『桜姫』

  • 桜姫
  • 近藤史恵 (著)
  • 新潮文庫
  • 税込620
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評価:星2つ

有名な歌舞伎役者の娘と、若手歌舞伎役者との恋愛物語かと思いきや、主人公の病死した兄と上演中に死亡した子役をめぐるミステリー。恋愛よりも、歌舞伎という特異な世界での親子・師弟の関係の不思議さが印象に残った。息子への期待、師匠への思慕、親への失望など、他人同士では存在しない依存関係が様々な事件を引き起こしてしまう。
前作があるということを知らずに読み進めていったのだが、登場人物や設定に説明不足だと感じるところが多かった。歌舞伎もあまり知識がないため、小説と小説中の歌舞伎作品とのリンクもよくわからないまま読み終わってしまった。
第一作から読んでいったならもっと楽しめたのかもしれない。

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『ライダー定食』

  • ライダー定食
  • 東直己 (著)
  • 光文社文庫
  • 税込620円
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評価:星3つ

札幌を舞台にしたハードボイルド作品の作家ということしか知らず、初めて手にした東直己さん。横浜から実家・北海道に帰る飛行機の中で一気に読んだ表題作に、ぐんぐん引き込まれた。
人間関係を築きあげる能力皆無のOLが、退職金で北海道の憧れの地へツーリングをしに行くのだけれど、このOLの描写がすごい。フェリーの食堂で1人食事をすることを周りからどう見られるか気に病み、売店でチョコレートを買って空腹をしのぐ。フェリーの中での宴会で話しかけてくる男性は自分の体目当てなんじゃないかと疑い、しかも相手にもその疑いが伝わってしまう。そうしてライダー内でついたあだ名が「ハナクソ」…。よくもまあここまでだめな女性を描けるなあ。
だれが次の納豆箸になるのか、納豆箸をめぐる箸族たちの混乱を描いた「納豆箸牧山鉄斎」や、蝿の生活を哀愁たっぷりに生き生きと描いた「間柴慎悟伝」も、どれも他人にはわからないけれど本人にとって見ては生きるか死ぬかの大問題を執拗に描いている。
一味ちがった短編を読みたい方にお勧め。

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『犬はどこだ』

  • 犬はどこだ
  • 米澤穂信 (著)
  • 創元推理文庫
  • 税込777円
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評価:星4つ

米澤穂信作品に共通する、世間の平均値とは少しだけ離れた主人公と、鋭い人間観察が冴える余韻を残すラストが好きだ。
この作品も、世の中を一歩下がって見ているような、社会から一度ドロップアウトした私立探偵が主人公。主人公とコンビを組む探偵志望の後輩も、軽い見た目からは意外に思える彼なりの価値観を持っている。
探偵事務所に舞い込んだ二つの依頼が、読者の私たちには関連がわかっているのだけれど、なかなか交差しそうで交差しないところがもどかしくも面白い。その二つの依頼が結びついたとき明らかになった結末が、読後一ヶ月たってもどうにも頭を離れない。人間の裏表、心の奥に潜む闇、他人に対する思いや行動。ネガティブな部分を否定しつつも、自分にも当てはまるかもしれないと恐れている自分がいる。

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『墓標なき墓場高城高全集(1)』

  • 墓標なき墓場高城高全集(1)
  • 高城高(著)
  • 創元推理文庫
  • 税込609円
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評価:星2つ

根室で起きた漁船の沈没事故は、他の漁船がぶつかったからではないか。そんな噂を耳にして真相を追う新聞社の地方支局長。道東の町を、ひたすら歩きバスに乗り電車に乗りまた歩き、地道に行う取材の様子は、人物や出来事や地名がどうにもわかりづらく、何度もページを戻って読み返さなければならなかった。そんな調子で読んでいたのに真相が最後までわからず、もう一度関連部分を読み直すことに…。
当時の新聞社と警察の関係、本社と地方支局のやり取りなどは驚き。インターネットや電子メールやファックスがない時代はまだわかるけれど、文字伝送装置?!取材相手の家で飲み明かして寝てしまったりと今では信じられないようなことも、当時は当たり前に行われていたのだろうか。新聞や記者の権威も今とは相当違っていたのかもしれない。作者があとがきで書いているように、推理小説というよりは時代の記録として面白く読んだ。

