WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【単行本班】2008年3月の課題図書 >望月香子の書評
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阪急電車の今津線を舞台に、初対面同士の乗客が、突然のきっかけで繋がってゆく物語。電車がただの移動手段ではなく、出会いの場、人生の分岐点の場となり、ドラマティックな展開になってゆきます。
同じ車両に乗り合わせた同士というだけの関係なら、目も合わせず、会話もせずにすれ違うだけというのがほとんど…。しかし、車内での見知らぬ人の会話、行動に反応し、乗客たちの人生は動いてゆきます。
車内での出会いがきっかけで恋が芽生えたり、恋の芽を摘み取ったり、一大決心をしたり…。どんな人にも普通の人生などはなく、絶えず何かを考え抱え生きていて、普段は覆っているそれが、電車内での出会いによってはからずしも剥がれてしまうところが描かれているのが魅力です。
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アマチュアバンドで活動している主人公の姫川亮。この主人公の生い立ち、幼いころに起こった事件などの過去が、現在に起こる事件と重なり、物語はどんどん複雑に絡まってゆきます。
後半の真実が見えてきそうなところは、もう溜め息ものです。
主人公の周りで起こる謎の死、猜疑心、肉体関係など、すべてといっていいほどが意味深で、時おりちりばめられる歌詞が、さらに不穏な空気を出す…。
主人公とその周囲の悲しい過去と、それを背負い生きてゆく様子に、何らかの希望を見出したかったと思うのは、わたしのわがままかもしれません。
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1000年後の日本が舞台。呪力を持った子供は、その日から大人になるための訓練が行われるという時代。「八丁標の外にでてはいけない」という恐ろしい伝説が町を覆い、呪力を持った人間が、呪力を持たない人間を支配する…。新しい秩序をつくるための革命に挑んでゆく少女が素晴らしい。
呪力という権力を握る立場の人たちが、それ以外の人たちを都合の良いように支配し操る…。なんていう1000年後の日本の設定を、現在の日本と重ねて読んでしまうこともしばしばです。エンターテイメントの物語を超えて、現状の世界の問題点を打破するのには…と、現実と並行して考えながら読めようになっているのがすごいです。
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大戦末期のミャンマー(旧ビルマ)が舞台。兵站病院からの撤退を命じられた日赤看護師らが350キロ先にあるモールメンを徒歩で目指してゆく…。
主人公の看護師静子は、ビルマ人看護師、負傷兵、衛生下士官らと共に行動してゆきます。その過程で、表面上だけのやりとりから、しだいに互いの本心があらわれてゆく様が描かれています。
状況によって、善悪が入れ替わる極限の状態。メフェナーボウン(仮面)を人はみな被っている…。ということを主題に戦争を舞台に描いている作品です。
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空から人が降ってくるファウルズという小さな町が舞台。一年に一度、人が降ってくるその町で、レスキュー隊は落ちてきた人をバッドで打ち返すのが仕事。でも実際には空を見上げているのが仕事のようなもの…。
空から魚が降ってくるという、村上春樹の『海辺のカフカ』をつい思い出しますよね。サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』の雰囲気にもどこか共通するものがあると感じました。
全体を漂う倦怠感。哲学や数学に関するさまざまを述べる主人公の語り口は、諦めの中にもどうしてか前向きさを感じるのが不思議で魅力です。
主人公が所属するレスキュー隊仲間のジョーとの粋な会話が少量で効くスパイスのよう。
併録されている『つぎの著者につづく』は、小説の醍醐味を味あわせてくれる、小説空間へ入り込める作品。
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26歳のとき(1979年)、3ヶ月間パリへ留学し、長い間、その留学経験を語れなかった著者が、歳月を経て紡げた留学日記。
著者のパリ留学は、決して浮かれ気分だけでいられる日々ではなく…。
パリで出会った、いろいろな国の人の個性などに、著者の悩み考える様子が、パリ留学というブランドのような価値観を壊したように思いました。これは、いい意味でです。
何かを得たくて、今の自分の踏む地以外に飛び立ちたいと留学して、でもそこから何かを得たとは思えなかった。ユーモア溢れる本書の中から、そんな焦燥感がじりじりと伝わってきます。
続編のように読めるあとがきが、また良いです。過ぎ去り熟れた思い出を味わうような生き方は、憧れるけれど、切ない…。
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ブラックホールへの探査へ向かい、成功をせずに何度も帰還する男、ファシズム政権のカリスマ的な指導者と因縁のある男、ミツユビナマケモノに変身してしまった母をもつ「ぼく」…。
様々な設定の架空の世界で起こる、7つの短編集。人間の心理描写が一番の読みどころではないかと思います。場面場面の匂いで、人物の感情をさらに読み取らせるような雰囲気が立ちのぼっています。淡々とした語り口が、哀しさややるせなさをいっそう鮮やかにしています。もどかしく表現できない気持ちが、さっと切り取られ文章となったよう。見事です。
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