『ひなのころ』

ひなのころ
  • 粕谷知世 (著)
  • 中公文庫
  • 税込680円
  • 2008年2月
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  1. 桜姫
  2. ライダー定食
  3. 犬はどこだ
  4. 墓標なき墓場高城高全集(1)
  5. ひなのころ
  6. 贖罪
  7. ジャンパー グリフィンの物語
岩崎智子

評価:星4つ

大人なんて本当に勝手だ。子供の頃は、大人を気づかって言いたい事を言わずにいれば、 「手がかからなくていい」なんて思っていたくせに。高校生になってから、「あんたはほんとに、いっつもそう。何がしたいとか、どうしたいとか、ぜんぜん言わない。(p188)」なんて言われても、そう簡単に性格なんて変えられない。こんな思い、下にきょうだいのいる「長男」「長女」ならば、一度ならず体験したのでは?
本書は、そんな「長女」のひとり、風美が主人公だ。彼女は、病弱な弟、彼に手をかけがちな両親、言葉のきつい祖母と暮らす。物語は、「四歳の春」「十一歳の夏」「十五歳の秋」「十七歳の冬」と季節の流れと風美の成長を絡ませて進行する。ファンタジーは、現実を忘れさせてくれる逃げ場ではなく、側にあって、辛い気持ちをそっとくるむ、毛布みたいな存在に。新潮社の日本ファンタジーノベル大賞(第13回)受賞者ということで、もっとファンタジー色が強いものを想像していたが、意外に現実色が強かった。ちなみに、この時優秀賞を受賞したのは、今『しゃばけ』シリーズで大ブレイク中の畠中恵さんだ。四つの箱が一本道に離れておいてある表紙イラストは、早川司寿乃氏が担当。帯の下にも、是非ご注目を。

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佐々木康彦

評価:星3つ

 主人公風美の「四歳の春」「十一歳の夏」「十五歳の秋」「十七歳の冬」を描いた連作短篇集。
 風美が雛人形と話したりするくだりなんかはファンタジーのようで不思議な感じですが、忘れているだけで子供の頃は誰にでもあった体験なんじゃないでしょうか。実際に体験したことと、頭の中で考えたことの区別というのは、他でもない自分自身がつけている訳で、その区別があやふやな子供時代から成長するにつれて不思議な体験が少なくなっていく本作は、ファンタジーではなくリアルな物語なのです。両親の喧嘩やおばあちゃんの痴呆、受験、物語になると特別なように思えますが、このようなこともまた誰でも経験する出来事で、自分自身のことを思い出し、読了後は懐かしいけれどちょっとせつない、何とも言えない気持ちになりました。

 本作は著者唯一の文庫本。手にとりやすいので、この本が売れてその他の作品ももっと店頭にならべば好いのにな、と思います。

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島村真理

評価:星4つ

 兄弟姉妹のいる人なら、だれでも一度は感じたことがある気持ち。「自分よりもあっちの方が親に愛されている」。ちょっとせつなく自己愛に浸っちゃう、あの思いを思いおこさせる話でした。
 祖母と同居している風美一家。仕事に忙しい父、弟の看病に忙しい母、厳しい祖母。風美は小さなころから自立しなきゃならない環境におかれています。無理やり背伸びして、感情を押し殺してきて、やり過ごしてきた思春期の終りに、ついに本当に自分と向き合う。大人に近づく瞬間。そんな、少女の成長と、家族のできごとが、死とか老いとか、そういうものを身近において、結局は心開ける家族がいてと、なんとも贅沢な感じで、心からほっとしました。
 わだかまりを全部さらしちゃったら、もうすっきり。そういうのが家族のいいところです。清々しくあったかいお話。

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福井雅子

評価:星5つ

 主人公風美の4歳の春、11歳の夏、15歳の秋、17歳の冬をノスタルジックに描いた作品。風美と共通する体験があるわけではないのに、なんとなく懐かしい。少女期とそこから大人にさしかかる時期の、微妙な心の揺れが懐かしいのかもしれない。家族や友人に対して、些細なことが気になったり、つまらない言い合いになったり、家を飛び出したくなったり、大人になってすっかり忘れていた「多感な頃の私」がよみがえる。静かで幸せな風美の物語は淡々と心に染みわたる。
 思い出の中に幻想を組み入れてストーリーは進んでゆくが、現実と幻想の境目が違和感なく溶け合っているところにこの作品の質の高さを感じる。幻想が非現実的なエピソードとして浮き上がらずにストーリーに溶け込んでいるおかげで、郷愁をさそう一枚の美しい絵画のようなやさしい作品になっている。

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余湖明日香

評価:星4つ

主人公・風美の4歳から17歳までの、ある4年・4つの季節を切り取った短編集。とても丁寧で、作品に対する愛があふれていることがわかる小説だ。
風美は地域のつながりや古いしきたりがいまだに残る田舎で、祖母・父・母・弟の5人で暮らしている。みんなそれぞれ人間味にあふれていて、家族の中でのそれぞれの役割があると同時に1人の人間でもあるということがよくわかる。一つ一つのお話も面白いのだが、4つの短編を通して、主人公の成長や家族の変化が感じられ、さらには人が年齢を重ねるということ、家庭・地域の中で生きているということ、そこから自立していくということ、家族や街の変化というものがじんわり感じられて感動的。おばあちゃんのしゃべる方言もいい味を出している。
ところで全く本編とは関係ない話だが、232ページに「カーリングのストーンほどもある宴会用の灰皿」という描写が出てきてびっくりしてしまった。私は高校のときから8年カーリングをしていたけれど、こんな比喩は初めて目にしたよ。

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