『セ・シ・ボン』

セ・シ・ボン
  • 平安寿子(著)
  • 筑摩書房
  • 税込 1,470円
  • 2008年1月
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佐々木克雄

評価:星3つ

 平安寿子の描く小説にはポジティブな主人公が多く、設定がちょっとひねくれているものの、概ね楽しく読めるものが多いと思う。このエッセイは、作者が28年前に3カ月だけパリに語学留学した想い出を綴ったものだが、「ネガティブ」な平安寿子像が浮かび上がってくる。本人曰く「甘っちょろい見栄と期待」で訪れたものの、他国からのクセのあるクラスメイトに辟易し、内に閉じこもってしまう(これ、今の留学生にも多いだろう)。帰国後、彼らとの関係や自己の想い出すら断ってしまったと本の終盤で告白している──だが、それでもパリは「セ・シ・ボン。そりゃもう、素敵」と締めくくっている。年月を経て、「涙にくれたパリでの日々」が「今」を支える土台になっているというのだ。つまりは、28年前の苦しんでいた時代があったからこそ、今の小説があるということなのですな。
 まったく、羨ましいです。自分もそう言える境地に達したいものです。

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下久保玉美

評価:星1つ

 小説ではなくて、作者のパリ留学時代のことをまとめたエッセー。異国の地であり、ヨーロッパ人だけでなくアラブ圏からの留学生もいるパリにおいて、所変われば常識も変わるとばかりに、日本では経験したこともないことがてんこもり。その状況を笑いつつも、時には憤りながら過ごす若きタイコの物語です。
 実際にあったことばかりなので小説的飛躍に欠け、正直飽きちゃうのですが冒頭の章でホームステイ先の大家レナードが言った言葉「小さな欠点しかない男には、小さな長所しかないわ。大きな欠点のある男には、大きな長所があるのよ」は興味深かった。恋愛論で、男の大きな欠点を許せる女は、できない女が欠点だと感じる些細なことも長所と感じることができるっていう「私ってすごい女なのよ」という自慢にも取れなくはないのですが。この「男」の部分を「街」に置き換えると、この言葉本書に通じるテーマになりませんか?
 大きな欠点のあるパリには大きな長所がある、ってことで。

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増住雄大

評価:星3つ

 まもなく55歳になる著者が26歳のときに赴いた、フランス留学体験記。
 この本は小説ではない。ゆえに、そこまでドラマ的な出来事は起こらないし、物語的なわかりやすい起承転結もない。しかし、だからこそ「当時のパリのリアル」を感じる。
 留学開始から三ヶ月。疲れきって、パリにうんざりして、早く帰りたいと思っていたのに、いざ本当に帰る瞬間になってタイコ(著者)の目に、涙が溢れる。
「手ぶらで帰ってきてしまった。何も見つけられなかった。」
 帰国してからも、しばらくは「何も起こらなかったこと」を恥じて、留学したことを人に言えなかったという。でも、現在の著者、そして、この本の読者は知っている。タイコが「セ・シ・ボン(そりゃもう、素敵)」な経験を得たことを。
 留学ガイドではない。観光ガイドにもならない。でも、そんな本より「パリに行ってみようかなあ」という気持ちが強くわいてくる素敵な本だ。

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松井ゆかり

評価:星4つ

 旅行記や留学体験について書かれたエッセイが好きだ。自分自身はあまり旅に縁がないからかもしれない。学生時代は経済的な事情で、就職してからは忙しく、出産後は子育てに追われて、という言い訳をしているが、主な理由は出不精だからかもしれない。その点、本で読むならどこの国へ行くのも簡単で自由だ。著者によって着眼点が異なるのも興味深い。
 本書は著者が約30年の時を経て綴った、自らのフランス留学体験記だ。平さんといえば「グッドラックららばい」など小説ではおなじみだったのだが、エッセイを読むのはこれが初めて。正直最初の方は自意識過剰と思われる部分が鼻についてやや斜に構えつつ読んでいたのだが(異性の話ばっかりじゃないか!)、最後の章はボロ泣きだった。
 どんな体験もその人の糧になる、とはよく言われることであるが、なかなか実感として捉えることは難しい。まして悲しいことやつらいことだったらなおさらだ。でも確かに、あらゆる経験が現在の自分を形成しているのだ、と思う瞬間がある。であれば、無理をしてでも笑って「セ・シ・ボン」とつぶやきながら生きていくことがしあわせにつながるのかもね。

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望月香子

評価:星3つ

 26歳のとき(1979年)、3ヶ月間パリへ留学し、長い間、その留学経験を語れなかった著者が、歳月を経て紡げた留学日記。
著者のパリ留学は、決して浮かれ気分だけでいられる日々ではなく…。
 パリで出会った、いろいろな国の人の個性などに、著者の悩み考える様子が、パリ留学というブランドのような価値観を壊したように思いました。これは、いい意味でです。
 何かを得たくて、今の自分の踏む地以外に飛び立ちたいと留学して、でもそこから何かを得たとは思えなかった。ユーモア溢れる本書の中から、そんな焦燥感がじりじりと伝わってきます。
 続編のように読めるあとがきが、また良いです。過ぎ去り熟れた思い出を味わうような生き方は、憧れるけれど、切ない…。

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