『夏の涯ての島』

夏の涯ての島
  • イアン R.マクラウド(著)
  • 早川書房
  • 税込2,310円
  • 2008年1月
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  7. 夏の涯ての島
佐々木克雄

評価:星3つ

 海外の、それもSF系作家さんとくれば、個人的に馴染みが薄いのですが、この七つの短編を読んでいますと「え、これがSFなの?」と首をひねりたくなる。まあ確かに宇宙とか出てくるのですが、それ以上に描かれる人々の心の揺れ動きがかなり繊細で、だからこそどの作品もリリカルなイメージが漂っていて、SFとして括れないのではと。
 気に入ったのは最初の二作。シュールとアイロニーがごちゃ混ぜになった物語を読んでおりますと、星新一をむさぼっていた少年時代を思い出しましたよ。このあたりSFってのは普遍的なんですよね。けれど表題作は違う。架空の歴史を設定した1940年のイギリスで、ゲイの老学者が、かつての恋人(現権力者)に思いを馳せる云々……ってのは、テーマも設定も斬新で深い。けれどベースとなる時代背景が読み切れなくて、情感はあるもののイマイチ入り込めなかった。それは読み手である自分に素養がなかったという一言につきるのだが。

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下久保玉美

評価:星3つ

 SFを読みなれていないので表題作以外の作品は読み辛かったです。できれば表題作を先に読むか、先に解説を読んで世界観をつかんでから読み始めたほうがいいかも。冒頭の「帰還」は何の話かよくわからなくて戸惑ってしまいました。
 表題作の「夏の涯ての島」も元は長編用の構想を雑誌用に圧縮したということで物語の構成や人物の関係性が良く練られていて面白いのですが、本書の中で好きなのは「わが家のサッカーボール」でした。「わが家のサッカーボール」は人間が変身する能力を持っているけど、たまにうまいこと変身できなかったり、変身したまんま戻らなくなったりと精神状態と密接な関係に、というよりも変身がその人の精神状態を表現しているわけですが、その表現方法が面白かったです。あと、家にある古びたサッカーボールが実は変身したまま元に戻らなくなった家族の一人であり、その家族との交流が微笑ましい。状況はおかしいけど家族愛にあふれた小編になってます。

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増住雄大

評価:星4つ

 ファンになりました。他の作品の邦訳を、お待ちしております。早く読みたいです。

 ……と、それだけで終わらせるわけにはいかないから、もう少し続ける。この本は、良かった。とても良かった。でも、あえて知り合いには内緒にしておきたい。そんなタイプの良さだ。この本を好きだと思われたら恥ずかしい。とかそういうのではなく、大事に、自分だけのものにしておきたい、という感じ。
 本書はSFの短篇集である。でもSF好きしか楽しめない作品ではない。確かに私たちが暮らす世界とは違う世界のおはなしだけれど、描かれるのは、その世界で暮らす人々の日常であり、そのときそのときの心理や行動。静かで丁寧な描写によって、読者の心に哀愁や感動を生む。すっごい好きだ、こういうの。
 なんかこういう短篇って、どっかで読んだことあるような……ああ、乙一かな? 設定の特殊さや、読後感が似ている気がしないでもない。文章の雰囲気はだいぶ違うけどね。

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松井ゆかり

評価:星3つ

 どの短編にも官能的な雰囲気が漂い、不意を突かれた心持ちになる。自分の中に“SF=無機質なもの”という思いこみがあって(いくつものSF作品を読んで、ほんとうはそんなことはないともうとっくに知っているのに。私の意識は書き換え機能が弱いのかもしれない)、毎度新鮮な驚きに見舞われる。
 この本には7編の作品が収められているが、個人的には読みやすいものとそうでないものの差が大きいなと感じた。解説には「SF的な設定が前面に出た冒頭の数編」が読みにくいかも、という主旨の文章があるが、私自身はむしろ最後の2編がなかなか読み進めなかった。表題作は、SF&官能に加えてさらに歴史小説的な側面も備えている。珠玉の短編(というか中編?)と呼ばれるにふさわしい作品かと思う。そういえば、本書の7編はすべて変化球ではあるがハッピーエンドだ。この微妙なさじ加減もまた、著者の筆力の表れではないだろうか。

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望月香子

評価:星4つ

 ブラックホールへの探査へ向かい、成功をせずに何度も帰還する男、ファシズム政権のカリスマ的な指導者と因縁のある男、ミツユビナマケモノに変身してしまった母をもつ「ぼく」…。
 様々な設定の架空の世界で起こる、7つの短編集。人間の心理描写が一番の読みどころではないかと思います。場面場面の匂いで、人物の感情をさらに読み取らせるような雰囲気が立ちのぼっています。淡々とした語り口が、哀しさややるせなさをいっそう鮮やかにしています。もどかしく表現できない気持ちが、さっと切り取られ文章となったよう。見事です。

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