WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【単行本班】2008年3月の課題図書 >松井ゆかりの書評
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“マイ2008年裏ベストワン”最有力候補ー! いや、たまらんな、有川作品の胸きゅん度の高さは。「図書館」シリーズに思い切りはまった自分としては、たいへんに期待する反面、物足りなさを感じる可能性もあるかも…と読み始めた短編集だが、いや、よかった。
収められているのはどれも10〜20ページの短編、というか掌編と呼びたいような作品である。私は残念ながら乗ったことはないのだが、えんじ色の車体がかわいいと評判の阪急電車の車中の風景が描かれている。個人的には最近車での移動が多くなり電車に乗る機会がめっきり減ってきているのだが、他の乗客を観察するのが電車の中での密かな楽しみという人は多かろう。それをしかし、恋愛ものや友情ものの小説に仕立て上げる著者の手並みの素晴らしさよ!ややベタベタな感は否めないものの、ぐいぐいと読まされる。
中でも初めて男女交際というものを経験することになる圭一と美帆のエピソードには完全にノックアウトされた。むはー、スタバのキャラメルマキアートより甘いぜ、こりゃ…と思いつつ何度も読み返してしまう自分も相当少女趣味だ。ちょっと照れるわ、だからこその裏ベストワン。
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“どんでん返しに次ぐどんでん返し”の見本のような作品。しかも、ミステリーとして謎解きの鮮やかさを備えつつ、心がふるえるような余韻も残すという神業のような小説なのだ。道尾秀介という作家はどこまで読者を驚かせるつもりなのか…。
「ラットマン」というのは心理学の用語で「文脈効果」や「命名効果」というものを説明するのに例に出される絵だそうだ。本書p.62〜説明があるが、要は“自分の心の中にあるものが実際に見えたような気になってしまう”とか“一度思い込んでしまうとなかなか見方を変えられない”とかいうことらしい。すなわち、道尾作品そのものと似ていると思う。著者によって読者はどんどん誤った結論の方へと誘導されていく。しかし終盤、まるでオセロの駒があっという間にひっくり返るように、我々の目にまったく違ったものとして見えてくるのだ。主人公の姉、父、そして時が経ち、恋人までが亡くなった。しかし、彼らの死の真相は思いもかけないものだったのだ…。
率直に言うと、主人公の恋人がためらいもなく中絶を選ぼうとする(主人公もそれを止めないし)くだりなどは共感できなかったが、それを差し引いても唸らされる作品。脱帽。
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この大長編について何から言及すればいいか混乱するばかりなのだが、「貴志祐介ってこういう話も書く作家なんだ!」というのがまず押さえるべきポイントかと思う。確かに(私が読んでいないだけで)SFっぽい著作もあるようなのだが、貴志祐介をSF作家とは思っていなかった読者にとってはかなりの驚きだったのではないか。
舞台は約1000年後の日本。そこは呪術が支配する世界だった。主人公早季はひょんなきっかけから自分の生きるコミュニティに疑問を抱く…。
超能力によってほぼ万能となったことと引き換えにするかのように、生き方も情報もすべてが管理される人生。過去の過ちを繰り返すまいとしながら、結局破綻の道をたどり始める人間たち。人類とは愚かで、しかしかけがえがない。ただ、人間以外の生物への偏見が結局払拭されなかったのは残念(それもまた人間というものを描くための手段だったのだろうが)。
それにしても、子どもの頃から性的な接触を奨励するという設定は必要だったのだろうか?ちょっと詰め込みすぎな印象。
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私は古処誠二という人の小説を読むと、作品そのもの以上にがぜん著者本人のことが気になってしまうのである。何故この人はこんなにも戦争というものにこだわるのか。物語自体は戦時中を舞台にせずとも書けなくはない人間の心の動きが描写されていると思うが、まず戦争ありきで描いているのか、それとも題材によっては現代ものでいくということも念頭にあるのか。興味の対象が現代の若者のものとはとても思えないが、合コンに行ったりiPodを聴いたりなどするのか…。
このような読者の存在を著者は決して歓迎しないだろう。5年に1冊くらいでいいので「アンノウン」みたいな現代ものも書いていただけるとうれしいです、という希望を述べて、想像を中断する。
