WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【文庫本班】2008年4月 >『桜姫』 近藤史恵 (著)
評価:
本作の語り手は、二人の「わたし」だ。ひとりは、大物歌舞伎役者の娘、笙子。笙子は、亡き兄・音也の友人の訪問をきっかけに、その死の謎に迫ろうとする。もうひとりは、歌舞伎の大部屋役者、瀬川小菊。こちらは、近藤氏の歌舞伎シリーズでお馴染みのキャラクター。相棒には私立探偵の今泉文吾がいて、本作にも勿論登場する。二人の「わたし」を結びつけるのは、若手歌舞伎役者、中村銀京。彼は音也の友人であり、小菊に「桜姫東文章」の公演をもちかける。小菊が出演した別の舞台「伽羅先代萩」で、行方不明になった少年が遺体で発見され、二人の「わたし」は「少年の死」という共通項を持つことになる。
舞台の上で演じられている愛と、現実の愛。二つの切なく美しい愛が、やがて二重写しとなる。演目が「桜姫…」「伽羅…」だった理由を知る瞬間は、哀しくもあるが、一方で清々しい思いに満たされる。根底に「愛」があるからだろう。
評価:
人生において、知らなくても良いことなんてあるのでしょうか。
知らなければ普通に生きていけたのに、知ってしまったが為に茨の道を歩まざるをえなくなってしまうのであれば、知らなくて良いことというのもあるのかも知れません。しかし、笙子と銀京にとって、音也の死の真相は知らなければいけないことだったのです。それがどんなに辛い事実だったとしても。
梨園という舞台設定と時折本文に挿入される観念的な文章に、普通のミステリーであるにもかかわらずとても幻想的な雰囲気を感じました。歌舞伎に興味が湧く、著者の歌舞伎愛を感じる作品でもありました。
また、本作を読了後、サン=テグジュペリを撃墜した元ドイツ兵が判明したとのニュースを読んだのですが、彼はサン=テグジュペリのファンで、自分が撃墜したのはサン=テグジュペリで無いことをずっと願い続けていたそうです。笙子が音也を殺したのは自分ではないか、と考え続けていたことともリンクしてとても切なくなりました。
評価:
歌舞伎はかつて身近な娯楽だったはずなのに、今では伝統がからみついてまるで別世界。華やかな芝居と一緒で、夢の世界みたいだ。大物歌舞伎役者の娘、笙子と、若手歌舞伎役者の銀京が、幼くして亡くなったという音也の死の謎をさぐる恋愛ミステリーだが、これは、小菊と今泉が梨園の事件を解決する歌舞伎シリーズの第三作目。「桜姫東文章」という鶴屋南北の作品をモチーフに(内容を知らない私には)、なにか深いものがありそうな気分を盛り上げてくる。
仲間から煙たがられている銀京は、避けられているとはいえ魅力的で、“隠されたもの”の象徴みたいだし、笙子の理由がわからない悩みと、お決まりの父との確執は、せつない気持ちを煽るのに調度いい。封印されていたものが一気に解放される後半は、思いもよらなくて驚きでした。
歌舞伎界の魅力満載の作品でしたが、探偵としての今泉の活躍がいまいちみえてこなくて残念です。
評価:
ストーリーに無理がある……と思いながらも、結構楽しく読めてしまった。作中に使われている歌舞伎の演目についての説明や、歌舞伎役者の世界、梨園のしがらみ等々が、歌舞伎をよく知らない私のような読者には新鮮で、興味津々で読み進めた。作者の、歌舞伎への想いが伝わるような作品である。ただし恋愛ミステリーというほどには恋愛には重きを置いていないように見えるが。
何かいまひとつよくわからないような、もっと掘り下げてほしいような、もやもやした気持ちが残るのは、作者がこの作品をはっきりとシリーズの中の一作という位置づけで書いているからだろう。つまり、シリーズ全体でひとつの作品として評価すべきものであって、この本だけでは「まだ全てを読んでいない……」という物足りなさを感じてしまうのだ。はやく他の作品も読まなくては!
評価:
有名な歌舞伎役者の娘と、若手歌舞伎役者との恋愛物語かと思いきや、主人公の病死した兄と上演中に死亡した子役をめぐるミステリー。恋愛よりも、歌舞伎という特異な世界での親子・師弟の関係の不思議さが印象に残った。息子への期待、師匠への思慕、親への失望など、他人同士では存在しない依存関係が様々な事件を引き起こしてしまう。
前作があるということを知らずに読み進めていったのだが、登場人物や設定に説明不足だと感じるところが多かった。歌舞伎もあまり知識がないため、小説と小説中の歌舞伎作品とのリンクもよくわからないまま読み終わってしまった。
第一作から読んでいったならもっと楽しめたのかもしれない。
WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【文庫本班】2008年4月 >『桜姫』 近藤史恵 (著)