような事件を積み重ねていくところだ。
竜崎は小学校の同級生で同じキャリアの警察官の現場主義を馬鹿にしながらも、彼なりの「現場」を信念の下に動き回る。ただ真面目というのではなくただ正義を振りかざすわけではない、今までなかった人物像で、私の中の「いい人・悪い人」「仕事ができる人・できない人」観を考え直さなければいけないかもと思ってしまった。
評価:
昭和、東京の下町。商店街で起こる、ちょっと普通ではない出来事を描いた短編集。全てに「死」が関わってくるというのに、「怖い」と「温かい」が同居する不思議な読後感がある。
全編を通して鍵となるのが商店街の古本屋だ。中でも好きな一編は「栞の恋」。
『耳をすませば』は図書館の本の貸し出しカードに書かれた名前でお互いを意識していたけれど、こちらは棚の古本に挟んだメモを交換日記のようにやり取りする。読書なんて全くしない酒屋の娘と文学青年、二人の淡い恋の結末はどうなるのか……ぜひ読んで味わってみてほしい。
作中の商店街ではいつも歌謡曲が流れている。残念ながらほとんどそれらの歌を知らず、商店街というものも知らないで育ったので、想像で補うしかないけれど、それでも充分作品の世界を味わうことができた。
評価:
北村薫さんの著書もアンソロジーも好きなのだけれど、その豊富な知識と物語への愛はほんとうに尊敬しています。
収録されている12編は、名前は知っていてもほとんど読んだことのない作家の小説ばかりだったのでお得感たっぷり。
特に松本清張「誤訳」は、わずか17ページながら読み終えた後に彼らのその後を思わずにいられない。
欲を言えば、巻末の北村薫さんと宮部みゆきさんとの解説対談を、もう少し長く掲載してほしい!本編を読んで、解説を読んで、また本編に戻って読んで……読者の数だけ読み方があるけれど、楽しかった部分や感動した部分を他の人と共有するのも、そこからまた新しい発見をするのも、読書の楽しみの一部だと、お二人はよく実感しているんだろうなあ。
評価:
著者とダブるような(おそらくあえてイメージをダブらせている)主人公である作家の女性の自意識にどうしても違和感を覚える。思いを寄せる男の婚約者の職業・パティシエを意識し、お菓子を作っては捨てる行為。水分を取らないといいつつエスプレッソを飲む。彼女の行為は、彼女自身が格好いいと思っているだろうことがわかるのだけれど、主張も行動も一貫性がなくどうにも格好よくない、魅力的に見えないのだ。錯乱した状態で残した文章「錯文」も、ただ思考をまるまる文章に移したようで、こういう文章を書いて発表していた人は大学時代に複数いたなーと思ってしまう。
ライムと地球の話、ブックマークと領収書など、面白いと思うエピソードもあるのだけれど、エピソードだけを盛り込んだようで、全体の物語からは浮いて見える。
1983年生まれの私は金原ひとみさん、綿矢りささん、島本理生さんと同年代。彼女たちの作品を読むと、どうしても「同じ年の人がこんなことを考えるのか」という視点が入ってしまう。もっと素直な気持ちで、そしてもっと私に読解力があれば、面白かったのかもしれない。
評価:
タイトルは「微熱」ではなく「美熱」。その漢字の表すとおり美に熱をあげ、振り回し振り回される女性たちを描いた、エステサロンを舞台にした小説。2006年にテレビドラマ化もされたようで、男女の愛憎、職場でのライバルに対する嫉妬など、確かにこのどろどろっぷりはテレビドラマ向きだなあと思う。
とにかく登場人物みんなが程度の差こそあれ欲深く、自分のプライドを汚された腹いせにエステサロンを窮地に陥れる女たちの醜い一面は、恐ろしいの一言。
女性はなぜここまで美しさを保つためにお金を使ってしまうのか……しわや肌のハリやしみに一喜一憂し、少しでも効果があると聞くと色々なものを試してしまうのか。
それは仕事で認められたい、愛されたい、理解されたいという欲求とほとんど変わらないのではないかと、彼女たちの欲の行き着く先を読み終わって感じる。「本当の私を知ってほしい」ということと裏表なのではないかな?
美容業界の仕事に生きる女性を描く林真理子さんの『コスメティック』も併せて読むと面白い。
評価:
久々に寝食を忘れて上下巻一気読み!!すっかり寝不足になってしまった。
結婚前夜、悪友たちが新郎を棺桶に入れて生き埋めにし、掘り返す前に友人全員が交通事故死。目撃者ゼロ。
上巻の裏表紙のあらすじをよむだけで「これは面白そう…」とおもっていたのだけれど、本編はさらにとんでもない。
結婚式目前で1人残された新婦、唯一いたずらに参加していなかった新郎の友人、捜査の指揮を取る警視それぞれが動き出すのだけれど、生き埋めになった新郎の状況はますます深刻になってゆく。あと少しだけ…と思っていても、つい先が気になって止まらなくなる。
警視グレイスが、妻が数年前に失踪したことを引きずっていたり、捜査の要で霊能者の所へ通ったりと一癖あるので、ぜひシリーズ続編も読んでみたい。
著者は脚本家・映画プロデューサーらしいのだが、展開のスピーディーさはまさにハリウッド映画のよう。大事な用事の前には決して読まないことをお勧めします。
評価:
世界初・数独をテーマにしたミステリー!…ということ。
だけど、面白かったのは謎解きよりも数学者の主人公。
写真的記憶力を持ち、数学オタクなのに対人能力のスキルが低いことが悩み。
明晰な頭脳で問題をずばずば解決していくのかと思いきや、人と話すたびに論理的に話せているか気に病み、せっかくデートに出かけても居心地の悪い思いをして、数学の話ができる人と落ち着きたいと思ってしまう愛すべきケイト!
パズルや数学を使ったミステリーを期待していて、そちらは少し物足りなかったけれど、不器用なケイトを一生懸命応援したくなる。ケイトが住むニューハンプシャー・グランヴィルの町の人たちも一癖も二癖もあって魅力的。
読み終わってもおまけの数独が6題あるので、これからじっくり楽しみたいと思います。
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