主人公は戦時中にビルマに派遣された赤十字の従軍看護婦静子。戦争が人間の心をいかに歪めるか、静子の眼を通して描かれる。正義感から負傷兵を助けに戻るが、それが原因で隊の撤退を遅らせてしまう同僚看護婦。よき理解者だと思われたのに、実は看護婦たちを女子供と見下していた軍曹。親しくなればなるほど、それぞれの母国の違いを静子に意識させるビルマ人看護婦。登場人物たちが極限状態で必死に自らを支えなければならなかったという事実が、胸に迫る一冊。
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表題作と「つぎの著者につづく」の2編が収められている。「オブ・ザ・ベースボール」はけっこう読みやすく、よくわからない部分もあるものの、なかなかおもしろく読んだ。「えー、バット持ってたらああなっちゃうんじゃ?」という読者の懸念など知らぬかのように、ひねりなくそのままオチとしてしまうようなところにかえって衝撃を受けたりもしつつ。
なーんだ、SFのすっごい難しいのなのかと思ってたらそんなことなかったじゃん、よしよし…とのんきに構えていた私の予想を軽く凌駕した「つぎの著者に〜」。読むには読んだが、どこまで理解できてたか判然としない。さすが円城塔などというペンネームをつけるような人は違う、と唸らされた(本名じゃないですよね?まあ、本名だとしてもこのような名付けセンスをもつ保護者に育てられた人物は傑物になりそうですが)。
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旅行記や留学体験について書かれたエッセイが好きだ。自分自身はあまり旅に縁がないからかもしれない。学生時代は経済的な事情で、就職してからは忙しく、出産後は子育てに追われて、という言い訳をしているが、主な理由は出不精だからかもしれない。その点、本で読むならどこの国へ行くのも簡単で自由だ。著者によって着眼点が異なるのも興味深い。
本書は著者が約30年の時を経て綴った、自らのフランス留学体験記だ。平さんといえば「グッドラックららばい」など小説ではおなじみだったのだが、エッセイを読むのはこれが初めて。正直最初の方は自意識過剰と思われる部分が鼻についてやや斜に構えつつ読んでいたのだが(異性の話ばっかりじゃないか!)、最後の章はボロ泣きだった。
どんな体験もその人の糧になる、とはよく言われることであるが、なかなか実感として捉えることは難しい。まして悲しいことやつらいことだったらなおさらだ。でも確かに、あらゆる経験が現在の自分を形成しているのだ、と思う瞬間がある。であれば、無理をしてでも笑って「セ・シ・ボン」とつぶやきながら生きていくことがしあわせにつながるのかもね。
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どの短編にも官能的な雰囲気が漂い、不意を突かれた心持ちになる。自分の中に“SF=無機質なもの”という思いこみがあって(いくつものSF作品を読んで、ほんとうはそんなことはないともうとっくに知っているのに。私の意識は書き換え機能が弱いのかもしれない)、毎度新鮮な驚きに見舞われる。
この本には7編の作品が収められているが、個人的には読みやすいものとそうでないものの差が大きいなと感じた。解説には「SF的な設定が前面に出た冒頭の数編」が読みにくいかも、という主旨の文章があるが、私自身はむしろ最後の2編がなかなか読み進めなかった。表題作は、SF&官能に加えてさらに歴史小説的な側面も備えている。珠玉の短編(というか中編?)と呼ばれるにふさわしい作品かと思う。そういえば、本書の7編はすべて変化球ではあるがハッピーエンドだ。この微妙なさじ加減もまた、著者の筆力の表れではないだろうか。
「DEATH NOTE」というマンガについては、多くの人によってさまざまな場で語られてきた。賛否両論、毀誉褒貶、いろいろな意見はあろうが、私にとっては“Lという最高のキャラクターを生み出したマンガ”である。
映画版「L change the WorLd」も観たし、写真家蜷川実花によるLの写真集「L FILE No.15」も買ってしまった(ほんとはこれを「勝手に目利き」本として推したいくらいだったが…さすがに自主規制)。…つまりは単なるLヲタの戯言なんですが、客観的に述べる努力をしてみます。
とはいえ、やはり「DEATH NOTE」についての知識がまったくない人にはこの本の魅力は伝わりづらいとは思う。会話の部分などに若干練れていない部分もみられるし…。しかし、先行作品として西尾維新氏の「ANOTHER
NOTE ロサンゼルスBB連続殺人事件」という快作もある中、あえて難物に挑んだ心意気を買いたい。いちおう映画版のノベライズ的な内容だが、ところどころ設定を変えてあって、違いを楽しむことも可能。
もうヲタと思われてもいい、L最高!
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