『イトウの恋』

  • イトウの恋
  • 中島京子 (著)
  • 講談社文庫
  • 税込680円
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評価:星4つ

 中学校教師・久保は、明治時代にある女性冒険家「I・B」の通訳として彼女の旅に同行した青年・伊藤亀吉が書いた手記を、屋根裏で見つける。だが手記は途中で終わっており、久保は亀吉の孫娘と思われる女性劇画作家シゲルに連絡を取る。興味がなかったシゲルが、熱心な久保やその教え子の赤堀に引きずられる形で、欠落部分探しに加わる「現在」と、彼女の祖先である亀吉の手記「=過去」で構成されている。序盤、全然話が噛み合わず、ぎくしゃくしていた三人が、手記をネタにして会う度に親しさを増してゆく。過去が現在に影響を与えていくというパターンは、よく小説でも使われる。だが、「過去を繰り返すかのようにシゲルと久保が恋に落ちる」なんて、ベタな展開は外してあり、安心した。「あのころ私は若く、人としてはまだ拙かった。(p150)」とあるが、手記の文章自体も昔の文章を一度現代文に翻訳しており、どこか拙い感じがした。その拙い言葉が、丁寧な言葉で遠回しに愛を語る、もどかしい二人−亀吉と「I・B」−のイメージと重なった。

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『ハイスクール1968』

  • ハイスクール1968
  • 四方田犬彦 (著)
  • 新潮文庫
  • 税込540円
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評価:星3つ

 日本の若者が最も熱かった1968年に、高校時代を送った氏の自伝。昭和生まれといっても、ビートルズも、三島由紀夫も、毛沢東も、映像資料や書籍で知る事の方が多い世代から見れば、本書の内容は、同世代の出来事というより、歴史の一部みたいな感覚の方が強い。同じ時代を舞台にしていても、村上龍の自伝的小説『69』に登場する明るく楽しい高校生の方が、より身近に感じられる。距離感が違う理由は、文章から受ける印象だ。まるで日本全体が熱病にかかったかのような時代なのに、それを伝える文章は非常に冷静で、堅い。「随分大人びた高校生だな」と感じるが、人によっては、その「大人びた印象」が、「スカしている/偉そう」というマイナスイメージに繋がりかねない。本書が「当時高校生だった自分の視点」ではなく、「高校生だった自分を含めて、時代を俯瞰している大人の自分の視点」で描かれているからだ。本書が『批評的自伝』と呼ばれる所以だろう。時代のエネルギーをダイレクトに感じたい人は、文章から感じる距離感ゆえに、物足りなさを感じるかもしれない。

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『抱き桜』

  • 抱き桜
  • 山本音也 (著)
  • 小学館文庫
  • 税込600円
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評価:星5つ

 昭和三十年代の和歌山。実父と義母と暮らす広之は、大阪から来た勝治と出会う。広之が憧れていた少女の靴下を盗む大胆さがあるかと思えば、「わしの家は普通とちゃう。それでも友達でおってくれるか。」とすがる。強さと脆さをあわせもつ勝治と、男同士の友情を育んでゆく広之の一夏を描く物語。「理想の家庭の条件とは?」と聞かれて、皆はどんな事を思い浮かべるのだろう。例えば、「血のつながりがある親と暮らすこと」「両親がまっとうな仕事についていて裕福」「家族が健康である」等々だろうか。だが本当の幸せは、外的条件のみでは計れない。肝心なのは、家族それぞれの、お互いを思う心がどれだけ深いかだろう。そして、思う心の強さと深さは、別れの辛さをどれだけ知っているかに依ると思う。だから彼等は出会った人との繋がりをとても大事にして、必死で守ろうとする。どんなに言葉がぶっきらぼうでも真心は伝わるし、他人の家のオムライスより、母親が買ってきたシュークリームがおいしく思える時がある。「大切なのは中身」という、シンプルだけど大事なことを教えてくれる作品。

