『墓標なき墓場高城高全集(1)』

墓標なき墓場高城高全集(1)
  • 高城高 (著)
  • 創元推理文庫
  • 税込609円
  • 2008年2月
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  1. 桜姫
  2. ライダー定食
  3. 犬はどこだ
  4. 墓標なき墓場高城高全集(1)
  5. ひなのころ
  6. 贖罪
  7. ジャンパー グリフィンの物語
岩崎智子

評価:星3つ

不二新報網走支局長・江上とその妻が、新聞の死亡記事を見た時の会話から、物語は始まる。そして江上が『天陵丸沈没事件』というスクラップブックの表紙を見つめているシーンから、舞台は一気に3年前に飛ぶ。まるで映画の導入部を見ているようなオープニングだ。意気軒昂だった江上が、釧路支局長として特種(とくだね)を追い、船の沈没にある秘密が隠されている事を突き止める様子が、丹念に描かれている。技巧に依らず、しっかりした小説を書く人なのだな、とは思う。ただ、江上が物語の真相に気づくまでの過程が、急速過ぎるように思った。もう少し「ああではないか」「こうではないか」など、主人公が迷うシーンがあると、読者も一緒にあれこれ考えられたのに。ハードボイルド小説を読みつけないので、説明を省いた描写に慣れていないだけかもしれない。あと、時代色もあるかもしれないが、「霧のなかで毎日暮らしてるもの…わたしの空気だわ(p172)」なんて言う大人びた少女の言動にも違和感を感じた。

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佐々木康彦

評価:星5つ

 父親の世代と自分を比べると、自分の精神年齢は七掛け程度だなあ、とこの歳(現在三十五歳)になってからすごく感じます。昭和三十年代を舞台にした本作の登場人物は皆そうなのですが、特に主人公江上武也は私と同年代なのに、読んでいると四十歳後半で老練な人物といった印象を受けます。昔の人は成熟が早かったというか、自分が未熟過ぎるというか、何だか読んでいて恥ずかしくなりました。江上は人の扱い方をもの凄くわかっているように思えます。新聞の新規購読勧誘で問題を起こした拡張員の親玉、落合と初めて会った時、修羅場になりそうなところを落ちついた対応でやりすごした場面には同じ男として痺れました。ただこれは、昔の人というよりも個人の能力の問題なのかも知れませんけどね。

 五十年近く前に発表された小説なのに、古さを感じたのは人の身長を「五尺四寸」などと表現するところだけでした。こんなレベルの高い作品群の全集が文庫本三冊で揃うなんて、絶対に買いですね。

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島村真理

評価:星3つ

 北海道、釧路に根室というと、雪に閉ざされた極寒の地、人は沈黙し(イメージ)、よそ者を寄せ付けず(イメージ)、そこで起きた事件も隠密裏に隠される(あくまでイメージ)場所で、天陵丸事故が起こる。舞台と役者はそろい、そこに新聞記者江上の登場でハードボイルドが完成する。……と、妄想もたっぷりだが、不二新報網走支局長の江上がかつてすっぱ抜いた事故から、その裏をとっていく地道で執念深い姿は、まさに、この土地のイメージにぴったりだと思った。
 過去の回想や会話の断片が、次へ次へと思考をかきたてていってくれて、非常に心地いい。左遷同然とされていた江上が、事の真相にたどりつくのは多少唐突な気がしなくもないけれど。天陵丸の持ち主殿村水産の元社長夫人、新聞普及員落合の妻靖子、アイヌの血を感じさせる奈津江など、登場する女性が旅情と詩情を盛り上げていて、サスペンスドラマみたいです。

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福井雅子

評価:星4つ

 ハードボイルド作家の草分けである高城高の、唯一にして幻の長編作品。なるほど、すばらしくハードボイルドである。ぎりぎりまで無駄を削ぎ落とした簡潔な文章は芸術的なリズムを生み、独特の詩情を醸し出している。そして、少ない文字数なのに、登場人物の表情やその場の情景が読者の頭の中にビジュアルに浮かんでくるのだ(読後に、上質のサスペンスドラマを見終わったような気分になるのはそのせいだろう)。
 難点をあげるとすれば、あまりの簡潔さに言わんとするところを読者(私)がつかみ損ねて数行前に戻って読み直す羽目になるなど、どことなく長編を書きなれていない感じがあることだ。書き慣れれば名作が生まれそうな気がするのだが、長編は他に書かれていないらしい。もったいない……と思わずにはいられない。

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余湖明日香

評価:星2つ

根室で起きた漁船の沈没事故は、他の漁船がぶつかったからではないか。そんな噂を耳にして真相を追う新聞社の地方支局長。道東の町を、ひたすら歩きバスに乗り電車に乗りまた歩き、地道に行う取材の様子は、人物や出来事や地名がどうにもわかりづらく、何度もページを戻って読み返さなければならなかった。そんな調子で読んでいたのに真相が最後までわからず、もう一度関連部分を読み直すことに…。
当時の新聞社と警察の関係、本社と地方支局のやり取りなどは驚き。インターネットや電子メールやファックスがない時代はまだわかるけれど、文字伝送装置?!取材相手の家で飲み明かして寝てしまったりと今では信じられないようなことも、当時は当たり前に行われていたのだろうか。新聞や記者の権威も今とは相当違っていたのかもしれない。作者があとがきで書いているように、推理小説というよりは時代の記録として面白く読んだ。

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