WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【文庫本班】2008年4月 >福井雅子の書評
評価:
ストーリーに無理がある……と思いながらも、結構楽しく読めてしまった。作中に使われている歌舞伎の演目についての説明や、歌舞伎役者の世界、梨園のしがらみ等々が、歌舞伎をよく知らない私のような読者には新鮮で、興味津々で読み進めた。作者の、歌舞伎への想いが伝わるような作品である。ただし恋愛ミステリーというほどには恋愛には重きを置いていないように見えるが。
何かいまひとつよくわからないような、もっと掘り下げてほしいような、もやもやした気持ちが残るのは、作者がこの作品をはっきりとシリーズの中の一作という位置づけで書いているからだろう。つまり、シリーズ全体でひとつの作品として評価すべきものであって、この本だけでは「まだ全てを読んでいない……」という物足りなさを感じてしまうのだ。はやく他の作品も読まなくては!
評価:
淡々と純小説風に描いてきて、最後にどんでん返しが待っているものや、奇抜な発想、ユーモア、ミスマッチなどをテーマに奇想天外な世界を織り成す短編集なのだが、正直に言って、よくわからなかった。単に「ブッラクユーモア」「変である」「ミスマッチ」「奇抜」というだけならこの手の文章はよく見かける。素人のきまぐれ的な文章とは一線を画す何かが、この作品にはあるはずだと思うのだが、いまひとつその魅力ある「何か」がつかめなかった。
ただ、最近の東直己の作品とはかなり趣が違うようなので(ごめんなさい、私はこの作品が初めてです)、「素人くささ」が漂う初期の作品でギャップを楽しむという楽しみ方はあるのかもしれないなと思った。
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犬探し専門の調査事務所のつもりで開業した私立探偵が、失踪人探しと古文書解読を依頼されて事件に巻き込まれてゆく探偵小説。話がうますぎるなあと苦笑しながら読み進む。サクッと読めて良くも悪くもあとをひかない、よくある軽めのミステリーだ。でも、読みやすく軽快な文章は決して軽薄にはならず、ストーリーは無理なくなめらかに流れる。どうやらこの軽快さと読みやすさは計算されたものらしい。むむむ……軽めのミステリーといえども、これはかなり質が高いかも……。トリックやアイデアに引きずられてストーリー展開や文章がぎくしゃくしてしまい、小説としての価値を下げてしまう作品がよくあるが、そんな稚拙さがないこなれた感じが好感度大である。
欲を言えば、ストーリーにもうひとひねりあってもいいような気はするけれど、通勤鞄に入れて持ち歩き移動中に読むには、内容も文章も軽めでちょうどよいと思う。
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ハードボイルド作家の草分けである高城高の、唯一にして幻の長編作品。なるほど、すばらしくハードボイルドである。ぎりぎりまで無駄を削ぎ落とした簡潔な文章は芸術的なリズムを生み、独特の詩情を醸し出している。そして、少ない文字数なのに、登場人物の表情やその場の情景が読者の頭の中にビジュアルに浮かんでくるのだ(読後に、上質のサスペンスドラマを見終わったような気分になるのはそのせいだろう)。
難点をあげるとすれば、あまりの簡潔さに言わんとするところを読者(私)がつかみ損ねて数行前に戻って読み直す羽目になるなど、どことなく長編を書きなれていない感じがあることだ。書き慣れれば名作が生まれそうな気がするのだが、長編は他に書かれていないらしい。もったいない……と思わずにはいられない。
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主人公風美の4歳の春、11歳の夏、15歳の秋、17歳の冬をノスタルジックに描いた作品。風美と共通する体験があるわけではないのに、なんとなく懐かしい。少女期とそこから大人にさしかかる時期の、微妙な心の揺れが懐かしいのかもしれない。家族や友人に対して、些細なことが気になったり、つまらない言い合いになったり、家を飛び出したくなったり、大人になってすっかり忘れていた「多感な頃の私」がよみがえる。静かで幸せな風美の物語は淡々と心に染みわたる。
思い出の中に幻想を組み入れてストーリーは進んでゆくが、現実と幻想の境目が違和感なく溶け合っているところにこの作品の質の高さを感じる。幻想が非現実的なエピソードとして浮き上がらずにストーリーに溶け込んでいるおかげで、郷愁をさそう一枚の美しい絵画のようなやさしい作品になっている。
評価:
優美で、壮大で、深い……「さすがイアン・マキューアン!」である。1930年代のイギリス上流家庭の優雅な暮らしを流れるような文章で綴りながら、ある事件を題材に愛と過ちとつぐないを描いた作品である──と第3部の途中までは思っていた。ところが、第3部の最後と、それに続く主人公ブライオニーの手記で、この作品のテーマがそれだけではなかったことに気づかされる。まだ読んでいない方のために詳しくは書けないが、愛とつぐないだけではなく、小説家と罪という深いテーマが根底にあったのだ。それに気づいたとき、精緻につづられてきたストーリーの中の小さなエピソードの数々が別の色彩を放って輝きだす。実に奥深い小説である。
評価:
映画「ジャンパー」の前日譚という位置づけで書かれた物語なのだが、テレポーテーションという使い道の多そうな素材を手にしているわりにはストーリーに意外性がないように感じた。もっとひねったストーリーが可能だったように思えるし、グリフィンにしてもその他の登場人物にしても、それぞれの心情やそこに至るまでの人生をもっと深く掘り下げて厚みのある物語にして欲しかったと思う。
「テレポーテーションできる人間」という面白い設定であるだけに、もったいないとか物足りないと思ってしまった。「映画の登場人物のひとりについて、ちょっと説明してみました」というスタンスが作品に出てしまっていて、新しい物語を作ろうという気概が感じられないのも残念。
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