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『恋愛函数』

  • 恋愛函数
  • 北川歩実 (著)
  • 光文社文庫
  • 税込960円
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評価:星3つ

 いつも北川さんの作品を読む時は、頭を途中で整理するために、鉛筆と紙が必要になる。というのは、「Aは実はBとCの子供ではなく、Dの遺伝子を云々…で生まれた子だ」という風に、登場人物のアイデンティティに関わる部分が、コロコロ変わるからだ、さて、今回もやはり、鉛筆と紙のご用意を。男女の最高の相性を科学的に導き出すGP相性診断システムを使ったブライダル情報サービス会社グロリフで、「最高の相性」とお墨付きを貰ったカップル間で殺人事件発生。登場人物はいずれも謎を秘めており、コロコロ変わるのは恋愛感情。「AがBの事を好きだと思っていたら、実はキライだった。」という展開もあれば、その逆もあり。真相が明かされる毎に登場人物達の印象がクルクル変わってゆく。しかし本作の場合、捜査を担当する警察が後手に周りがちで、印象が薄い。そのため、「専門家」である警察の推理よりも、やむを得ず事件に巻き込まれてしまった「素人探偵」が先に結論にたどり着く展開について、意外性も痛快さも感じられなかった。

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『シャルビューク夫人の肖像』

  • シャルビューク夫人の肖像
  • ジェフリー・フォード (著)
  • ランダムハウス講談社文庫
  • 税込924円
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評価:星3つ

 画家ピアンボは、「姿を見ずに、話だけを聞いて肖像画を書いて欲しい」と夫人から屏風越しに言われる。但し夫人とは、日に一時間しか話せず、絵の納期は1か月。ピアンボが拒絶しなかったのは、金のために望まぬ絵を書いていた自分から脱却できると考えたからだ。「やりたい事」という願いと「望まれる事」の間で苦しむピアンポの気持ちは、職業人なら理解できるのではないか。「父親は結晶言語学者で、自分は空から降ってくる結晶を解読して未来を占う能力を受け継いだ」などと、奇妙な話でピアンポを惹き付けては、質問を巧みに躱す夫人。彼女のファム・ファタールぶりが絶品で、自分を愛してくれる誠実な恋人がいるにもかかわらず、ピアンポが夫人に惹かれてゆく理由がよくわかる。今までは「幻想」と名がつくと「難しい」という印象があり敬遠していたが、本作は取っ付きやすかった。ピアンポと夫人のラブストーリーの部分や、街で起こる怪事件の謎を探るミステリー的要素が多かったからだろう。

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『変わらぬ哀しみは』

  • 変わらぬ哀しみは
  • ジョージ・P・ペレケーノス (著)
  • ハヤカワ・ミステリ文庫
  • 税込1,000円
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評価:星5つ

 1959年、少年デレクは、近所の不良ドミニクに挑発されて、万引きをする。彼を捕まえた白人警官は、こう言って解放する。「間違った選択をしてしまったと気づいたのなら、まだまだ救いはある」そして1968年、「間違った選択に気づいたデレク」はワシントン市警の警官になり、「気づかなかったドミニク」は、本物のワルになった。二人の人生は、「間違った選択に気づかなかった国」が始めたベトナム戦争を経て、ますます隔たってゆく。公民権運動が盛り上がり、人種間の憎しみが、暴動という形で表面化する。そんな時、黒人青年が車に轢かれて不可解な死を遂げる。周囲に惑わされず己れの職務に専念するデレクは、「白人が安心して住める街にしようっていうんだな」と嘲られる。それでも、キング牧師の「暴力には魂の力でこたえる」を実践しようとする彼の生き方に、大いに共感した。悩む彼に「責任を果たすお前の姿に、口ではどんなことを言っても、人は必ず敬意を抱く」と励ます父親もまた素敵。人は出会いによって変わる。そしてその出会いをどう生かすかによっても、また変わる。そう信じさせてくれる作品だった。