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『ひなのころ』

  • ひなのころ
  • 粕谷知世(著)
  • 中公文庫
  • 税込680円
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評価:星4つ

主人公・風美の4歳から17歳までの、ある4年・4つの季節を切り取った短編集。とても丁寧で、作品に対する愛があふれていることがわかる小説だ。
風美は地域のつながりや古いしきたりがいまだに残る田舎で、祖母・父・母・弟の5人で暮らしている。みんなそれぞれ人間味にあふれていて、家族の中でのそれぞれの役割があると同時に1人の人間でもあるということがよくわかる。一つ一つのお話も面白いのだが、4つの短編を通して、主人公の成長や家族の変化が感じられ、さらには人が年齢を重ねるということ、家庭・地域の中で生きているということ、そこから自立していくということ、家族や街の変化というものがじんわり感じられて感動的。おばあちゃんのしゃべる方言もいい味を出している。
ところで全く本編とは関係ない話だが、232ページに「カーリングのストーンほどもある宴会用の灰皿」という描写が出てきてびっくりしてしまった。私は高校のときから8年カーリングをしていたけれど、こんな比喩は初めて目にしたよ。

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『贖罪(上・下)』

  • 贖罪(上・下)
  • イアン・マキューアン(著)
  • 新潮文庫
  • 税込580〜620円
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評価:星5つ

第一部(上巻)は一家の運命を変えることとなったある一日の出来事を、6人の視点からゆっくりと描き出す。一つの事実の受け止め方は、人の数だけあるということを、じれったいほど丁寧に描写している。上巻を読み終わった後は、少女の罪が胸に重くのしかかり、(小野不由美『月の影 影の海』上巻の読後に匹敵するほどのやりきれなさ!)下巻でそれがなんとかつぐなわれることをタイトルから期待して一刻も早く読まなければという思いに駆られる。下巻を一気読みした後は、彼らのことを考えずにはいられない。何度も何度も頭の中でこの小説を読み返しているような気分。久々に、重く深く面白い作品と出会った。
ところでこの作品『つぐない』というタイトルで4月に映画化されるということ。イアン・マキューアンの『愛の続き』の映画化『Jの悲劇』はスリリングでとても面白かったのだが、何度も読み返したくなり考え込んでしまうこの作品は、小説という形をとってこその傑作なのではないのだろうか。それを確かめに映画館にも足を運ぶ予定だ。

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『ジャンパー グリフィンの物語』

  • ジャンパー グリフィンの物語
  • スティーヴン・グールド(著)
  • ハヤカワ文庫SF
  • 税込740円
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評価:星3つ

空間から別の空間へ、一度行ったことがある場所で強くイメージできる場所ならどこへでも移動できる能力…ドラえもんの「どこでもドア」に誰もが一度は憧れると思うが、このジャンプの能力があればどこへでも好きなときに好きなところへいける。ところがジャンパーをねらう闇の組織に追われ、少年は9歳にして天涯孤独に。頭脳とジャンプを駆使し、努力して大好きな人を守ろうとする姿が健気。
このジャンプはどうやって行われるのか、なぜできるようになったのか、などなど全く触れられずこの小説世界では当然のものとしてある。ジャンプした先に新しく建物が建っていたら?人が立っていたら?全くそんなことを悩みもせず主人公はジャンプしまくり。ジャンパーを追う組織も全く正体がわからない。もしかすると本編『ジャンパー』ではそこら辺も深く描いてあるのかもしれないけれど、そこが少し物足りなかった。

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余湖明日香

余湖明日香(よご あすか)

1983年、北海道生まれ、松本市在住。
2007年10月、書店員から、コーヒーを飲みながら本が読める本屋のバリスタに。
2008年5月、横浜から松本へ。
北村薫、角田光代、山本文緒、中島京子、中島たい子など日常生活と気持ちの変化の描写がすてきな作家が好き。
ジョージ朝倉、くらもちふさこ、おかざき真理など少女漫画も愛しています。
最近小説の中にコーヒーやコーヒー屋が出てくるとついつい気になってしまいます。

好きな本屋は大阪のSTANDARD BOOKSTORE。ヴィレッジヴァンガードルミネ横浜店。
松本市に転勤のため引っ越してきましたが、すてきな本屋とカフェがないのが悩み。
自転車に乗って色々探索中ですが、よい本屋情報求む!

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