WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【文庫本班】2008年3月 >福井雅子の書評
評価:
いわゆる「警察小説」なのだが、ストーリーテリングがうまいことと人物が生き生きと魅力的に描かれているおかげで、あっというまに引き込まれて一気に読んだ。警察官僚である主人公の竜崎伸也はかなりの変人なのだが、読み進むうちにいつのまにか竜崎ファンになっている自分に気づく……。そして、この作品のもうひとつの魅力は、警察小説でありながら同時に、竜崎家の家族の物語であり、父親としての竜崎伸也の物語でもあることだ。こちらのほうでもじわっと心に染み入るような味わい深い物語となっている。
私の中の「警察小説」のイメージをより豊かなものに塗り替えてくれて、素直に「面白い」と思って読めた作品である。シリーズ化されて第二作がすでに出ているようなので、早速読まなくては!
評価:
30年前の東京の下町、アーケードつきのアカシア商店街があるその街は、死後の世界とどこかでつながっているらしく、不思議なことがよく起きる。悲惨な事件が起きたり、悲しい過去を心に抱えて生きる人が何人もいたり、暗く重くなりそうな話のはずなのに、不思議と陰鬱さがない作品だ。静かで寂寥感が漂うけれど、決して暗さや重さにはなっていない。運命を受け入れ、時には幽霊(?)までも受け入れるような、街の人たちのおおらかさは、どこかなつかしくてほっとする。淡々とした語り口で、物語がすっと心に入ってくることも、肩の力を抜いて読める理由のひとつだろう。
7つの連作短編の形になっているが、どの物語も「誰かを思う気持ち」がテーマになった話のため、悲しい話なのに心があたたまる。強く印象に残る本ではないが、読後感は悪くないと思う。
評価:
半村良、小松左京、吉行淳之介、山口瞳、松本清張、井上靖、円地文子など12人の作家の知られざる短編を集めた、なかなか贅沢な本である。ひとつひとつの短編は、それぞれの作家の「いかにもその作家らしい」作品というよりは、どちらかといえば「へえ、これがあの作家の作品?」と思うような作品が多いのだが、どれをとっても味わい深く、秀作ぞろいである。帯にある通り、まさに「意外な作家の意外な逸品」ばかりだ。
また、あえてこの12編を選んで一冊にまとめたところに、編者である北村薫と宮部みゆきの趣向が色濃く出ていて、その意味でも面白い本である。二人の対談の形で巻末に「解説対談」が収録されていて、最後にこれを読むとこの本を二度楽しめる。収録されている作家の豪華な顔ぶれといい、お得感たっぷりである。
評価:
摂食障害気味の女性作家のパソコンには朝になるとヘンテコな文章が残っていて、どうやら夜中に無意識のうちに錯文を書いている……という小説なのだが、いまひとつ作者の意図したものが伝わってこなかったように思う。特に錯文の部分は、主人公の深層心理から湧き上がるものという設定のため、神経症すれすれのアブナイ心理状態の根本にあるものが浮かび上がるのかと思ったが、これが読んでもさっぱりわからない……。作者と私の感性の違いはあるとしても、やはり何か物足りない。
「孤独と分裂の感覚を言葉で表現する」ことがこの作品のテーマだったということを作者のインタビュー記事で読んだ覚えがあるが、表現したところで終わらずに、その孤独や分裂する自己とどう向き合い、そこからどうするのかというところまで描いてほしかったなあと思う。
評価:
永井するみの描くねっとりした女性たちはどうも好きになれないのだが、この作品はエステティシャンの主人公がアロママッサージの施術をする場面が頻繁に登場し、高級エステサロンのアロママッサージを受けているような心地よさが作品を包んでいるために、美への執着、嫉妬、愛憎を描いてもドロドロ感が緩和されているように感じた。
ありふれたストーリーではあるが、なんと言っても光っているのはエステサロンの施術シーンの描写だろう。アロマオイルの香りやエステティシャンの手の感触がリアルに伝わり、マッサージを受けている気分で心地よく読める。思わずアロママッサージの予約を入れたくなるほどだ。ただし、読者が男性の場合には、美への執着にも共感できなければエステサロンのマッサージにもさっぱり臨場感が感じられない可能性もあり、評価は分かれるかもしれない。
評価:
ピーター・ジェイムズって何者? 誰かミステリー界の大物作家が第二のペンネームで書いているんじゃないかと思わせるほどの完成度の高さに驚いてしまった。こんな作家をなぜ今まで読んでいなかったんだろう……。文句なしの五つ星!
斬新なアイデア、ページをめくる手を止めさせないストーリー展開、登場人物とともにじわじわと追い詰められていく焦燥感を演出するテクニック、事件の解決のために奔走するグレイス警視や周辺の人物を魅力的に描く表現力──どれをとっても一流である。そのうえ、作品を面白くするそれらの要素のバランスがよく、作品としての完成度が高いのだ。今後の創作活動が楽しみな作家がまた一人増えた。本国では既刊のグレイス警視シリーズ第二作、第三作を、まずははやく読みたい!
評価:
適度に(徹夜しなくてもすむ程度に)のめりこめて楽しく読める、軽いタッチのミステリー。ミステリーとしてはありがちなストーリーではあるけれど、舞台はパズル博物館、ダイイングメッセージは数独パズルの中、主人公はパズルオタクで数学関係のシンクタンクに勤める数学者という、パズルだらけの作品であることがなかなか面白い。作品の中には数独以外にもいくつかのパズルが登場し、本物の数独パズル6問と、数独の生みの親である鍛冶真起さんが数独誕生秘話を披露した解説までついている。著者がパズル愛好者だということだが、まさにパズルへの愛にあふれた作品なのだ。
パズル博物館はパズル愛好者の著者が思い描く「夢の城」なのだと思うが、実際にあったら私も行きたいと思うほど楽しそうな場所として描かれていて、パズルファンにはたまらないだろう。パズルフリーク必読の書?
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