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『ルインズ(上・下)』

  • ルインズ(上・下)
  • スコット・スミス (著)
  • 扶桑社ミステリー
  • 税込 各770円
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評価:星3つ

 サム・ライミ監督作として映画にもなった『シンプル・プラン』の原作者、スコット・スミス。彼の13年ぶりの新作は、『シンプル〜』同様に、ちょっとした思いつきがとんでもない惨事になってしまう物語。バカンスでメキシコにやってきたアメリカ人の男女4人組は、行方不明になった見ず知らずの男性を探すため、マヤ文明の遺跡探検に出かける。『うっかり考えもせずに選んだところへ行ってしまうことがある。無計画だとそういうことが起きて、予定していた人生を全うせずに終ることになる。(p51)』4人のうちのひとり、ステイシーが思い出す叔父の忠告をなぞるように、彼等は「うっかり考えもせずに選んだところ」で、マヤ人の襲撃と意外な襲撃者に挟まれてしまう。襲撃者の持つ瞬間的な怖さ。仲間どうしの疑心暗鬼、食料不足による苛立ち、先に死んだ者の変貌など、じわじわと人の心を蝕む怖さ。速度の違う二種類の恐怖が相乗効果を上げる、出口なしの閉じ込められ系サスペンス。

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勝手に目利き

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『こっちへお入り』 平安寿子/祥伝社

 ペンネームの元にもなっている『アン・タイラー』の作品を「すっとぼけていて、落語的」とコメントしていた平さん。そんな彼女の最新作は、友人に誘われ落語教室に参加することになった三十代独身OL・江利が主人公の『こっちへお入り』。落語をテーマにした作品といえば、映画にもなった佐藤多佳子さんの『しゃべれども、しゃべれども』があり、こちらが二ツ目の落語家を主人公にしているのに対して、本作は全くの素人が主人公だ。章末に、江利のコメントとして、落語家や落語の演目に関する解説が挿入されているため、落語ビギナーでも楽しめるのではないだろうか。勿論、落語を知っている人でも、NHKの朝ドラ『ちりとてちん』に登場した『崇徳院』や、宮藤官九郎さん脚本のTVドラマ『タイガー&ドラゴン』で取り上げた『三枚起請』も登場するので、興味を持つかもしれない。小池真理子さんのほどイロっぽくもなく、角田光代さんのほどヘタレでもない、ヒロイン設定も親しみやすい。『大工調べ』の与太郎(間抜けキャラ)に触発されて、生意気な部下に逆襲したり、『文七元結』の父と娘の関係に、自分と親とをあてはめてみたり。等身大のヒロイン・江利が、落語を通じて現実の様々なトラブルや、家族や友人など身近な人との関係を見つめ直していく姿が軽妙なタッチで描かれており、するするっと読める。

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岩崎智子

岩崎智子(いわさき ともこ)

1967年生まれ。埼玉県出身で、学生時代を兵庫県で過ごした後、再び大学から埼玉県在住。正社員&派遣社員としてプロモーション業務に携わっています。

感銘を受けた本:中島敦「山月記」小川未明「赤い蝋燭と人魚」吉川英治「三国志」

よく読む作家(一部紹介):赤川次郎、石田衣良、宇江佐真理、江國香織、大島真寿美、乙川優一郎、加納朋子、北原亜以子、北村薫、佐藤賢一、澤田ふじ子、塩野七生、平安寿子、高橋義夫、梨木香歩、乃南アサ、東野圭吾、藤沢周平、宮城谷昌光、宮本昌孝、村山由佳、諸田玲子、米原万里。外国作家:ローズマリー・サトクリフ、P・G・ウッドハウス、アリステア・マクラウド他。ベストオブベストは山田風太郎。

子供の頃全冊読破したのがクリスティと横溝正史と松本清張だったので、ミステリを好んで読む事が多かったのですが、最近は評伝やビジネス本も読むようになりました。最近はもっぱらネット書店のお世話になる事が多く、bk1を利用させて頂いてます。

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